2026年秋号
私を変えたあの人、あの言葉
近藤 健史さん
有限会社斗六屋 代表取締役/SHUKA代表
私の実家は、京都で100年(1926年創業)続く甘納豆屋「斗六屋」です。中学生の頃、友人に「甘い納豆なんて気持ち悪い」とからかわれて以来、実家が恥ずかしく、「甘納豆屋にだけはなりたくない」と思っていました。
生き物が好きだった私は大学院まで微生物の研究に没頭しました。「なぜ」と問い、根源までさかのぼって考える。研究で染みついたこの姿勢が、のちの人生を支えます。
転機は就職活動の頃、地元・壬生寺の節分祭への出店を手伝ったことです。3日間で約3,000人もの方が甘納豆を買い求め、目の前で喜んでくださる。大学院までの学費もこの甘納豆が支えてくれていたのだと気づき、「恩返しがしたい」と家業を継ぐ決心をしました。
甘納豆は、炊いた豆を糖蜜に漬け込んで甘さをゆっくり染み込ませ、素材の色や形をそのまま残す菓子です。とはいえ業界は廃業が相次ぐ斜陽産業。「お年寄りの菓子」というイメージをどう変えるか。イタリアのスローフード世界大会への挑戦も、カカオ豆の新商品も、決定打にはなりませんでした。悩んだ末に相談したのは、工芸のブランディングで知られる中川政七商店の中川淳さん(当時会長)。京大の大先輩でもある方です。打ち合わせの中で中川さんがふと口にされた一言が、私を変えました。
「甘納豆って、分解すると豆と糖。根源的にいうと〈種〉と〈糖〉だよね」
中川さんの一言で、「豆」は命の根本である「種」に変わりました。当たり前に見ていた、素材の色や形をそのまま残す姿も、自然を尊ぶ価値観の表れに見えてきました。この日本らしい価値観は、世界の持続可能な社会の実現に必要なものだと思います。この視点の転換から種菓子ブランド「SHUKA」が生まれ、恥ずかしかった家業は、世界へ発信すべき誇りに変わりました。
根源までさかのぼれば、見慣れたものの中に新しい価値が見つかる。それは京大の研究室で学んだ姿勢そのものであり、導いてくれたのも京大の先輩でした。皆さんがこれから出会うものの奥にも、世界に誇れる種が眠っているかもしれません。
こんどう・たけし 1990年、京都市生まれ。京都大学大学院農学研究科修了。菓子店たねやを経て2016年、家業の斗六屋4代目に。2022年、甘納豆を現代的に解釈した種菓子ブランド「SHUKA」を創業。2024年、「Forbes JAPAN CULTURE-PRENEURS 30」選出。2026年、「種のジェラート」が伊・国際ジェラートコンテスト入賞。