抗体遺伝子改編酵素(AID)のRNA編集活性証明に成功 -抗体遺伝子機能強化機構の解明に期待-

抗体遺伝子改編酵素(AID)のRNA編集活性証明に成功 -抗体遺伝子機能強化機構の解明に期待-

2013年1月22日


左から本庶客員教授、村松教授

 本庶佑 医学研究科客員教授、村松正道 金沢大学教授らの研究グループによる研究成果が、米国科学アカデミー紀要(PNAS)の電子版(米国東海岸標準時1月21日(月曜日)15時00分)に掲載されました。

背景

 AIDは、抗体遺伝子を多様化することによって、私達の体を病原体から守る抗体の機能を増強します。この遺伝子多様化プロセスは、抗体遺伝子座にクラススイッチ組換えsomatic hypermutationと呼ばれる、2つの遺伝子改編システムによって行われています。クラススイッチ組換えは、もともとIgMの遺伝情報を持っていた抗体遺伝子座をIgGやIgAを産生できる遺伝子座に改編する組換えです。一方somatic hypermutationは、抗体の抗原結合部位の遺伝子領域に点突然変異を導入し、抗体の抗原認識能力をあげることができます。AIDはクラススイッチ組換えとsomatic hypermutationを抗体遺伝子座に起こすことで、免疫力を増強し免疫記憶を生み出しているとされますが、AIDがどのようにクラススイッチ組換えとsomatic hypermutationを抗体遺伝子座に起こすかは、免疫学領域や発ガン研究領域の議論の的となっています。AIDはDNAやRNA上のC(シトシン)をU(ウラシル)に変換する酵素活性が想定されていることから、現在、2つのモデルで説明されています。DNA deamination説では、AIDが抗体遺伝子に直接C-to-Uをつくり、この本来DNA上にないはずのUが呼び水になってクラススイッチ組換えとsomatic hypermutationが起こると考えられています。RNA編集説は、AIDが未だ同定されていないRNAに作用しクラススイッチ組換えとsomatic hypermutationを起こすとしています。

 これまで本庶客員教授、村松教授らの研究グループはRNA編集説をもとに、クラススイッチ組換えの研究を展開してきました。AIDがRNA上にC-to-U変換を起こせるかは、これまでで誰も検証しませんでした。今回、B型肝炎ウイルスの実験系を使ってこれを検証しました。

概要

 B型肝炎ウイルス(HBV)は、ヒトの肝細胞に感染してB型肝炎を起こす病原ウイルスです。ウイルス粒子は、キャップシド(C)タンパクが表面タンパク(S)に包まれた構造を持ち、キャップシド内にDNAゲノム(nucleocapsidという)を持ちます。DNAゲノム上には、4つの遺伝子(C、P、S、X)しかもたない比較的単純な構造を持つsmall DNA virusです。肝細胞に感染後、HBVのDNAゲノムは核に運ばれ、ウイルス複製に必要なmRNAとRNAゲノム(pgRNA)を作ります。

 Cタンパク、pgRNA、Pタンパクは、自己集合してnucleocapsid構造を形成します。逆転写酵素とDNA合成酵素の両方をかねたウイルスタンパクPがnucleocapsid内でpgRNAよりウイルスDNAを合成し、nucleocapsidはさらにSに包まれて肝細胞から放出されます。今回の研究では、HBVウイルスの複製を行っている肝細胞株にAIDを発現させました。その結果、AIDはPとpgRNAの複合体に結合しnucleocapsid内に取り込まれることが判明しました。AIDのpgRNA活性をDNAシークエンスによって検討しました。また同じファミリーに属するRNA編集酵素APOBEC-1とDNA deamination酵素APOBEC3Gも比較検討しました。その結果、APOBEC3GはRNA編集を行いませんでしたが、AIDとAPOBEC1のRNA編集活性は確認できました。これらの結果は、AIDがHBVのRNAにC-to-U変換(RNA編集)を起こせることを示しています。本研究は、AIDのRNA編集説の重要な基礎的知見を提供しました。


AIDはHBVのキャップシドに取り込まれてRNAとDNAのC to U変換を行う

今後の展開

 クラススイッチ組換えやsomatic hypermutationは、HBVに感染していなくとも起こる現象であるので、もちろんAIDのHBV pgRNA編集は、クラススイッチ組換えやsomatic hypermutationを媒介しません。今後は、Bリンパ球内でAIDの本来のRNA標的の単離が望まれます。

 また、平行して行っている実験結果では、AIDの発現はHBVのウイルス複製を、抗ウイルス因子として知られるAPOBEC3Gと同程度に抑制することを確認しています(未発表)。AID自身の抗HBV活性の可能性を示唆しています。今後、AIDのHBV感染病態への関わり、そのことが、HBVの病態(肝炎、発ガン、薬剤耐性ウイルス株)にあらたな展開を生む可能性があります。

本研究は以下の研究費によって得られました。

日本学術振興会 最先端・次世代研究開発支援プログラム(村松正道:LS051)
文部科学省 科学研究費補助金 特定領域研究<発ガン>(村松正道:20012018)
文部科学省 科学研究費補助金 特別推進研究(本庶佑:17002015)

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1221921110

Guoxin Liang, Kouichi Kitamura, Zhe Wang, Guangyan Liu, Sajeda Chowdhury, Weixin Fu, Miki Koura, Kousho Wakae, Tasuku Honjo, and Masamichi Muramatsu.
RNA editing of hepatitis B virus transcripts by activation-induced cytidine deaminase.
Proceedings of the National Academy of Sciences (2013) ; published ahead of print January 22, 2013.

 

  • 京都新聞(1月22日 24面)および日刊工業新聞(1月22日 25面)に掲載されました。