ルテニウム酸化物における超伝導の一次相転移の発見-超伝導と磁場の未知の相互作用メカニズムの存在を示唆-

ルテニウム酸化物における超伝導の一次相転移の発見-超伝導と磁場の未知の相互作用メカニズムの存在を示唆-

2013年2月15日

 米澤進吾 理学研究科助教、梶川知宏 同修士課程学生、前野悦輝 同教授らの研究グループは、ルテニウム酸化物の超伝導状態が磁場によって壊されて通常の金属状態に変わる際の相転移を研究し、この相転移が、水が氷になる場合と同じような一次相転移になっていることを初めて明らかにしました。つまり、通常の超伝導体の場合とは全く様相が異なった、急激な超伝導の壊れ方をしていることが判明しました。この発見は、これまで見落とされていた未知の相互作用が磁場と超伝導の間に働いているということを強く示唆しています。この成果は、今後の超伝導の基礎研究において重要な意味を持っているだけでなく、超伝導の導電線などへの応用に関しても有用な指針を与えると考えられます。

 本研究成果は、アメリカ物理学会の発行するPhysical Review Letters誌の110巻7号(2013年2月15日発行)に掲載されました。

背景

 超伝導とは、「物質を冷やしていくとある温度以下で電気抵抗が完全にゼロになる現象」で、すでに病院での磁気共鳴イメージング(MRI)装置やヒッグス粒子の発見に使われた大型加速器等に応用されています。また、磁気浮上列車や超伝導送電線などのエネルギーロスの格段に少ない次世代インフラや、超伝導の性質を利用した情報素子などへの応用が期待されています。超伝導はほとんどの場合磁場と相性が悪く、ある強さ以上の磁場をかけると超伝導状態は壊されて通常金属状態に戻ってしまいます。磁場によって超伝導が壊されるメカニズムは「磁場と超伝導がどのように影響し合っているか?」という基本的な問題と密接に関係しており、超伝導の基礎研究の非常に重要なテーマの一つです。また、より高い磁場中で使える超伝導電線や超伝導磁石を開発するためにも、磁場と超伝導の相互作用メカニズムの理解が不可欠です。

 本研究の対象物質であるルテニウム酸化物Sr2RuO4(図1)は前野教授らが1994年にその超伝導を発見したもので、その後の世界的な研究成果の積み重ねによって「スピン三重項超伝導体」の最有力候補と考えられています。スピン三重項超伝導(図2)を実証してその新しい性質を引き出すことは現在の物理学における重要テーマの一つと位置づけられ、盛んに研究が進められています。


図1: ルテニウム酸化物超伝導体Sr2RuO4の結晶構造。ルテニウム(Ru)と酸素(O)から成る平面構造が超伝導をはじめとする興味深い性質に主要な役割をしています。


図2: スピン一重項超伝導状態(左)とスピン三重項超伝導状態(右)を比較した模式図。一つの電子は1/2の大きさのスピンをもっており、上向きと下向きの2種類の場合があり得ます。スピン一重項超伝導では上向きスピンと下向きのスピンをもつ電子が対を組むため、クーパー対の全スピンは打ち消しあってゼロとなり、スピンの自由度は失われてしまいます。一方、スピン三重項超伝導では同じ向きのスピンが対を組むため、対の全スピンは1となります。従って、スピンの自由度の残った超伝導状態という大変に興味深い状況が実現します。

研究手法・成果

 研究グループは、ルテニウム酸化物の超伝導状態が磁場によって壊されて通常の金属状態に変わる際の相転移を研究し、絶対温度0.8ケルビン(マイナス272.4度)以下の極低温では、この相転移が水が氷になる場合と同じような一次相転移になっていることを初めて明らかにしました。このことは、二次相転移のみを示す通常の超伝導体とは全く異なったメカニズムで超伝導が壊されていることを意味しています。さらに、これまでに知られている超伝導一次相転移のメカニズムはSr2RuO4には当てはまらないと考えられます。即ち、本研究の結果は、これまで見落とされていた未知のメカニズムで超伝導が壊されている、ということを強く示唆しています。

 本研究では、本学で作製したSr2RuO4の純良結晶を用い、磁場を変化させたときに試料の温度が変化する「磁気熱量効果」を詳しく調べることで、相転移が一次相転移になっていることを実証しました。具体的には図3に示すように、一次相転移の特徴であるエントロピーという量の不連続的な変化と潜熱が観測できました。さらに、磁場を上昇させたときと下降させたときでの超伝導転移の起こる磁場が異なっており、これは一次相転移の特徴である過冷却現象(または過熱現象)が起こっていることを証明しています。


図3: 磁気熱量効果の測定結果の一例。矢印は磁場を変化させた方向を表しています。(a)磁気熱量効果による試料の温度変化。ピークが超伝導-通常金属転移に対応しています。ピークが観測されたことは、転移で潜熱が生じ、エントロピーが不連続に変化していることを意味しています。また、ピークの位置が磁場を上げたときと下げたときで異なっていることは、過冷却・過熱が起きていることを意味しています。(b)磁気熱量効果から得られたSr2RuO4のエントロピー。通常金属状態からの変化量として表してあります。二次相転移で期待される振舞い(灰色の点線)とは大きく異なっています。

 この研究は、米澤助教らが自作した超高感度の磁気熱量効果測定装置(図4)やグループで保有する磁場方向を高精度に制御できる超伝導マグネット装置などの、高度かつ独自性の高い装置を用いることで初めて可能になりました。加えて、結晶の中から、一円玉の5000分の1以下の質量の、これまでにない高品質の部分を丁寧に選定して測定することで、一次相転移の特徴を非常に明確に観測することができました。Sr2RuO4の超伝導の発見から20年近く経って一次相転移の存在という基本的な事項が初めて明らかになった大きな要因は、これらの実験技術の大幅な進歩です。また、本学では低温物質科学センターによる寒剤(液体ヘリウム)の安定供給を通じた最先端研究のサポート環境が整っており、このことがこの実験の遂行には不可欠でした。


図4: 本研究のために開発した自作の高感度磁気熱量効果測定装置(左)と装置中央部の温度計部分の模式図(右)。温度計とヒーターが低熱伝導線で空中に吊るされており、試料は温度計とヒーターで挟むようにして設置します。非常に小型の温度計とヒーターを用いることで、1ミリグラム以下の微小試料の測定が可能になりました。

成果の意義

 この成果は、磁場と超伝導の相互作用という超伝導の理解における基本的な問題を提示しており、今後の基礎研究において重要な意味を持っています。特に、本研究で明らかになった一次相転移の起源を明らかにすることは、スピン三重項超伝導体の最有力候補であるSr2RuO4の超伝導をより深く理解するために避けては通れない問題になります。それだけでなく、超伝導が磁場によって壊される新たなメカニズムを解明することは、超伝導の導電線などへの応用に関しても有用な指針を与えると考えられます。

本研究は、文部科学省新学術領域研究「対称性の破れた凝縮系におけるトポロジカル量子現象」(前野悦輝代表)を始めとする文部科学省および日本学術振興会による科学研究費補助金事業(KAKENHI 22103002, 23540407, 23110715)およびグローバルCOE「普遍性と創発性が紡ぐ次世代物理学」の支援を受けました。

書誌情報

"First-order Superconducting transition of Sr2RuO4"
(Sr2RuO4における一次の超伝導相転移)

S. Yonezawa, T. Kajikawa, Y. Maeno (京都大学 大学院理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻)
Physical Review Letters誌、第110巻7号(2013年2月15日発行)、論文番号077003

[DOI] http://dx.doi.org/10.1103/PhysRevLett.110.077003
[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/170062

 

  • 日刊工業新聞(2月20日 25面)に掲載されました。