京都大学広報誌
京都大学広報誌『紅萠』

ホーム > 紅萠 > 授業・研究紹介

授業に潜入! おもしろ学問

授業に潜入! おもしろ学問

総合生存学館 大学院専門科目「ブルーオーシャン・シフト戦略論」
リーダーの条件は自分と他者の〈こころ〉を知ること

河合江理子
総合生存学館 教授

河合美宏
経営管理大学院 特命教授/総合生存学館 非常勤講師

ブルーオーシャン・シフト戦略とは、イノベーションを生み出すツールの一つ。既存の市場でパイを奪い合うのではなく、あらゆる分析手法を用いて、未開拓の市場の発見や、新たな価値の創造をめざす考え方だ。しかし、いくらしっかりと戦略をたてても、同じ方向をめざして取り組む仲間なくして、世の中の潮流は動かせない。先頭に立って、国際社会で同志を導くには、どんな力が求められるのだろうか。
海外の民間企業や数か国の国際機関でも活躍した二人の教員が長年におよぶ国際社会でのリーダーシップ経験をもとに、リーダーのあるべき姿を伝える。

河合江理子 教授

河合美宏これまで30年近く、海外で組織やチームをリードし、さまざまなリーダーと接してきました。リーダーの性格や特徴は多様ですが、優れたリーダーの資質に共通するのは「自分の人生は自分がつくる、自分の人生は自分が責任を持って生きる」という姿勢です。情熱を持って、「自分がどうしてもやり遂げたいことを叶えよう」と生ききる生き方です。情熱を持って打ちこめない人が、どうやって他の人をリードして、やる気にさせられるのでしょうか。例えば、ネルソン・マンデラは27年間の牢獄生活の間も黒人解放への使命と情熱を失わず、南アフリカ政府の方針を変え、アパルトヘイト廃止を達成しましたが、それがよい例でしょう。

人生には、晴れの日もあれば、雨の日や暴風雨の日もある。どんな環境に置かれても、リーダーとしてこれから国際舞台で活躍する京都大学の学生は、自分の成し遂げるべき目標を見出し、航海を続け、目的を達成することが大切です。

私たちはこの授業を通じて、学生が目標を見つけ、どんな環境でも航海を続け、目的地にたどり着く方法を学べるようにしたいと思っています。その目的地にたどり着く方法とは、自分を知り、相手を知り、相手とつながり〈事を為す〉ということです。

河合江理子日本に比べて海外では上意下達の命令よりもチーム内の対話が重視されます。上司も部下も平等に意見が求められますし、リーダーはそうした関係の中で、仲間をひっぱるリーダーシップを発揮せねばなりません。

河合(美)リーダーに重要なのは、業務を振り分けて命令することではなく、チーム・メンバーの気持ちを理解し、士気を高め、いかにモチベーションを向上させられるのか。これを知るには、自分や他者の〈こころ〉を知ることが第一です。

河合(江)当たり前のことですが、自分も他者も「こころ」を持つ「人」なのです。自分の心だからわかっている、コントロールできると考えずに、心の働きを知ることが大切です。

自分を知る

〈心の持ち方〉は一人ひとり違う

私たちは同じ経験をしても、違った感じ方をします。あるいは、同じものを見ても違って見えます。これは私たちの「心の持ち方」(Mind's Eye)がそれぞれ異なっているからです。例えば、水が半分入ったグラスを見て、「まだ半分もある」と元気になる人もいれば、「もう半分しかない」と気落ちする人もいる。この心持ちや気持ちは何事をなす場合でも、決定的に重要です。

人間は新しい挑戦や大事な局面になると、緊張して失敗をしないように慎重になり(play not to lose)、思う存分に自分の持ち味を出して大胆に攻める(play to win)ことをしなくなりがちです。
これは、人間が生命体として長い間生きながらえてきた本能によるものでしょう。観客の前でプレゼンをするときに、緊張して思うように話せなかったり、スポーツの試合の大事な場面で思うように普段の力が出せなかったりするのがその例です。

自分の心の持ち方を変える最も有効な方法は〈刷り込み〉です。脳を再構築(Rewire your Brain)することです。何度も何度も繰り返し練習して、これまでできなかったことをできるようにします。これを練習として繰り返すことで成功体験を積み重ね、練習と同じような心持ちで本番ができるようになるまで、体や頭に刷り込んでしまうことです。

他者から見た私も「私」 フィードバックの重要性

自分が知る自分の姿は、ほんの一部です。人間には、4つの領域があります(ジョハリの窓)。 自分にも他人にも見えている「開放の窓」、自分は知っていて他人は知らない「秘密の窓」、自分は知らないけれど他人には見えている「盲点の窓」、そして、自分にも他人にも見えていない「未知の窓」です。4つ目の「未知の窓」は、その人の潜在能力ともいえます。

自分で見える「開放の窓」と「秘密の窓」は、これまでの経験を振り返ると見えてきます。「盲点の窓」を知るには他者からのフィードバックが必要です。授業では、与えられたテーマに沿って、自らの経験や考えを発表し、他の学生からフィードバックをもらいます。フィードバックは率直に聞きましょう。「私はそんな人ではない」と思ったとしても、他人からはそう見えているのです。(笑)フィードバックをする側も、敬意を払いつつ、率直に伝えることが大切です。そうして自分自身に向きあうと、「盲点の窓」、「未知の窓」が見えてきます。特に未知の窓を知ることは、自分の無限の可能性を自覚し、開花させてくれる鍵です。ですから、みんなでみんなのフィードバックをすること、フィードバックを受けることが授業の要です。

心の持ち方(Mind's Eye)

自分の〈心の持ち方〉を知る課題:どうすれば、play not to loseの心持ちをplay to winに変えることができるでしょうか。これまでの経験のなかで、どうしてもできないことが、あるときできるようになったのは、どのようなときでしたか。(ジョージ・コーリーザー著『セキュアベース・リーダーシップ』掲載の図を一部改変)

ジョハリの窓

自分の「窓」を知る課題:他の学生の「Lifeline」や「success stories/failure stories」をじっくり聴いて、敬意を持ち、率直にコメントや質問をしましょう。また、コメントや質問を受ける側は率直にそのコメントを聞き、質問に答えましょう。受け取ったコメントや質問に自分をさらに知る鍵が隠されています。

相手を知る

ともにゴールをめざす仲間を知る

河合美宏 特命教授

自分を理解した後は、「他者」の理解です。この図(絆のサイクル)は人間関係の縮図。人間関係にかぎらず、仕事との関係や、故郷やペットとの関係も含みますし、関係の深浅に関わらず、このサイクルをなぞります。

まずは、「アタッチメント」。新しい人間関係や仕事などとの間に愛着を形成することです。心を開いて、関係を築く準備です。それから、「ボンディング」、絆を築く働きかけです。軽いあいさつもボンディングですし、ともに生活をするのはより親密なボンディングの一つです。次に「セパレーション」。人が〈誰か〉または〈何か〉を手放す、別れることです。肉親や友人との死別もあれば、卒業して「学生生活を離れる」という節目もひとつの別れ。出会いがあれば別れがあります。別れの後には「グリーフ」。絆の終わりや、慣れ親しんだ行動パターンの変化で生じる「悲しみ」のことです。悲しみの深さは、結ばれていた絆の強さを意味します。

悲しみにも「悲しみのプロセス」というサイクルがあります。悲しみに直面したとき、人はまず否定したり、怒ったり、さまざまな感情を覚えます。誰かと別れたときに、相手を否定して怒ったりします。好きだった仕事を離れたときに覚える喪失感もそうです。しかし、時間がたって客観的にみられるようになると、肯定や許しの段階をへて、悲しみから抜け出します。

この人生のサイクルをわかっていると、自己の理解も高まり、仲間との共感も深まります。自分を理解するときにも、「今はこの段階」とわかれば、「これから悲しみが和らげる」と思えたり、「いつか許せる」と心持ちが変わったりします。

仕事と私生活とは切り離せるものではありません。同僚を理解するには、同僚の普段の生活についても知っておくべきです。リーダーは相手を知り、相手の気持ちを理解して考えます。相手の失敗やモチベーションの減少が何に起因するのか。日ごろから話をしたり、きちんと関係を築いてはじめて、他者のサイクルを知ることができます。その関係をさらに深める指針が「絆のサイクル」です。

絆のサイクル

自分の人生を分析し、1本の曲線「Lifeline」を書いて発表しましょう。横軸は自分の人生(左が0歳、右が現在の年齢)、縦軸は人生の浮き沈み(上が最高、下が最低)。所どころにコメントを入れてください。「Lifeline」の対人関係に関する浮き沈みを分析するのには絆のサイクルが役立ちます。
(ジョージ・コーリーザー著『セキュアベース・リーダーシップ』掲載の図を一部改変)

悲しみのプロセス

「悲しみのプロセス」を考える課題。人生の中で最も悲しかった出来ごとと、そのときの気持ちの変化を思い返してみましょう。(ジョージ・コーリーザー著『セキュアベース・リーダーシップ』掲載の図を一部改変)

心の拠り所があれば、挑戦もできる

リーダーとして相手を理解するもう一つのポイントは「セキュア・ベース」。安心感を与える心の拠り所です。両親や先生、友人など、特定の〈人〉もそうですし、故郷などの〈場所〉、趣味やこれまでの〈経験〉もセキュア・ベースとなりえます。「ここに戻ってくれば大丈夫」という安心感は、リスクを取る勇気にも、ゴールに向かう原動力にもなります。自らのセキュア・ベースを知ることも必要ですし、みなさん自身がいつか、チームのメンバーのセキュア・ベースになってほしいと思います。

今、日本で生まれるイノベーションが減っているのは、リスクをとって挑戦することができないからかもしれません。組織の文化として、挑戦を促したり、親身に相談を受けてくれるリーダーが減っているのではないでしょうか。効率が重視されて、人工知能やオンライン経済がさらに普及すると、人との関係も薄れがちになります。そうした時代であるからこそ、人の心の動きに注目したアプローチに意義があると思います。
この後の授業では、このリーダーシップの話をもとに、さまざまな実践をしてもらいます。

セキュアベースの例

自分の「セキュア・ベース」を知る課題
あなたのセキュア・ベースはなんでしょうか。思い浮かぶものを書きとめて、隣の人とそれぞれのセキュア・ベースについて意見交換をしてみてください。
(表の出典・ジョージ・コーリーザー著『セキュアベース・リーダーシップ』から抜粋)

授業に潜入!

頭でっかちにならず、まず実践 
意思疎通して事を為す

2019年7月26日(金)13:00-

受講生は、異分野融合の知識を携え、世界で活躍するリーダーをめざす総合生存学館の大学院生たち。ブラジルやウクライナ、中国、日本など、出身国や育った環境の違うメンバーが集う。授業は全て英語。開講前から英語での会話が飛び交う。
最初の課題は、〈1分間スピーチ〉。河合江理子教授が重視するのは、簡潔に述べることと、正しい気持ちの持ち方、身ぶり手ぶりや視線(eye contact)などを使ったボディ・ランゲージ。

河合(江)発表者が緊張していたら、聞き手も緊張してしまう。話に集中できず、せっかくの内容も伝わりません。

スピーチのテーマは、「リーダーシップに重要なことは何か」。各自の経験を交えながら、自身のリーダーシップ論を発表する学生たち。緊張感がこちらに伝わってくる学生もいれば、聞き手とコミュニケーションをとり、その雰囲気に応じて柔軟にスピーチをする学生もいて、個性はさまざま。スピーチが終わるごとに、発表の何倍もの時間をかけてフィードバックし、課題を引き出していく。

緊張や過度な集中状態におかれると、自らの発表の問題点を把握するのは難しいようだ。自分では意識していない点を鋭く指摘され、納得したり、がっかりする学生たち。

河合(美)発表をスマートフォンで動画撮影するのもおすすめ。一人でもフィードバックができますよ。

次に取り組むのは〈ディフィカルト・カンバセーション〉。日本企業ではあまり見られないが、海外では賃上げや改善点の提案など、上司と直接に交渉する機会が多い。

河合(江)感情的になると、状況は悪化します。相手の気持ちや感情を充分に汲みつつ、可能な解決策を探す。その一方で、「できないこと」ははっきりと伝えなければいけません。

2人1組になり、上司役と部下役を決める。部下は「子どもが生まれたから給料を上げてほしい」、上司は「賃上げには応えられない」という立場で交渉を進める。

学生生活、アルバイトなどを通して得た経験や、上下関係で感じたことなど、それぞれの思うリーダーシップ論を発表する。どうすれば聞き手を惹きつけられるのか、実践を重ねて学ぶ

河合(江)利益や結果、二者択一の答えを求めるのではなく、譲歩できるポイントを探して丁寧に関係を築くこと。これが納得のいく結果を得る第一歩です。

いきなり交渉には入らずに、これまでの課題での経験やアドバイスをふまえて雑談をはじめるなど、工夫する学生たち。

河合(美)労働時間を減らしたい、仕事のサポートがほしいなど、給料アップを求める裏に、本人も気づいていない悩みがあるかもしれません。相手の気持ちを引き出せるよう、会話を丁寧に重ねます。

交渉の難しさに頭をかかえる学生もいたが、中には10パーセントの賃上げ交渉に成功した学生も。上司役の学生も、ベビーシッター制度やフレキシブルな労働時間など、賃上げではない支援を提案し、たがいに譲歩しながら納得のいく結論を導けるよう奮闘していた。
ロールプレイ後は1分間スピーチと同様に、フィードバックを重ね、自らの会話を振り返る。

これまであまり想像していなかった〈上司側の立場〉の難しさが印象的だったと話す学生も多かった。

河合(江)こうしたさまざまな感情は、実際に働いてみると、身にしみてわかるはず。みなさんがリーダーとして活動するときに、今日の経験をぜひ思い出してください。


かわい・えりこ
東京都に生まれる。日本の高校卒業後、米国ハーバード大学で学士、フランスの欧州経営大学院(INSEAD)でMBA(経営学修士)を取得。ロンドンの投資銀行SG Warburg & Co.のファンド・マネージャー、ポーランドで国営企業の民営化事業に携わる。国際公務員としてスイスの国際決済銀行、パリのOECDで職員年金基金の運用責任者などを務めた後、2012年から現職。

かわい・よしひろ
東京都に生まれる。ロンドン大学シティ校で博士号取得。東京海上火災保険株式会社、労働省や、パリのOECD、ポーランド政府財務大臣顧問などを歴任し、保険監督者国際機構を1998年に100か国以上の政府のサポートを得てバーゼルで設立。2017年末まで15年間事務局長を務める。2018年から現職。2019年から金融庁参与、東京大学公共政策大学院客員教授も兼任。

授業・研究紹介

関連リンク

関連タグ

facebook ツイート