遺伝子を直接制御する合成分子で組織再生の道が開ける

ターゲット
公開日

ガネシュ・パンディアン・ナマシヴァヤム 高等研究院物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)助教、杉山弘 理学研究科教授、谷口純一 同博士課程学生らの研究グループは、合成分子を用いてヒトiPS細胞などの幹細胞を心筋細胞へと分化させる、新たな方法を開発しました。

本研究成果は、2017年7月31日に英国の科学誌「Nucleic Acids Research」のオンライン版で公開されました。

研究者からのコメント

本研究では、iPS細胞を特定の細胞に分化させる、初めてのDNA結合性合成分子を見いだしました。また本研究で用いた化合物には、標的DNA配列を自由に変更できるという特徴があります。そのため、将来的にはヒトiPS細胞を中胚葉以外のタイプの細胞に分化させるなど、様々なDNA配列をターゲットとする新たな合成高分子の開発へつながることが期待されます。

概要

iPS細胞は、特定の臓器などの細胞に変化する前の細胞で、体内のどのような細胞にでも変化することができます。このようにiPS細胞が特定の臓器などの細胞へ変化することを分化と言います。iPS細胞の分化を制御することで、病気や欠損した組織の再生や薬品開発、疾患発症のメカニズム解明などの研究が可能になります。

iPS細胞を特定の種類の細胞に分化させるためには、臓器発生に関わる様々なシグナルを活性化させたり抑制したりすることによって遺伝子の発現を制御する必要があります。この目的のために様々な化合物が開発されてきましたが、その標的分子はシグナル上流のタンパク質に限られており、DNAにコードされている遺伝子を直接制御できる化合物はありませんでした。

そこで本研究グループは今回、iPS細胞の遺伝子を直接制御して中胚葉(心筋細胞など循環器系の細胞に変化する前の段階の細胞)への分化を引き起こすことを目的とし、「PIP-S2」という化合物を合成しました。PIP-S2はiPS細胞中で、SOX2というタンパク質が結合するDNA配列を見分けて、そこに結合します。PIP-S2がターゲットのDNA配列に結合すると、同じ場所にSOX2は結合できなくなります。SOX2は、転写因子としてその下流の遺伝子を制御し、iPS細胞が中胚葉へ分化するのを妨げて細胞を初期の「未分化状態」に保つ性質があります。したがってPIP-S2がSOX2を阻害すれば、中胚葉への分化が引き起こされると期待されました。

本研究では、PIP-S2をiPS細胞へ投与することでSOX2下流の遺伝子を制御し、ヒトiPS細胞を中胚葉へ分化させることに成功しました。また、この中胚葉が収縮機能を持つ心筋細胞へさらに分化できることを示しました。

図:今回開発したPIP-S2がDNAに結合して幹細胞内の遺伝子情報を切り替え、幹細胞の心筋細胞への変化を誘導する様子を描いたイメージ。(制作:Sudhakar KeerthiPriya)

詳しい研究内容について

書誌情報

【DOI】 https://doi.org/10.1093/nar/gkx693

【KURENAIアクセスURL】 http://hdl.handle.net/2433/227299

Junichi Taniguchi, Ganesh N. Pandian, Takuya Hidaka, Kaori Hashiya, Toshikazu Bando, Kyeong Kyu Kim and Hiroshi Sugiyama (2017). A synthetic DNA-binding inhibitor of SOX2 guides human induced pluripotent stem cells to differentiate into mesoderm. Nucleic Acids Research, 45(16), 9219–9228.