VOL.10 岡田 暁生 准教授(京都大学人文科学研究所)

VOL.10 岡田 暁生 准教授(京都大学人文科学研究所)

岡田准教授が教えるのは近代西洋音楽史。そう聞くと、まさにバロックからロマン派に至る音楽の「歴史」についての専門情報を詰め込まれるようなイメージを抱かれるかもしれません。しかし岡田准教授は、歴史解説にとどまらず、私たちが音楽をより深く理解し楽しむための、さまざまな道を示してくれます。そしてその道は、音楽だけでなく、人生観・社会観をも豊かにしてくれることにやがて気づきます。近年、各方面で高い評価を受け活躍されている岡田准教授に、音楽、さらには人文学研究にかける想いを語っていただきました。

「音楽を「聴く」ことは、「語る」ことでもっと深い歓びになるはずです」

岡田准教授は著書「西洋音楽史」の中で、クラシック音楽を中心とした西洋音楽のことを「世界最強の民族音楽」と呼んでいる。そして「「どんな人が、どんな気持ちで、どんな場所で、どんなふうに、その音楽を聴いていたか」を、可能な限り活写したいという気持ちから」、同書は音楽の文化史的なバックグラウンドに重点を置いて語っている。そしてCDや音楽配信が発達し、世界中どこでも同じように音楽が聴けるようになったと見える現代において当たり前のように言われる「音楽は国境を越える」あるいは「音楽は感性で聴くものであり、言葉を超えるもの」といった言葉に疑問を呈する。音楽の「歴史」について書かれたこの著書は、同時に、「音楽を聴く歓びのまったく新しい次元」を生むヒントを示したものだった。

この考えを推し進める、あるいはその根拠となる考え方を体系的に示すべく執筆されたのが、2009年に出版された「音楽の聴き方」である。この中で岡田准教授は、それまで詩や絵画に比べて格落ちの二流芸術とみなされていた音楽を、ドイツ・ロマン派の詩人たちが価値を逆転させ「音楽は言葉を超えている」という観念が広がったものであるとした。この観念は現代に至るまでも私たちの音楽鑑賞の姿勢を縛り、時に音楽について「自分の言葉で語る」ことにためらいを覚えることすら起こる。

こういう傾向に対して岡田准教授は、音楽は言語と同じように文法を持ちイディオムを持っている、フランス文学を学び深く理解するためにはフランス語を学習しなければならないように、音楽もその「文法」や「構造」を学び、「語る」ことによって、より深く大きな歓びをもって聴くことができるはずだと主張する。そして、デジタル化が進み、ネット配信、着メロ等々にみられる人々の音楽への対し方の変化に、音楽は言語としての側面を失い単なるサウンドへと退化しつつあるのではないかという危機感を覚えている。これらの鋭い分析・指摘は高く評価され、この書は2009年の第19回吉田秀和賞を受賞した。

「音楽も含めた人文科学の研究者は、
社会から反逆者の汚名を着せられかねないリスクを負う覚悟も必要です」

このような音楽に対する鋭い分析が可能になったのは、ひとつには岡田准教授の「音楽を人文科学のひとつとして」捉えるという一貫した姿勢がもたらしたものと言えそうだ。そして人文科学の研究者には覚悟が必要、とも言う。音楽学の研究をしていると言うと「そんなものに何の意味があるんだ」という目で見られることが多く、常に後ろめたさの意識がついて回り、それに対して「この研究は絶対に意味がある」という理論武装をしてきた。岡田准教授は「音楽も含めた人文科学・社会科学の本当の意味というのは、社会に迎合しそのニーズに応じた発信をするのではなく、既成の社会に対していかに有効な挑戦状を突きつけられるか、に尽きるだろうという気持ちが強いです。社会の常識や約束事というものに対して、別の次元での可能性を絶えず示し続けること、社会の趨勢というものに対してちょっと距離を置いて見ることができるような社会観なり人生観を人々に指し示すことにあると思うんです」と熱っぽく語る。近年、人々がひとつの方向に一斉に流され、そこから外れる者を排除しようとする風潮が強まっていることに対しても、強い危機感を覚えている。

音楽に対するこういうアプローチは、所属する人文科学研究所において、歴史学や政治学など異分野の研究者との共同研究「第一次世界大戦の総合的研究」に向かわせ、ベートーベンやマーラーなどの音楽が19世紀市民社会において「感動を演出する装置」として果たした役割を明らかにした。それは西洋帝国主義列強によって、宗教とともに植民地支配のプロパガンダとして機能し、さらに下って現代の大規模なコンサートでの感動演出にも影響を与えているはずだと考えている。「あんなに敬愛したクラシック音楽が、実は帝国主義が植民地支配のツールとして世界に広めたものだった。そういうアンビバレンツがここ数年の僕の大きなテーマになっています。もうそろそろ克服しなければならない時期だと思いますね」。どうすれば克服できるでしょう?と問うと、「大人数を使いスペクタクルを演じ、右肩上がりの時間を演出しその場にいる人たちに刷り込む、ベートーベンやマイケル・ジャクソンなどを聴きすぎないことですね」という答えが返ってきた。

「大震災後の今、人々にさまざまな「物語」の可能性を提示していくことが、
音楽・人文科学研究者としての私に課せられた課題ではないかと考えています」

3月11日の東日本大震災後、岡田准教授はウェブ上で次のような主旨のコメントを発した。

「人は誰しも、自分の過去と現在と未来をつないでくれる「ストーリー」がなくては生きていけない存在だ。この大きな物語の中に、自分を位置づけたい。だが東日本大震災では、そんじょそこらの物語ではとても説明できないことが、起きた。人間は「意味」について納得できれば、たいがいのことには耐えて生きていける。しかるに今の私たちがこんなにも陰鬱な気持ちでいるのは、今起きていることをちゃんと意味づけてくれる物語を、誰も語ってくれないからだ。歴史や文学や芸術に出番が回ってくるのは、まさにこういう状況においてである。歴史=ヒストリーもまた、一つの物語=ストーリーだ。また文学は言うまでもなく、音楽だって一つの物語である。歴史/文学/芸術を知るとは、過去の叡智に向かって「私たちは今どう生きるべきなのですか?」と問うこと以外ではありえない。」

人々が音楽が語りかけてくるものに耳を澄ませ、その中で提示されるさまざまな物語を読み取り、そして自らの物語として語りきることができるよう、多様な可能性を提示していくことが音楽研究者である自分には求められていると岡田准教授は考えている。

余話

岡田准教授が「人生が変わった出会い」として挙げたのが、政治学者・思想家の丸山真男。「人文系の学者というのは、カントの哲学書をまるで週刊誌を読むように楽しめる、そして週刊誌を読むときもカントを読むように真剣に読む。学問的な話も趣味の話も、また週刊誌ネタであっても、それらの間に高低の差を付けたりせず生き生きと真剣に話す。要するに人間のすることはすべて興味の対象なんですね。吉田秀和氏にも同じようなところがあります」と話す。岡田准教授も、テーマが音楽であろうとお気に入りの女優のことであろうと、同じように熱く語ってくれる。「最近の学生は、そういう意味で興味の幅が狭くなってきているし、昔に比べて型にはまっている印象がありますねえ」とやや不満な様子も見せた。

一方、授業において岡田准教授は、幅広いジャンルの多彩な引き出しから話題を取り出して学生を飽きさせないように気を配っていると言う。「大学院生時代、予備校の英語教師を務めたときに学んだことですが、教師なり音楽家は、まず一パフォーマー、芸人であるべきだと思っています。芸人根性の基本は、お客様を退屈させずに結果としてどれだけ御足をいただけるか、それがすべてだという意識が強くあります。媚びを売ってはいけませんがね」と話す岡田准教授の講座(高座?)、聴講したいものである。

取材日:2011/6/21

Profile

1960年、京都で高名な国文学者の祖父、生物学者の父という家系に生まれた岡田 暁生(おかだ あけお)准教授は、父が無類の音楽好きだったため、3歳前からピアノのレッスンに通わされた。あまりのスパルタに嫌気がさし、小学校時代は昆虫採集三昧の日々となるが、家には膨大なレコードコレクションや音楽書があり、音楽は聴き続け、小学校3年生ぐらいのときに、ヨハン・シュトラウスの有名なオペレッタ「こうもり」のドイツ語の歌詞を暗記するほど早熟だった。中学に入ると再び音楽の演奏にめざめ、高校までの6年間オーケストラ部に所属、クラリネットを担当した。

当時は音楽評論家の吉田秀和に傾倒していて、「音楽は人文科学の一つ」という意識が強くあったため、音大や芸大ではなく総合大学で音楽を学ぶことに憧れ、当時、音楽学の講座を創設したばかりの大阪大学に入学した。(ちなみに京都大学には音楽学の講座はなかった。)しかし大学には音楽理論の授業はなかったため、個人的に作曲家の先生に学んだり、同じ京都出身の学友(伊東信宏現大阪大学教授)と喫茶店に入り浸って論文の翻訳や議論をしたりして過ごした。今思えばこの経験がとても勉強になったと岡田准教授は言う。

1988年に同大学大学院博士課程を単位取得退学し、オペラを研究すべく音楽研究の本場ドイツに渡ってアルベルト・ルードヴィッヒ大学フライブルグ博士課程等に留学、帰国後の1992年に大阪大学助手に採用され、1994年には神戸大学発達科学部助教授に就任した。1996年に「リヒャルト・シュトラウス〈バラの騎士〉研究」で大阪大学文学博士号を取得。2003年から京都大学人文科学研究所に移り、現在に至っている。その後は活発な研究・執筆活動に加え、各種音楽会やシンポジウムなどでの講演やパネリストとしての活動、さらに最近ではテレビなどへの出演も相次いでいる。

受賞歴

2001年 サントリー学芸賞(「オペラの運命」中公新書)
2009年 芸術選奨文部科学大臣新人賞(「ピアニストになりたい!」春秋社)
2009年 吉田秀和賞(「音楽の聴き方」中公新書)