DNAが切れていないのに発生する染色体断裂の発見-ヒトの被爆線量を測定する手法に異議あり-

DNAが切れていないのに発生する染色体断裂の発見-ヒトの被爆線量を測定する手法に異議あり-

2013年4月4日


左から武田教授、藤田 学部生

 ヒトの被爆線量を推定する最も確実かつ高感度の手法は、被検者の末梢血を染色体検査することであり、検査の原理は、染色体はちぎれている部分(染色体断裂と呼ぶ)の数と過去の被爆線量とが相関することによるとされていますが、このたび、藤田真梨 医学部6回生、廣田耕志 医学研究科准教授(現首都大学東京教授)、武田俊一 同教授らの研究グループは、この原理がいつも正しいわけではないことを世界で初めて証明しました。

 本研究成果は、2013年4月3日付けの「PLoS ONE」オンライン版で公開されました。

背景

 染色体を光学顕微鏡観察する分析法(染色体検査)は、先天性の疾患(例、ダウン症)、白血病の診断そして過去の被爆線量の推定に広く使われています。被爆線量の推定では、染色体断裂(図1)の数を測定します。染色体断裂は2重鎖DNAが実際に切断していることだけが原因であるという命題は、放射線生物学のドクマです。放射線は、その被爆線量に比例して2重鎖DNA切断するので、その切断数を染色体検査によって測定すれば、被検者の過去の被爆量が正確に測定できます。染色体検査は、ヒトの被爆線量を推定する最も確実かつ高感度の手法です。染色体断裂は、放射線照射のみならず、抗がん治療薬(トポデカン、シスプラチン、ヒドロキシ尿素、5フルオロウラシルなど)を受けた患者の細胞でも検出できます。


図1:染色体断裂の顕微鏡像。 Aは断裂を持たない染色体の、Bは細胞を放射線被曝させて、多数の染色体断裂が検出されたときの顕微鏡像を示す。矢印は断裂の位置を示す。

研究手法・成果

 今回、廣田准教授と藤田氏は、ヒドロキシ尿素、5フルオロウラシルなどのDNA複製を阻害する抗がん治療薬を、治療濃度で細胞に曝露したときに多数の染色体断裂が発生することを見いだしました。発生した染色体断裂数を、2重鎖DNA切断を再結合することのできる細胞(野生型)と、できない細胞(遺伝子破壊細胞、変異体とも呼ぶ)とで比較しました。その結果、染色体断裂数が2種類の細胞の間で同程度であることを示しました(図2、3)。この結果は、これらの抗がん剤の処理によって発生する染色体断裂は、実際には2重鎖DNA切断でないことを証明しています。今回の発見で、染色体断裂はDNAの2重鎖切断以外の原因によっても発生しうることが解明されました。すなわち「染色体断裂=2重鎖DNA切断」という放射線生物学のドクマが、常に正しいわけではないことを世界で初めて解明しました。


図2:染色体断裂の原因がDNAの切断か、そうでないのかを検査する、遺伝学手法を使った方法。切れたDNAを修復できる野生型細胞とできない変異体細胞とを比較する。もし、DNA切断が原因となって染色体断裂が見えている場合、DNA切断を修復できない変異体では多数の染色体断裂が検出されることになる。「野生型」vs「変異体」の比較から、染色体断裂が切れたDNAを反映しているのかどうか検査することが可能となる。


図3:野生型細胞と変異体細胞とを放射線(上のパネル)と抗がん治療薬品(下のパネル)とで処理したときに、検出した染色体断裂数(縦軸)を示す。DNAを切断することの知られている放射線(上)では、変異体の方がたくさんの染色体断裂を示した。一方、抗がん治療薬品(下)では、野生型と変異体細胞とで同程度の染色体断裂を示した。この結果から、ヒドロキシ尿素や5フルオロウラシルによって発生する染色体断裂は、DNA切断を伴わない新型の断裂であることを示す。

波及効果

  1. 染色体断裂数を測定から放射線被爆線量を推定すると、被爆線量を過大評価する場合があることが解りました。
  2. 5フルオロウラシルは診療の現場で広く使われる抗がん治療薬です。この治療薬は染色体断裂を誘導することから、放射線治療のように2重鎖DNAを切断して細胞を自殺せしめることが、この治療薬の作用機序と推定されてきました。本研究によりその推定がそもそも誤っていたことが明白になりました。

今後の予定

 今回開発した、ちぎれたDNAを直すことができる野生型細胞とできない異変体を比較しながら染色体分析を行う手法(図2)を、より簡便にできるように改良し、国の環境化学物質の生物効果(特に変異源性)の試験に採用されることを目指します。

本研究は環境省環境研究総合推進費RF-1005の助成のもと実施したものです。

用語解説

染色体

遺伝情報物質DNAとヒストン蛋白質を基本構成要素として含み、遺伝情報の収納・発現・継承において中心的役割を果たす。細胞分裂期に凝縮し、光学顕微鏡下で染色体構造が見えるようになる。

5フルオロウラシル 

抗がん治療薬品として臨床現場で使用される化合物。DNA複製を阻害する。

DNA複製

細胞が分裂する際に、細胞分裂に先立ってDNAをコピーして遺伝子の数を2倍にすること。分裂ごとに遺伝子が減少しないよう調節されている。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0060043

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/173126

Fujita Mari, Sasanuma Hiroyuki, Yamamoto Kimiyo N., Harada Hiroshi, Kurosawa Aya, Adachi Noritaka, Omura Masato, Hiraoka Masahiro, Takeda Shunichi, Hirota Kouji.
Interference in DNA Replication Can Cause Mitotic Chromosomal Breakage Unassociated with Double-Strand Breaks.
PLoS ONE 8(4): e60043. (2013)

  • 京都新聞(4月4日夕刊 8面)および日刊工業新聞(4月5日 19面)に掲載されました。