京都大学の新輝点

安福 良直

10 数字パズルを世界の誰もが楽しめるエンターテインメントに変えていく(パズル作家・編集者/株式会社ニコリ代表 安福 良直)10 数字パズルを世界の誰もが楽しめるエンターテインメントに変えていく(パズル作家・編集者/株式会社ニコリ代表 安福 良直)

 中学生の頃に出会った数字パズルに魅せられ、京都大学時代に2万桁にも及ぶ虫食い算を編み出し、パズル作家・編集者の道を歩み始めた安福さん。幼少期の原体験から、編集長時代に起こった数独ブームの裏事情、パズルの世界を真摯に遊びつくしたからこそ実感しているパズルの魅力まで、広くお話しいただきました。

安福 良直 Yoshinao Anpuku

1967年広島県生まれ大阪府育ち。1986年に京都大学に入学し理学部にて学ぶ。1990年に株式会社ニコリに入社し、パズル関係の出版物や、数独をはじめとするパズルの制作にたずさわる。1999年から2018年まで雑誌『パズル通信ニコリ』編集長を務める。その後、副社長を経て、2021年8月1日に創業者である鍜治真起の退任にともない社長に就任する。

ニコリの編集長時代に、
数独が大ブームを引き起こす

 ニコリに就職して9年目の1999年に、社の代表雑誌『パズル通信ニコリ』の編集長を務めることとなりました。そこからの約20年間は、雑誌編集長として昼夜逆転することも多い忙しい日々でした。雑誌に載せるパズルをつくったり、読者から送られてきたパズルを解いて面白ければ掲載したり、仕事は地味でしたが、私個人としてはとても楽しかったです。ニコリは若手パズル作家の登竜門でもあったので、後進を育てることにも貢献したと思います。ニコリでデビューしたパズル作家のうちの数人は、今でもニコリで働いています。そんな充実しつつも代わり映えしない日々を過ごすなかで、大きな変化が起こりました。それが2005年に起こった数独ブームです。

 数独は数字パズルの一種で、アメリカのパズル雑誌に掲載されていた「ナンバープレイス」というパズルがもとになっています。あまりメジャーとは言えなかったこのパズルをニコリの創業者である鍜治真起さんが見つけ出し、「数独」という日本語名をつけて紹介しました。そこからパズル愛好家の間で徐々に人気が広がり、私が編集長になったころには、数独専門の雑誌や単行本を多数出版するまでになりました。海外にも数独のファンが増えていき、なかには自力で数独のWEBサイトを運営する人まで現れました。それがウェイン・グールドさんという方です。彼はニコリにも相談して、数独をプログラミング生成することに挑戦。2004年に自作の数独をイギリスの新聞『タイムズ』に売り込んだのです。

 そこから世界でも人気に火がつき、数独は「sudoku」という名でイギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、インド、香港に広まりブームを巻き起こしました。またそれを知った日本の新聞社やネットサイトが記事に取り上げ逆輸入のような形で日本でも数独ブームが発生しました。ニコリにも世界中から、問い合わせや取材依頼が飛び込んできました。ブームは数年間続き、鍜治さんが世界中を飛び回るなか、私は裏方の仕事に忙殺されていました。残念なのは、「sudoku」という名前があっという間に世界に広がり普通名詞として定着してしまったため、日本では取得していた「数独」の商標を海外で取り損ねたことでしょうか。ビジネス的には非常にもったいないことをしました。でも、だからこそ「sudoku」が世界に広がり、日本でも数独といえばニコリという認識が定着したのではないかと考えています。

安福 良直

世界中で発売された「sudoku」関連の書籍や雑誌。

被災地で暮らす高齢者の声から
数字パズルの可能性に気づく

 大ブームとなった数独ですが、とはいえやはりパズル愛好家の中での流行にすぎず、誰もが身近に楽しむ娯楽にまでは至らなかったと感じています。またニコリのビジネスも、依然としてパズル愛好家に向けたものにとどまっていました。しかし2010年代後半からその風向きが少しずつ変わってきました。

 きっかけとなったのは、東日本大震災で津波の被害を受けた岩手県大槌町で、数独が新たなブームを起こしたことです。背景には高齢者の自立支援活動を行っていたNPO法人が、脳トレのひとつとして数独を教え始めたことがあります。誘われて私自身も仮設住宅を巡ったのですが、そこで聞いたのが、初心者向けの数独すらパズルに縁のない高齢者には難しすぎる、という声でした。そこで、2017年に高齢者も楽しめる数独の入門書をニコリで発行したところ、大槌町にて「数独認定試験」が開催されることとなり、6歳から99歳までの幅広い年齢層の方が参加する盛況となりました。

 この体験から私は、パズルは高齢者や子どもの教育にも役立つ可能性があり、テレビや映画のような誰もが楽しむエンターテインメントになりうると考えるようになりました。また今後はそこに取り組むことが、ニコリに課せられた社会的役割のひとつだと考えています。このように思うようになったのは、私が鍜治さんから社長を引き継ぎ、パズル作家やパズル雑誌編集者としてではなく、経営者としてどうあるべきかを強く意識するようになったからです。数独の作り方を教えてほしいという声も多いので、そうした部分もビジネスにつながるかもしれません。鍜治さんはつねづね「ニコリのパズルを世界中に広めたい」と言っていました。作家の育成も含め、数字パズルを本当の意味で世界中の老若男女に親しまれるコンテンツへと成長させることが、社長を引き継いだ私の使命だと考えています。

安福 良直

安福さん(左)と、創業者でもある前社長、鍜治さん(右)。

数独も京都大学も、
間口が広いから“面白い”を生み出せる

 ニコリではさまざまなパズルをつくっていますが、そのなかでも数独は抜きん出た存在だと感じています。というのも、パズルというのは基本的に「こういう考え方で進めていかないとゴールできない」というものがほとんどなのですが、数独は基本のルールに則っていれば、自由にアプローチができる。その間口の広さが、数独の魅力だと思っています。

 京都大学も独特の存在だと思います。在学中は、本当に自由にいろんなことができました。虫食い算もそうですが、やりたいことを中途半端に止めることなく、とことん突き詰めて成し遂げられたことが、今の私につながっています。最近では大学の研究予算が厳しいなどの話も聞きますが、京大には社会の風潮に負けず、間口を広く変わり者を受け入れ、自由に好きなことをさせてくれる環境をずっと保っていただきたい。学問でもなんでも突き詰められるものは突き詰めて、面白いことを成し遂げる人がずっと出続ける大学であってほしいと期待しています。

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