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VOL.11 落合 恵美子 教授(京都大学大学院文学研究科)

身近にある不思議から、社会の姿を読み解きましょう

私たちを取り囲む社会の「謎」や「問題」を探し、解明するのが社会学。古文書、雑誌、人口統計など一見バラバラな手がかりをもとに、「名探偵」の落合恵美子教授は動かぬ証拠と第六感のひらめきで社会の姿と動きを捉える。

家族、学校、企業、国家-小さな社会から大きな社会まで、複数の社会に私たちは取り囲まれている。しかし、社会をこの目で見ようとしても、見えてくるのは個人の集まり。見ることのできない社会の謎に迫ろうと、社会の「探偵」は知恵をしぼる。

雑誌モデルの微笑みにひそむ「謎」を追う

本屋にならぶ雑誌も、社会学者の手にかかれば社会の姿を「推理」する貴重な物証となる。「社会学の研究は、私たちを囲む身近なものから始めます。たとえば女性向けのファッション雑誌には多くのモデルが登場しますが、彼女たちを観察・分析することもメディア研究という社会学の一分野です。」

落合教授は、戦後に出版された膨大な雑誌を比較して、モデルの女性が浮かべる表情の違いに注目する。「雑誌の表紙に選ばれている写真は、戦後直後は自信なげで控えめな笑顔。1950年ころになると髪にパーマをあて、爆発するような笑顔。そして、1955年から75年までのモデルは、みんなが同じようなつくり笑いの顔で微笑んでいます。」

この1955年から75年のあいだに、落合教授は「事件」のにおいをかぎつけた。「似かよった表情の女性ばかりが繰り返し出てくることに驚きました。この背景になにがあるのかと不思議に思い、それが研究に取り組むきっかけでした。」

謎を解くカギは「人口統計」にあった。「雑誌の写真には、その時代の〈人びとの抱いているイメージ〉があらわれています。いっぽう、出生率などの人口統計は〈人びとの実際の行動〉の結果です。」

戦後、日本の出生率は1950年代と1970年代の2度、低下している。「この間の20年ほどは、合計特殊出生率がほぼ2.0、すなわち一夫婦あたりの子供の数が二人と、安定した時期です。」図に水色で示したのが、その安定した時期だ。「家族の姿は「昔から変わらない」とも、反対に「変化し続けている」とも言われますが、〈安定した構造をもっていた時代〉と〈変化した時代〉とに、はっきり区別できるのです。」

「興味深いことに、人口統計に表れた行動の変化と、雑誌の表紙写真から読み取れる家族についての「意識」、あるいは「規範」の変化は、すくなくともこの時期には対応しています。」安定した時期というのは、「昭和ヒトケタ生まれから団塊の世代にかけての人たちが親になった期間で、彼らの多くが子供は二人、お母さんは主婦、という家族を築きました。」アニメの「ちびまる子ちゃん」一家のような家族が、その〈安定した構造をもっていた時代〉の家族の典型だという。

「「子供は2、3人産むのがよい」、「女性は主婦になるものだ」という社会の暗黙のルールがこの時期につくられて、家族のありかたに影響を与えていたのです。私たちがあたりまえだと思い込んでいたような家族のありかたは、この時期にあたりまえになったにすぎません。その前もその後も家族の姿はさまざまで、変化するものなのです。」

著作「21世紀家族へ-家族の戦後体制の見かた・超えかた」(有斐閣、1994年)でこの見かたを展開し、山川菊栄記念婦人問題研究奨励賞を受賞した。英語、韓国語、中国語などにも翻訳され、海外でも出版されている。

古文書から浮かび上がる先祖の暮らし-歴史社会学

変化する家族の姿に関心をよせる社会の探偵は、歴史の謎にも立ち向かう。「徳川日本のライフコース──歴史人口学との対話」(ミネルヴァ書房、2006年)では、古文書を通して発見した江戸時代の意外な側面を指摘する。駆使した史料は、キリシタン禁制と関係する江戸時代の宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)。「庶民の家族関係、結婚や死亡のデータを含み、住民登録と国勢調査をいっしょにしたような史料です。この史料を解読し、コンピュータに入力してデータベース化して分析します。理系のような研究方法ですが、歴史社会学というジャンルです。」

大勢の研究者の協力と、気の遠くなるような努力が必要だという。「100年から150年ほどの期間に、ある村に暮らした一人ひとりの男女がどのような一生を送ったか、生き生きとよみがえらせることができます。この結果、離婚率は現在のアメリカなみに高かった、再婚も多かった、子供の数は思いのほか少なかったなど、私たちの先祖の暮らしの知られていなかった側面が浮かび上がってきました。」

研究のここがおもしろい!

自分が悩んでいる問題に向きあえば、
社会の抱える問題の解決につながります

困っている人が直面している問題について、いっしょに考えるのが探偵の仕事。これも社会学者との共通点だ。「悩んだとき、なんでもかんでも「私が悪いのかな」と思わないでいい。日常生活における個人的な悩みと思っていたことも、多くの人と関係のある問題、社会の抱える問題であったりします。」

落合教授は京都大学のグローバルCOEプログラム「親密圏と公共圏の再編成をめざすアジア拠点」のリーダーの役割を担う。家族や身近な人間関係の変化を、社会保障制度に関する国のありかたやグローバル化など、より広範な社会的枠組みの変化との関係をとおして解き明かそうという大プロジェクトだ。

その前段階として、アジアではどういう人たちが家庭内の仕事、介護や育児を担っているかについて、2000年代からインタビューやフィールド調査を実施してきた。「私たちの所属する、目のまえにある家族や社会の特徴や問題点を理解するには、違う空間や違う時間を迂回してもどってくるのが早道なのです。」

個人的な悩みに埋没している人たちに、なんとかして手をさしのべたいという思いがある。「アジア6か国の家族を調査しましたが、中国やタイでは父親や親族などが積極的に育児にかかわっていました。中国では社会主義政策により保育所が充実しており、シンガポールではフィリピンやインドネシアから働きにきたメイドさんが住み込みで子供の身のまわりの世話をしていました。日本では極端に母親に集中しており、助けてくれる人が少ないので育児ノイローゼが増えるのです。調査の結果、育児ノイローゼは日本で顕著な現象なのだということもわかりました。」

ほかの世界を知ることで解決策は見つかる

落合教授が研究者の道を歩み始めたきっかけも、自身の問題にあった。「私も育児の真っ最中だったから、ほかの人はどうやっているのだろうかと知りたかった。自分が身につまされていることを研究するのが、社会学ではいちばんいいですね。いま目のまえにあることがすべてではありません。ほかの社会を調査したり、古い書籍を読んだりすると、解決法が見つかったりするのです。」

アジアで発見したことを新聞記事で発表し、社会的な育児支援の重要性を訴えている。「育児や介護には、援助やネットワークが必要です。親族が手伝ってくれなければ施設に預ける、施設がなければ近所の人に頼むといったように、ネットワークは代替的なものです。つまり、なにかが足りなければ、代替できるものをつくればよいのです。」

前述のグローバルCOEでは、これまで別の研究分野とされてきたいくつかの分野──家族の研究、社会保障制度など国の仕組みの研究、国境を越えて移動する人たちについての研究などを統合する研究を進めている。「育児や介護などの家族の悩みを解決するうえで、保育所や介護保険などの国の制度が大きな役割を果たします。日本もインドネシアやフィリピンから看護師や介護職の候補者を受け入れるようになりましたが、こうした外国人労働者に助けてもらっている国は少なくありません。」困難に出あったとき、どう生きるべきか。社会学者として、人びとが暮らしやすい社会のために提言を続ける。

研究者から伝えたいメッセージ

個人と社会は、ニワトリと卵の関係。
一歩下がって見つめてみると、新たな発見があります。

落合教授が社会の見かたを教わった「パーソナル・イズ・ポリティカル(個人的なものは政治的である)」という言葉がある。「パーソナル・イズ・ソーシャルでもよいのですが、高校生か大学生のころにこの言葉に出あい、社会の見かたを教わりました。社会のなかに個人はいるし、個人が社会をつくっている。日常生活や個人的なできごとにも社会が関係しており、個人的な悩みだと思っていることも社会や政治の影響を受けていたりします。就職先がみつからない、育児が不安だという悩みもそうです。」

近年、高校や大学を卒業しても、就職先が決まらない人が増えている。「自己責任の時代といわれていますが、産業構造が変わった、雇用が減少した、グローバル化が進展したなど、おもな要因は社会の側にあります。社会が変化して親の世代と同じような人生は歩めないのだから、別の生き方や幸せを創り出してみてはどうでしょうか?」

自分の内側にではなく、自分の外側に意識を向けることを提案する。「若い人には、自分を離れたところから見つめてほしい。一歩離れたところから、客観的に自分を見つめると、新しい発見はかならずありますよ。」

本棚から一冊

手紙を送ったほどのファンに。
フィリップ・アリエス「〈子供〉の誕生」(みすず書房、1980年)

「目からうろことは、この本のことだと思います。20代半ばのころ、フィリップ・アリエスの大ファンになって、京都にいらっしゃるというから「私が観光案内しますよ」とフランス語で手紙を書いたのです。そうしたらお返事をいただきました。達筆で判読に時間がかかったのですけれど、いまでは宝物です。」

歴史家のフィリップ・アリエス(1914−1984)が分析したのは、中世から近代初期の図像、墓碑に刻まれた文章、日誌や書簡などだ。近代以前は、愛情をかけるべきかわいい「子供」は存在せず、「小さな大人」として共同体で活動していたこと、つまり「子供」は「近代になって発見された」ことを指摘して、世界の人びとに衝撃を与えた。

「彼の書いたことは100パーセントが真実ではないけれど、アイデアがすばらしい。子供観、子供についての見かたが近代以降に変わったという指摘は間違いない。アリエスは、そのことを最初に発見した。「アリエス以前と以降とで、家族史と教育史の研究は二分される」と言われますが、けっして誇張ではないでしょう。」

私のリラックス法

海外からの研究者と京都散策


インド・デリー大学のAnjali BHATIA 先生と天龍寺で

「気分転換に、高野川のほとりを歩いたりします。海外の人たちと研究を通じて交流する機会が増えていますが、彼女たちや彼らを案内して京都のさまざまな場所を訪れ、ともに食事をするのも楽しみです。どんなに忙しくても、時間をつくって積極的に出かけると楽しめます。」

海外の人に京都の街がどううつるのか、彼らの目を通すと新鮮さが増す。「いつもの見慣れた風景も違って見え、京都の新たな顔を発見する。多様な角度から周囲を見渡すという社会学の視点を身につけると、町を歩くだけでも楽しいですよ。」

取材日:2012/1/13

Profile

1958年、東京生まれ。1980年、東京大学文学部卒業。1987年、東京大学大学院社会学研究科博士課程満期退学。大学院生時代に出産し、悩んだ経験をもとに育児の実態の研究に取り組む。

兵庫県家庭問題研究所主任研究員、同志社女子大学専任講師、京都大学非常勤講師を経て、1993~1994年、ケンブリッジ大学客員研究員。1994~2003年、国際日本文化研究センター研究部助教授。1996~2003年、京都大学大学院文学研究科客員助教授。2003~2004年、同助教授。2004年から同教授。

おもな著作に、「21世紀家族へ-家族の戦後体制の見かた・超えかた」(有斐閣、1994年)、Asia's New Mothers (Global Oriental, 2008)。

2012年2月に出版した共編著書「アジア女性と親密性の労働」(京都大学学術出版会)では、良妻賢母、外国人メイド、外国人妻、性労働者など、アジア女性の役割について国を越えて比較し、なぜアジア女性は〈女性の中の女性〉とされるのかという問題に取り組んでいる。