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授業に潜入! おもしろ学問

 

授業に潜入! おもしろ学問

自然科学科目群/化学 化学概論 I
私たちをとり巻く目に見えない原子・分子たちの化学反応

中村敏浩
国際高等教育院/人間・環境学研究科 教授

「化学の魅力は、様々な事項や式が矛盾なく美しく噛み合ってできている論理構造にあり」。中村敏浩教授がそう語るように、私たちの目に映る複雑な化学現象も、原子・分子レベルで捉えてシンプルで整然とした理論にまで一般化すれば、こうした化学現象を理解する上で重要な点を抽出できる。酸性雨や海水の酸性化など、地球規模の現象を引き起こすのも目には見えない小さな原子や分子の仕業。原子・分子の視点で周囲のあらゆる化学現象を見つめることは、環境問題やエネルギー問題など、私たちが直面する課題を解決する一歩となりうるに違いない。理系の学生のみならず、文系の学生にこそ、そのようなモノの見方と考え方に触れてほしい。

今日の授業で取り上げるのは、酸と塩基の間で起こる反応、酸塩基反応です。酸や塩基とはなんでしょうか。文系のみなさんにとっても、理科の授業では、「酸性・アルカリ性」という言葉には、馴染みがあるでしょう。高校で「化学」を履修した人にとっては復習となりますが、この表には酸と塩基とに分類できる代表的な化合物を挙げました。 酸とされるのは塩酸、硝酸、硫酸など。塩基とされるのは水酸化ナトリウム、アンモニアなどです。では、どういう性質があれば酸、あるいは塩基と言えるのか。実は、定義は一つではありません。代表的な3つの定義を紹介しましょう。

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 酸とは? 塩基とは?

 酸と塩基の定義

酸と塩基とを分類する3つの視点

「アレニウスの定義」は、化合物を水に溶かしたときに水素イオン(H+)が生じれば酸、水酸化物イオン(OH-)が生じれば塩基とします。アレニウスの定義では、塩基性はアルカリ性に対応しています。

「ブレンステッド - ローリーの定義」では、酸とは〈H+を与える物質〉とされています。そもそもイオンとは、中性の原子や分子が電子を失ったり得たりして、電荷を帯びている状態のことです。水素原子は、原子核の周りに電子を一つ持ちますが、この電子を取り除いたのがH+、水素イオンなのです。 原子核は陽子と中性子から構成されますが、水素の原子核は陽子一つです。この陽子はプロトンと呼ばれます。言い換えれば〈H+を与える物質〉とは、〈プロトンを供与する物質〉です。酸は〈プロトン供与体〉、それに対し、塩基はH+を受け入れる物質、〈プロトン受容体〉と定義します。

「ルイスの定義」は、酸と塩基の概念をさらに拡張したもので、これまでの2つとはニュアンスが違います。酸は電子のペアである電子対を受け入れる〈電子対受容体〉、塩基は電子対を与える〈電子対供与体〉と定義されます。ルイスの定義を用いる場合は特別に、「ルイス酸」や「ルイス塩基」と呼ぶことが多いです。

原子の仕組み

 

H+の移動で見極める酸と塩基

ブレンステッド - ローリーの定義に従えば、今日のテーマである酸塩基反応とは、プロトンすなわちH+を授受する反応であると言えます。

まず、定義に基づいて、酸と塩基の具体例を紹介しましょう。 化学式は、CH3COOH(酢酸)をH2O(水)に溶かしたときの反応です。CH3COOHは水分子にH+を与えてCH3COO-(酢酸イオン)に、水は酢酸からH+を受け取り、H3O+となります。H+を供与するCH3COOHは酸、受容するH2Oは塩基です。

化学式の左から右への反応を正反応として、次は右から左への逆反応の場合を見てみましょう。H3O+はCH3COO-にH+を与えてH2Oに、CH3COO-はH3O+からH+を受け取りCH3COOHになります。逆反応でも、酸・塩基の関係が成り立ちます。H+を与えるH3O+は酸、CH3COO-は塩基です。このように酸と塩基は対の形で現れ、H3O+をH2Oの共役酸、CH3COO-をCH3COOHの共役塩基と呼びます。

ブレンステッド―ローリーの定義に従うと、同じ物質でも、酸か塩基かは状況によって異なります。例えば、NH3(アンモニア)を水に溶かしたときの反応の化学式では、NH3は水分子からH+を受け取りNH4+に、水はNH3にH+を与えてOH-になります。アンモニアは塩基、水は酸ですね。同じ水なのに、酢酸との反応では塩基、アンモニアとの反応では酸となります。

ブレンステッド - ローリーの酸と塩基

 

強酸と弱酸の違い

強酸であるHClは水溶液に溶かすとほぼすべてが電離する。一方、弱酸の酢酸はごく一部だけが電離。強酸基・弱酸基も同様の反応を示す

 

〈強い〉酸・塩基と〈弱い〉酸・塩基

酸と塩基、それぞれの性質を酸性・塩基性と呼びます。これを示す尺度がpHです。

pHは、pH=-log10[H+]の式で定義されています。[H+]はH+の濃度(単位はmol/L)を表します。[H+]が1×10-7mol/Lのとき、pH=7で中性となります。[H+] が1×10-7mol/Lよりも大きければpHは7より小さくなるので酸性です。逆に、[H+]が1×10-7mol/Lよりも小さければpHは7より大きくなり、塩基性だといえます。

何も溶けていない純水はpH=7で中性です。レモンジュースやトマトジュースなど、酸味を感じるものは酸性に偏ります。虫刺されに使われるアンモニア水は典型的な塩基性の物質です。

同じ酸性を示す物質でも強酸と弱酸、塩基性を示す物質は強塩基と弱塩基とに分類して考えることがあります。この「強い・弱い」とは、何が決めると思いますか。

例えば、HCl(塩酸)を100個、水に溶かすと、H+100個とCl-100個とに分かれます。 このように、ほぼすべてがイオンに電離する物質を強酸、あるいは強塩基といいます。NaOH(水酸化ナトリウム)を水に溶かすと、Na+(ナトリウム)とOHとにほぼすべて電離しますので、NaOHは強塩基です。

一方、水に溶かしたとき、ごく一部だけが電離し、ほとんどが元の物質のまま残るものは弱酸、あるいは弱塩基と呼ばれます。酢酸を水に溶かすと、ごく一部はH+とCH3COOとに分かれますが、ほとんどが酢酸分子のまま存在しますので、酢酸は弱酸です。アンモニアも、水に溶かすとほとんどはアンモニア分子のままで、ごく一部がNH4+とOHとに分かれますので、弱塩基であると言えます。

ここまでが、酸や塩基にまつわる基礎知識です。では、酸と塩基の関わる化学現象は、私たちの暮らしにどう影響するのでしょうか。

CO2が増えると海中のサンゴが消える

は、酸性・中性・塩基性を示すpHのスケールです。雨水は元々やや酸性寄りで、「酸性雨」となると、さらに酸性に偏ります。酸性の水とはどのような状態なのかというと、魚が生息する湖沼でpHが6を下回ると、多くの魚が死滅します。pHが5にまで酸性化が進むと、ほとんどの水生生物が消え、pHが4に至ると、もはや生きものの存在しない死んだ湖になるのです。

海水も酸性化が進んでいます。工場や火力発電所の稼働などでCO2ガスが放出され、海水にも溶け込み、H2CO3(炭酸)が生じます。H2CO3は弱酸で、ごく一部はH+とHCO3-(炭酸水素イオン)とに分かれます。H+は海水中のCO32-(炭酸イオン)と反応し、HCO3-を生成します。CO2が水に溶けたが故に、CO32-が減ってしまうのです。

重大なのはここから。CO32-濃度の減った海の中では何が起こるのか。サンゴなどの体は水に溶けにくいCaCO3(炭酸カルシウム)でできているのですが、足りないCO32-を補うためにCaCO3がCa2+(カルシウムイオン)とCO32-とに分かれて溶け出し始めるのです。そうなると当然、サンゴの成長は妨げられます。意外に思うかもしれませんが、大気中のCO2の増加は、海の中のサンゴの減少にも繋がっているのです。

酸性・塩基性の尺度

何も溶けていない純粋な水はもちろん中性のpH=7。
口に含んで酸味を感じるレモンジュースやトマトジュースは酸性に偏る

世界中で深刻な酸性雨の原因

酸性雨は世界各地で深刻な問題となっています。アメリカでは、1944年に建てられたニューヨークのジョージ・ワシントンの大理石像が酸性雨によって損傷しました。炭酸カルシウムが雨水に含まれるH+と反応したのです。世界各地で遺跡の損傷が見られますし、川や海の酸性化、人体への影響など、酸性雨の影響は計りしれません。

では、酸性雨を引き起こす原因とはなんでしょうか。原因となる物質は大きく二つ。一つは硫黄酸化物(SOx )。xは酸素の化合している数を表していて、硫黄酸化物の中でも二酸化硫黄(SO2)、三酸化硫黄(SO3)が主な原因物質です。もう一つは窒素酸化物(NOx )。一酸化窒素(NO)、あるいは二酸化窒素(NO2)などです。

その硫黄酸化化合物のSO3(三酸化硫黄)を例に考えましょう。 気体のSO3が液体のH2Oと反応すると、H2SO4(硫酸)の水溶液になります。H2SO4は強酸で、ほぼすべてがH+とSO4 2-(硫酸イオン)に電離します。H+がたくさん生じ、及ぼす影響も大きい。窒素酸化物の場合も、メカニズムはこれと同じです。

次に、なぜ硫黄酸化物と窒素酸化物とが大気中に放出されるのかという原因に目を向けます。 硫黄酸化物の主な原因は石炭の燃焼です。炭素を多く含む石炭ですが、硫黄分を少し含みます。石炭が燃焼すれば、硫黄と酸素が反応し、SO2が生じます。アメリカの2011年のデータでは、SO2の排出源の87パーセントが石炭などの燃料の燃焼だと考えられています。

一方、窒素酸化物はガソリンの燃焼の影響が大きいと考えられています。基本的には、ガソリンに窒素酸化物は含まれていませんが、ガソリンの燃焼で周囲が高温になると、空気中に存在する窒素が酸素と反応し、窒素酸化物が生じるのです。アメリカでは、窒素酸化物の排出源のほぼ半分は、輸送によるガソリンの燃焼です。

酸性雨の原因物質

 

硫黄酸化物の生成

植物の成長に不可欠な〈悪者〉化合物

土壌を通した窒素の循環 窒素はタンパク質やアミノ酸、核酸などに含まれており、生物にとって不可欠な元素だが、植物や動物は大気中の窒素を直接に利用できない。窒素は細菌を通して植物、動物へと巡る。土壌中の窒素化合物は、細菌により還元され、再び大気中に遊離する

一酸化窒素(NO)、二酸化窒素(NO2)のような反応性の高い窒素化合物を「活性窒素種」と呼びます。窒素ガス(N2)の状態では反応性が乏しくても、酸化したり、水素と反応してアンモニア(NH3)になったりすると反応性が高くなります。

活性窒素種については、酸性雨など悪影響ばかりが注目されがちですが、プラスの側面もあります。植物が成長するためには窒素元素が必要なのですが、空気中に豊富に存在する窒素分子(N2)の状態のままでは植物はその成長のために利用できないのです。ところが、反応性が高い活性窒素種であれば植物は窒素を吸収できるので、土壌中の窒素の循環にはアンモニアや亜硝酸イオン(NO2-)、硝酸イオン(NO3-)といった活性窒素種が欠かせないのです。

そのため、農作物の成長を促すためには、活性窒素種を肥料として与えることが有効です。ドイツの化学者のフリッツ・ハーバーとカール・ボッシュは、ハーバー・ボッシュ法というアンモニアの生産方法を確立しました。土壌中の循環に頼らずともアンモニアを生成し、肥料にできるので、農作物の収穫量の増加に貢献し、20世紀初頭の人口増加を支えました。

プラズマで有用な物質を作る

最後に一つ、我々が行っている研究を紹介します。このような実験装置を作製して、水中に導いた空気に高い電圧をかけていくと、プラズマを生成することができます。放電が開始すると、最初に、一様に紫色の光を発するプラズマが得られます。このプラズマはグロー放電のようなので、我々はこれをグロー・モードと呼んでいます。さらに高い電圧をかけていくと、より明るい火花が水中に飛び散るようになります。こちらのプラズマはスパーク・モードと呼んでいます。

このプラズマを使えば、水溶液中で様々な化学反応を起こすことができます。まず、イオンが何も溶け込んでいないイオン交換水と、いろいろなイオンが溶け込んでいる水道水を用意します。水道水にはナトリウムやカルシウムなどのミネラルが含まれています。この2種類の水でグロー・モードの放電を起こすとNO3-が生じますが、水道水ではわずかにNO2-が生じます。それに対し、スパーク・モードの放電の場合は、イオン交換水ではNO2-の生じる割合が増え、水道水ではさらに多くのNO2-が生成されます。

プラズマによりNO2-とNO3-を選択的に合成できる現象は、世界で初めて分かったことです。応用すれば、さらに多様な物質を作り分けられるかもしれません。

農作物を育てるときには、窒素肥料を与えます。生育過程ごとに細かなコントロールが必要なので、少しずつ肥料が土壌に染み出すようなカプセルに覆われた被覆肥料での投与が主流です。しかし、肥料カプセルはマイクロプラスチック。土壌から海などに流出すれば、環境汚染に繋がります。そこで、プラズマを用いて空気中の窒素から必要量の活性窒素種を合成し、その場で、リアルタイムで農作物に肥料として供給できるシステムが構築できれば、この問題の解決に繋がるのではないかと、話し合いを進めています。

放電で化合物を作る発想は随分古くからあるものです。よく知られているのは1953年のユーリー・ミラーの実験です。海と大気成分、落雷といった原始地球の環境を装置上に再現し、生命の誕生に繋がるアミノ酸の生成を実証しました。大きなインパクトを与えましたが、現在では原始地球の大気成分は実験のものとは違っていて、アミノ酸は隕石などで地球にやってきたという説や、隕石の衝突によりアミノ酸が生成されたという説が有力視されています。とはいえ、実験室で生命の素となる物質を合成できることには大きな意義がありますし、何よりスケールの大きな話は楽しいですよね。今日のおまけでした。

水中放電の実験

プラズマを利用して、空気と水だけを原料に農作物の成長を促す窒素酸化物イオンを含む水を作製した実験。その他にも、気液界面の微小な空間で生成した大気圧プラズマを用いて、二酸化炭素と水のみから、消毒・殺菌など医療分野で有用な物質を合成する放電実験にも取り組んでいる。現代のIT社会を支える半導体デバイスの製造をはじめとする電気電子工学分野で発展してきたプラズマ技術を、化学と融合させて、新たな反応場を創造することで、農業や医療など、より幅広い分野にまで応用が広がることが期待される

 

なかむら・としひろ
1969年、京都府に生まれる。1996年、京都大学大学院理学研究科博士後期課程修了。同大学院工学研究科講師、大阪電気通信大学大学院工学研究科教授などをへて、2019年から現職。専門は薄膜プロセス、電子材料・デバイス、プラズマ化学、分子分光学。「新規電子材料薄膜の作製とデバイス応用」や「プラズマを利用した化学反応による新奇物質合成・変換技術の開発と農業・医療応用」に取り組んでいる。

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