ハロゲナーゼSyrB2の触媒サイクルにおけるFe(IV)=O中間体の解明

ハロゲナーゼSyrB2の触媒サイクルにおけるFe(IV)=O中間体の解明

2013年8月5日

 瀬戸誠 原子炉実験所教授、北尾真司 同准教授らの研究グループと、高輝度光科学研究センター(JASRI)、スタンフォード大学、ペンシルベニア州立大学、Advanced Photon Source(USA)の研究グループは、単核非ヘム鉄酵素ハロゲナーゼSyrB2(シリンゴマイシン生合成酵素2)の反応中間体であるFe(IV)=O中間体の構造解明に世界で初めて成功しました。

 この研究成果が、英国総合科学誌「Nature」(2013年7月18日号)に掲載されました。

概要

 単核非ヘム鉄酵素ハロゲナーゼSyrB2(シリンゴマイシン生合成酵素2)は、C-H結合を活性化し、ハロゲン化することにより植物毒素シリンゴマイシンの前駆体を生成しますが、Fe(IV)=O中間体とその活性化機構を解明することは、グリーンケミストリーにおいて重要です。なぜなら、それは有毒な副生成物なしにC-H結合をハロゲン化する合成法の開発にもつながるからです。

 本研究では、大型放射光施設SPring-8の核共鳴散乱ビームライン(BL09XU)の高輝度X線を利用した核共鳴非弾性散乱分光法により測定されたFe振動状態密度および構造モデルに対する密度汎関数法(DFT)計算から、酵素のヒドロキシル化およびハロゲン化を引き起こすFe(IV)=O中間体の構造を解明しましたが、今後は、酵素の選択的なヒドロキシル化およびハロゲン化をコントロールする要因を明らかにしていくことも可能になるものと期待されます。

研究の背景

 単核非ヘム鉄酵素は、フェニルケトン尿症に関連するフェニルアラニン代謝や神経伝達物質の産生、二次代謝産物の生成および低酸素応答のような多くの重要な生物学的過程に関与しています。これらの酵素は、その触媒サイクルにおいて類似のステップを経て反応の鍵となるFe(IV)=O中間体(図1右下)となります。この中間体は、異なった酵素がそれぞれ異なる反応を行うために使用されています。今回研究を行った酵素はPseudomonas syringae pv. syringaeという細菌から得られたハロゲナーゼSyrB2(シリンゴマイシン生合成酵素2)ですが、この酵素では基質の違いに対応した異なった反応を行うために、この中間体を利用しています。この酵素はFe(IV)=O中間体を利用して、天然基質L-トレオニン(L-Thr)の場合は引き続いてハロゲン化を引き起こします。一方で、非天然性基質L-ノルバリン(L-Nva)の場合にはヒドロキシル化を引き起こします(図1左)。


図1:α-ケトグルタレート依存非ヘム鉄酵素の触媒サイクル

α-ケトグルタレートと基質によって6配位Feから5配位Feへの転換が起こります(左上)。これによってO2が結合できるサイトができ、 Fe(IV)-ペルオキソ種が作られます(右上)。次にα-ケトグルタレートの脱カルボキシル化によって反応性Fe(IV)=O中間体が生成されます(右下)。これが水素原子の引き抜き(左下)および引き続くヒドロキシル化あるいはハロゲン化(左)を起こします。

研究の成果

 本研究では核共鳴非弾性散乱法を用いて、Fe(IV)活性中心にCl-とBr-とが結紮したSyrB2のFe(IV)=O中間体に対して測定を行いました。SyrB2が取り得る構造に対して密度汎関数法(DFT)計算による評価を行ったところ、その中で5配位の三方両錐形構造だけが実験的に得られたスペクトルを再現することが出来ました(図2)。そして、天然基質L-トレオニン(L-Thr)の場合にはFe(IV)=Oの結合ベクトルは基質のC–H結合方向に対して垂直であるのに対し、非天然性基質L-ノルバリン(L-Nva)の場合には Fe(IV)=O結合ベクトルが基質のC–H結合方向に対して平行となることが分かりました。それにより、この違いに対応したハロゲン化およびヒドロキシル化を引き起こす電子状態を特定することができました。


図2:(上)核共鳴非弾性散乱法によって測定されたSyrB2–Cl およびSyrB2–BrのFe振動状態密度。図中において特に顕著な強度のモードが存在する領域を3、2、1で表示してあります。(中)密度汎関数法によって計算されたFe振動状態密度。(下)三方両錐形構造

今後の発展

 このように核共鳴非弾性散乱法は、酵素の反応性の鍵となる構造の解明にとって大変強力かつ有用な手法であることが示されました。単核非ヘム鉄酵素は、さまざまな酸化反応を触媒するだけでなく、多くの重要な生物学的過程にも関与していることから、核共鳴非弾性散乱法はこのような酵素反応の機構解明のために利用されていくものと期待されます。具体的には、タウリンジオキシゲナーゼ(TauD)と呼ばれる単核非ヘム鉄酵素のFe(IV)=O中間体への適用が考えられます。このタウリンジオキシゲナーゼは、基質の違いによってヒドロキシル化あるいは不飽和化を引き起こすことが知られていますが、核共鳴非弾性散乱法によってこの反応性の違いを引き起こす構造的特徴を解明することが期待されます。

本研究成果は、瀬戸教授、北尾准教授、依田芳卓 高輝度光科学研究センター(JASRI)主幹研究員、Stanford Univ. (Prof. E. I. Solomon, Dr. S. D. Wong, Dr. M. Srnec, Dr. L. V. Liu, Dr. Y. Kwak, Dr. K. Park, Dr. C. B. Bell III), Pennsylvania State University (Prof. C. Krebs, Prof. J. Martin Bollinger, Dr. M. L. Matthews)およびAdvanced Photon Source (Dr. E. E. Alp, Dr. J. Zhao)の共同研究により得られたものです。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nature12304

論文名

Elucidation of the Fe(IV)=O intermediate in the catalytic cycle of the halogenase SyrB2

著者

Shaun D. Wong, Martin Srnec, Megan L. Matthews, Lei V. Liu, Yeonju Kwak, Kiyoung Park, Caleb B. Bell III, E. Ercan Alp, Jiyong Zhao, Yoshitaka Yoda, Shinji Kitao, Makoto Seto, Carsten Krebs, J. Martin Bollinger & Edward I. Solomon

ジャーナル

Nature, 499 320–323 (2013).