京大人気教員からのエール(森谷 敏夫 講演の内容)

京大人気教員からのエール(森谷 敏夫 講演の内容)

高校・大学生活を元気にダッシュするために

森谷 敏夫 (京都大学大学院人間・環境学研究科 教授)

現代社会ではストレスは避けられない

現在では、教育の場でも、職場でも定期的に健康診断が行われていますが、それは身体の健康のことで、心の健康についてはなおざりにされている場合が多い様に思われます。しかし、この「心の病」は近代文明のもたらした厄介な副産物で年々増加しており、21世紀における認知症(痴呆症)と平行して大きな社会問題になる可能性があります。現にアメリカでは酷使される精神科医を専門に治療する精神科医も存在するほどです。

近代化は人間の脳の活動だけを酷使させ、筋肉の使用を次々に機械に置き換えることを余儀無くさせ、心とからだのアンバランスが生じ、おまけに過剰な精神的ストレスを加えるので「心の病」を加速度的に増やしてしまう事になります。辞書を引くと、心とは、「知・情・意などの働きのもとになるもの、またはその働き」と書かれています。したがって、知性が非常に豊かであっても、人間らしい思いやりが欠けていて、やる気がなければ、健康な心の持ち主ではなく、逆に、やる気ばかり旺盛でも知や情が伴わなければ、これも健康な心とはいえないわけです。この様に考えると、「心の病気」(精神障害)とは、この知・情・意の少なくとも1つが害されている状態であるといえるでしょう。

物事は、考え方によって逆説的な意見も多いものです。元来、ストレスの過剰は命取りとなる要素が多いのですが、平穏無事だけが長生きのたしになるかといえば、そうでもありません。目まぐるしく変化する社会環境の中においては、ある程度の不安・緊張・不満・野心などのストレスと、それを一時解放するスポーツ・セックス・スクリーン(テレビ、音楽、ダンスなどを含む)、或いは深い睡眠などが混在して、人間の生活のリズムを作っています。したがって、常に受け身でストレスを嘆くより、積極的に身辺にふりかかるストレスをひとつずつ早期に解決し、長時間放置しないことが現代社会をうまく生きていくコツかも知れません。

運動の抗ストレス効果

運動中(特に有酸素運動)には内因性鎮静剤であるβエンドルフィンが安静時の3~5倍も分泌されるので、運動後の爽快感や精神的ストレスの解消に大きく貢献することが報告されています。有酸素運動には血圧を降下させ正常化させる作用があるわけですが、脳内麻薬の放出によって引き起こされる心身のリラクセーションと関係が深いことも報告されています。

神経症のなかでも不安神経症が最も多いわけですが、不安の軽減はリラックスすることによってもたらせられるので、有酸素運動には有効な抗不安作用があることになります。事実、有酸素運動後では筋肉や脊髄運動神経の弛緩や心身ともにリラックスしたときに良く出る脳波(α波)の増加などが認められ、運動の抗不安(神経症)作用は多くの臨床研究で支持されています。

また、うつ病の治療にも歩行が効果的であることは一部の臨床医の間で言われていましたが、脳内の神経伝達物質(ドーパミン関連分子)の分泌促進が有酸素運動で起きることや、運動でもたらされた内因性鎮静剤βエンドルフィンによるリラクセーション効果や多幸感とあいまって抗うつ作用を発揮する可能性が十分考えられます。

この様に考えますと、精神的疲労やストレスの解消にいわゆる「ごろ寝のテレビ」に象徴される静的・消極的手段よりも、積極的に運動を実行してドーパミンや βエンドルフィンを放出し、爽快感と多幸感を獲得し、習慣的な運動トレーニングで神経伝達物質の増加を促進し、脳を覚醒させ、快感を与え、意欲、創造性を高める方がいかに心理的、脳生理学的に有効であるか理解できると思います。

何百年もの伝統と経験から、禅の修行では座禅、瞑想に加えて、肉体的鍛練(作務と言われる厳しい労働や比叡山の1000日回峰にみられる修行:約 900kcalの粗食と30kmを5時間ぺースでの速歩など)によって高度な叡智と「とらわれのない」自由な精神状態を醸成する方法を見付け出していることは非常に興味深いことです。

ジョギングする米大統領

大多数の国民が肥満の蔓延とともに心臓病で亡くなって行った1960年代後半にケネディ-大統領が国民の健康を促進するために「体力に関する大統領審議会」を発足させました。医学、生理学、運動生理学などの学者がそれぞれの分野の専門的知識を結集して多くの提言を行いました。その提言の柱が「有酸素運動」であり、酸素を十分取り入れておこなう持久的な運動である、ウォーキング、ジョギングでした。

アメリカの歴代の大統領に肥満で運動不足な人は、まったくいません。今後もそういった大統領は恐らく出てこないと思います。これは大統領自らが作り出した審議会での提案であり、国民に率先して習慣的運動を実践しているのです。アメリカだけでなく世界の政治、経済に大きな影響を与える人物が、肥満、喫煙、運動不足などで自分の健康管理すらできなければ、国民は何を信頼していけば良いのでしょうか。

ジミー・カーター氏をはじめ、歴代のアメリカ大統領はジョギングや各種のスポーツを愛好し、クリントン大統領も就任中ほぼ毎日のジョギングを欠かさなかったことや、新大統領のブッシュ氏に至っては、1992年のヒューストン・マラソンで3時間44分52秒の記録を持っており、週に4回、6Km前後のジョギングとトレーニングジムにも通っています。対立候補者だったゴア副大統領も1997年に2人の愛娘とマリーン・コー・マラソンを4時間58分25秒で完走し、週あたり30Km、移動中の飛行機の中でも、腕立て伏せなどの筋力トレーニングをやっています。

日本の現実は、目も当てられません。ジョギングや速歩などを愛好している政治家や企業のトップリーダーの数と肥満、糖尿病、高血圧、喫煙者のトップリーダーの数は比べるまでもありません。日本の国会では、居眠りをした代議士が良くテレビに映りますが、体力も気力もない政治家に大きな期待はできないと思います。「痩せたほうがいいんだが、なかなか痩せられなくて」とか「運動はしたほうがいいんだが、なかなか時間がなくて」とか。どこででも聞こえてくる会話です。「あんたらアメリカの大統領よりも忙しいんかいや!」とつい語気が荒くなってしまいます。どうも日本の政治家やビジネスマンはアメリカ大統領よりも遥かに多忙な生活を送っているようです。

高校・大学生活を元気にダッシュするために

高校・大学生活を元気にダッシュするための基本となるのはまず「食」。朝食は絶対に欠かさないことが第一条件です。食べ物が少なくなると、からだは省エネモードに入り、基礎代謝や活動量を自動的に低くして、飢餓に備えるのです。

実験用のモルモットも若いダイエット専門のお譲さんたちも食事の量を減らすとよく眠るようになります。朝の電車のつり革にぶら下がりながらコックリコックリしているサラリーマン諸君、爆睡状態のヤングレディ。彼らはひたすら生きるために寝ているのです。おまけに若者の流行は三無主義。無関心、無感動、無気力、なんとも情けないお話。

脳のエネルギーは糖質、つまりブドウ糖が唯一の脳のエネルギーなのです。ですから、朝食にごはん、パン、フルーツなどの糖質の栄養を補給することが脳の働きを活性化してくれるのです。「食」と言う字は「人を良くする」と書きます。からだで食べずに、頭で考えて食事したいものです。

次に、生活習慣病の予防を目指し絶対に肥満しないことが第2の条件です。数年前から体脂肪率が男性25%以上、女性30%以上で、かつ一定以上の内臓脂肪がある場合は、「肥満症」という病名がカルテに明記されることになったのです。肥満症、糖尿病、高脂血症、高血圧症の4つは、「死の四重奏」とも呼ばれ、死への序曲が無自覚、無痛で流れ始めます。動脈硬化をはじめ、高血圧、糖尿病などの生活習慣病を引き起こす悪い遺伝子の大半は、内臓脂肪から放出されるのです。受験勉強でお腹がたるんできた貴方。心機一転して、からだも心もリフレッシュしてみませんか。その為にはまず、運動です。

筋肉は私たちの体の約6割を占め、エネルギーを最も多量に使う“臓器”なのです。最近の日本人は老若男女を問わず、この筋肉をあまり使わなくなりました。その結果、筋肉が脂肪やブドウ糖(血糖)をうまく消費できなく、その処理能力も大幅に低下しているのです。ですから、少しご飯を食べただけで血糖値があがる。その上がった血糖値を見て、「糖分の取り過ぎだからご飯の量を減らせ」とアドバイスするお医者さんがいますが、まったくナンセンスです。米や砂糖などを食べ過ぎて糖尿病になるなら昔の人はもっと糖尿病に罹っていた筈です。

最近、若い女性の喫煙が目に付きます。若いお肌を大切にとUVクリーム塗りたくり、春の紫外線をさけ、お肌のパックをしっかりこなし、高価な化粧品を使い、あとはスリムなからだを保つために、肥満解消のタバコを朝からスパスパやっている貴方、ちょっと私の話を聞いてください。タバコに含まれるニコチンは血管を収縮させる作用があり、血流が悪くなり細胞に運ばれる酸素や栄養量を減少させます。また、タバコ2本位で一日に必要なビタミンC約50mgが完全に壊れてしまいます。今は若くて、シャワ?の水がはじき飛ぶくらいすてきなお肌かもしれませんが、毎日毎日、数十本ものタバコをスパスパやれば、当然、肌荒れ、しわ、しみなどが現れてきます。「いつまでもあると思うな、親と素肌」。タバコを吸えば確実にお肌は早く老いていきます。

さあ、「高校・大学生活を元気にダッシュするために」、ほころび始めた生活習慣を見直をされては如何でしょうか。

参考資料(PDF)