クロマチンのダイナミックな動きを抑えてがんを治す -クロマチン創薬の可能性を提示-

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公開日

ADP-リボシル化酵素PARP-1は、DNA修復酵素の一つですが、細胞内での働きは、DNA修復のみならず転写や複製など細胞核内のDNA代謝全般に関与している蛋白質です。今回、井倉毅 放射線生物研究センター准教授、古谷寛治 同講師、井倉正枝 同博士研究員、垣塚彰 生命科学研究科教授らの研究グループは、DNA損傷応答に関与するTIP60ヒストンアセチル化酵素によるクロマチン構成蛋白質の一つであるヒストンH2AXのアセチル化が、PARP-1のADP-リボシル化活性を高めることを見出しました。

本研究成果は「Molecular and Cellular Biology」で発表されました。

研究者からのコメント

左から井倉准教授、古谷講師、井倉博士研究員

この成果は、抗がん剤であるPARP-1阻害剤、OlaparibがDNA修復におけるクロマチンのダイナミックな動きを阻害することを示しています。このことはOlaparibと同様の効果を持つ抗がん剤の探索、すなわち「クロマチン創薬」こそが重要かつ新しい視点となっていくと思われます。

概要

DNA修復は、内因性あるいは外因性のストレスによって生じるDNAの傷を治し、ゲノムの安定性維持にはなくてはならない生体防御システムの一つです。このDNA修復機構の破綻は、がんや神経変性疾患などの疾病を招くことがあります。しかしDNA修復は、正常細胞だけのものではなく、がん細胞の生育においても重要です。最近では、がん細胞の修復機構を阻害してがんを死滅させるというコンセプトでの抗がん剤が、開発されています。

ADP-リボシル化酵素PARP-1は細胞核内のDNA代謝全般に関与している蛋白質です。PARP-1のADP-リボシル化活性の阻害剤(商品名:Olaparib)は、卵巣がんや神経膠細胞腫などに対してがん抑制効果を認め、その作用機序は、がんのDNA修復機能を抑制することによると考えられています。しかし、転写、複製にも関与するPARP-1の阻害剤が、がんの修復反応をターゲットとしているはっきりとした根拠は、諸説あるもののはっきりとは提示されていませんでした。

今回、井倉准教授らの研究グループはDNA損傷応答に関与するTIP60ヒストンアセチル化酵素によるクロマチン構成蛋白質の一つであるヒストンH2AXのアセチル化が、PARP-1のADP-リボシル化活性を高めることを見出しました。さらに抗がん剤であるPARP-1インヒビター、Olaparibが、ヒストンH2AXを介したDNA損傷応答シグナルを抑制することを見出しました。これらの知見は、クロマチンを介したDNA修復反応の促進にTIP60とPARP-1との相互制御 (ポジティブフィードバック制御)が重要な働きをしていることを示唆しているとともに、抗がん剤Olaparibのターゲットが、DNA修復反応、特にその反応を司るクロマチンであることを明確に提示したことになります。

詳しい研究内容について

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1128/MCB.01085-15

Masae Ikura, Kanji Furuya, Atsuhiko Fukuto, Ryo Matsuda, Jun Adachi, Tomonari Matsuda, Akira Kakizuka and Tsuyoshi Ikura
"Coordinated regulation of TIP60 an 1 d PARP-1 in damaged chromatin dynamics"
Molecular and Cellular Biology, Accepted manuscript posted online 14 March 2016