分子のくさり数本レベルでの挙動を解明-省エネ・省スペース・高機能ナノ材料の開発へ-

分子のくさり数本レベルでの挙動を解明-省エネ・省スペース・高機能ナノ材料の開発へ-

2010年10月6日


左から、楊井氏、北川教授、植村准教授

 京都大学(松本紘 総長)は、名古屋大学(濵口道成 総長)と協力し、多孔性物質の均一な細孔を利用することで、高分子が数本程度集まった状態での挙動を解明しました。これは、今後のナノ材料の開発において重要な設計指針となります。

研究の概要

 北川進 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)副拠点長・教授、植村卓史 工学研究科准教授、楊井伸浩 工学研究科博士課程学生(iCeMS研究員)らの研究グループは、1nm以下の均一な細孔を持つ多孔性金属錯体(PCP)を用いることで、これまで不可能であった数本レベルでの高分子の熱転移挙動を世界で初めて観測することに成功しました。また、細孔のサイズや細孔表面の状態を変化させることで、この熱転移挙動を自在に制御できることも発見しました。本成果により、ナノ回路やナノファイバーといったナノ材料を開発するための新たな設計指針が示され、省スペース・省エネルギーな電子回路やより高機能な(例えば、より高い吸水性・分離機能をもつ)繊維材料の開発に繋がるものと期待されます。

 今回の研究は、10月5日(ロンドン時間)に英オンライン科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」で公開されました。

背景

 分子が鎖状にいくつも連なった高分子は、自動車などの部品、医療器具、繊維、樹脂材料などに用いられ、我々の生活になくてはならない材料です。高分子がナノメートルサイズ(1ナノメートルは10億分の1メートル)の空間に閉じ込められたとき、どのような振る舞いをするのかということは学術的、産業的に重要な課題であります。例えば近年、省エネルギー、省スペースの観点からデバイスの小型化が図られており、高分子ナノファイバーを配線することで、ナノレベルの回路を書くことが可能です。その際、せっかく作ったナノ回路が壊れてしまわないように安定に保つためには、高分子ナノファイバーが崩れ始める温度(熱転移温度)を知っておく必要があります。

 また、ナノサイズの孔から高分子を押し出すことにより、あたかもところてんをつくるように、ナノファイバーを作ることができます。ナノファイバーはフィルターなど産業資材や、高機能・高感性の繊維でできた衣料品として需要が高まっている新素材です。しかし、孔の中で高分子の運動性が十分に高くないと孔が詰まってしまい、うまくファイバーを作ることができないため、ここでも運動性が高くなる熱転移温度をあらかじめ調べておくことが必要です。

    

  1. 図1: 高分子ナノファイバーを用いた配線や、ナノ細孔を用いたナノファイバー形成

 これまで、高分子の薄膜や細孔の中の高分子を用い、高分子の熱転移温度が調べられてきました。しかしながら、今後重要になってくると予想される、数ナノメートル以下(高分子鎖数本を束ねた程度ののサイズ)の領域では全く知見が得られていませんでした。これまでの技術では、これほど小さなサイズになってしまうと、均一な高分子の集合構造を形成することができず、熱転移挙動の観測ができないためであります。数ナノメートル以下のサイズ領域での熱転移挙動は、高分子を用いた様々なナノテクノロジーの基盤となる課題であるため、早急な解明が求められています。

研究内容と成果

 この問題を解決するヒントは、自然界に見出すことができます。アナゴは狭いところに隠れるのを好み、筒があるとその中に入ってきます。また一つの筒に何匹も同居する習性があり、図2のように空いている筒があるにもかかわらず、一部の筒に集まって入り、きっちりと並ぼうとします。

    

  1. 図2: アナゴが筒の中に入り、勝手に集まって並ぶ様子

 私たちはこのアナゴの習性に似たことを分子のレベルで達成できれば、これまで不可能であった高分子鎖が数本集まった構造体を形成し、その熱転移温度を調べることが可能になるのではないかと考えました。高分子はいわばナノサイズのアナゴですので、高分子をきっちりと並べるには均一なナノサイズの筒が必要となります(図3)。

    

 

  1. 図3: 高分子をナノサイズの筒の中に並べる

 私たちはこの筒に、最近開発された多孔性金属錯体(PCP)と呼ばれる新しい多孔性物質を用いました。PCPは、数ナノメートル以下のサイズの非常に均一な細孔を持つ材料であり、今回の目的に適しています。高分子としてはポリエチレングリコール(PEG)を用いました。PEGは無毒で化粧品など色々な製品に用いられています。PEGとPCPを混ぜて加熱するだけで、PEGを細孔中に取り込ませることができます。名古屋大学の長岡 正隆教授の研究グループと協力して理論計算を行ったところ、PEGは細孔中で通常とは異なる伸びた構造になり、並んで入っていることが分かりました(図4)。

    

  1. 図4: PCP(白)の細孔中に並んだ4本のPEG(青、ピンク、オレンジ、緑)

 ここで得られたPCPとPEGの複合材料の示唆走査熱測定を行ったところ、細孔に取り込まれたPEGの熱転移挙動を観測することに成功しました(図5左)。これは数ナノメートル以下の空間に閉じ込められた高分子の熱転移挙動を観測した、世界で初めての例であります。活性炭などのこれまで一般的に用いられてきた多孔性材料を用いても、細孔が完全に均一でないため、このような熱転移挙動は観測できません。京都大学の宮原 稔教授の研究グループと協力して計算機を用いたシミュレーションを行ったところ、この熱転移は高分子が孔の中で寄り集まって起きていることが分かりました(図5右)。これはアナゴが筒の中で寄り集まっている様子とよく似ています。

    

  1. 図5: 細孔内における高分子の熱転移挙動の観測(左)とシミュレーションによる検討(右)

 また、PCPの特徴として、細孔のサイズや表面状態の異なる材料を設計し、作ることができます。これはアナゴで例えるならば、一つの筒に入ることができるアナゴの本数や、筒の中でのアナゴの居心地を変えることができるということです。サイズや表面環境の異なる細孔の中にPEGを導入し、示唆走査熱測定を行ったところ、熱転移温度が大きく変化することが分かりました。これは細孔の設計により高分子の状態を自在に制御できることを意味しており、今後のナノ材料開発に重要な設計指針を与えるものと考えられます。

高分子はその鎖が長くなるほど、熱転移温度が高くなるというのが一般的です。しかし、PCPの細孔中では全く逆の傾向、すなわち鎖が長いほど熱転移温度が低くなる傾向が見られました(図7)。これは従来の常識を覆すものであり、学問的に非常に大きな成果であるといえます。また、より細いナノファイバーをつくるときにこの知見は重要となるため、産業的にも意味のある発見です。

    

  1. 図6: 鎖が長くなったときの熱転移温度の変化

今後の期待

 より微細なナノ材料をつくり、評価する手法の確立が強く求められています。今回初めて、細孔の中に閉じ込められた高分子数本レベルの熱転移挙動を解明・制御できました。これまで”ナノ”はナノサイズで全く目に見えない、我々の手には負えない”もの”でしたが、マクロサイズの”アナゴ”のように理解できる、そしてうまく取り扱える身近な”もの”になりました。つまり、アナゴをきっちりその中に並べることができるように、分子ナノの筒である多孔性金属錯体の筒を使えばナノのアナゴである高分子を自由自在に並べるという、革新的な技術が生まれると考えられます。すなわち、極細のナノファイバーやナノ回路といった高分子ナノ材料をつくる際の基本的な設計指針を与えることができ、産業的に大きな貢献をすると期待できます。また、均一なナノ細孔を用いることで、細孔の中では鎖が長いほど熱転移温度が低くなるという従来の常識を覆す発見ができました。この手法を応用することで今後も更に新しい発見ができる可能性があり、それを基にこれまでにない機能をもったナノファイバーなどの新素材を開発できれば、私達の生活を豊かにすることに大きく貢献できると期待されます。

論文タイトルと著者

“Unveiling thermal transitions of polymers in subnanometre pores”
Takashi UEMURA, Nobuhiro YANAI, Satoshi WATANABE, Hideki TANAKA, Ryohei NUMAGUCHI, Minoru T. MIYAHARA, Yusuke OHTA, Masataka NAGAOKA, Susumu KITAGAWA
Nature Communications 1, 83, DOI: 10.1038/ncomms1091, 05 October 2010

iCeMSウェブサイトでのニュースリリース

http://www.icems.kyoto-u.ac.jp/j/pr/2010/10/06-nr.html

関連リンク

 

  • 京都新聞(10月6日 23面)および日刊工業新聞(10月6日 21面)に掲載されました。