細胞膜シグナル伝達のためのラフト構造を解明 -アルツハイマー病発症、HIV感染などの研究に貢献-

細胞膜シグナル伝達のためのラフト構造を解明 -アルツハイマー病発症、HIV感染などの研究に貢献-

2012年7月23日


左から楠見教授、鈴木准教授

 楠見明弘 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)・再生医科学研究所 教授、鈴木健一 iCeMS准教授らの研究グループは、細胞のはたらきを制御するのに重要な役割を果たすとされる、細胞膜上のラフト領域の構造とシグナル伝達の仕組みを世界で初めて解明しました。

 本研究では、ラフト経由でのシグナル伝達をおこなうGPIアンカー型受容体に注目しました。その結果、GPIアンカー型受容体は同じ分子同士で2量体を作ること、それらがコレステロールと結合して安定化され、寿命が0.2秒のラフトを作ることが分かりました。つまり、ラフトは数個から数十個の分子が集まっただけの直径数ナノメートルの小さい構造で、しかも、常にできたり壊れたりしていることが分かりました。

 さらに、GPIアンカー型受容体に細胞外からのシグナル分子(リガンド)が結合すると、2量体をもとに安定な4量体を形成します。この2量体を結合させる糊として、コレステロールを含むラフトが働きます。このラフトの働きが、GPIアンカー型受容体のシグナル伝達に必要であることが分かりました。

 ラフトを介したシグナル機構の解明は、アルツハイマー病、HIV、BSE(牛海綿状脳症)など、ラフト経由で発症や感染する疾病の研究に貢献することが期待されます。

 本成果は米国東部時間2012年7月22日13時(日本時間23日2時)に米科学誌「Nature Chemical Biology(ネイチャー・ケミカル・バイオロジー)」オンライン速報版で公開されました。

背景

 細胞膜上の受容体に、細胞外からやってきたシグナル分子(リガンド)が結合すると、それが細胞内に伝わって、細胞は増殖したり移動したりします。このように、細胞機能を変化させるシグナル伝達は、細胞膜の最も重要な働きの一つです。

 細胞膜は2次元的な構造をもつ膜ですが、液体であることが分かっています。その中に、直径0.1~数ミクロンのイカダのようなラフト領域が浮かんでいると考えられてきました(図1)。ちょうど、フライパンに液体のオリーブオイルを敷き、そこにコレステロール含量が多いバター(ラフト)を浮かべたような構造です。イカダに多くのシグナル分子が集合しており、シグナル伝達経路の1/3程度は、ラフトが担っているとする「ラフト仮説」が15年くらい前から提案されていました(Simons & Ikonen, Nature 387; 1997)。しかし、世界中で研究が行われてきたにもかかわらず、ラフトの大きさも、寿命も、シグナルを伝達する仕組みも不明なままでした。


図1: 従来、一般に広がっていた「ラフト」の概念を示した図

研究内容と成果

 本研究チームは、まず、生きている細胞の細胞膜中で、ラフト経由でシグナル伝達を行うと考えられてきたGPIアンカー型受容体を、1分子精度で、多数同時に追跡する方法を開発しました。また、2種類の違う分子を同時に1分子追跡する(2色で同時に追跡する)方法を開発しました。

 これによって、GPIアンカー型受容体は同じ分子同士で2量体を作ること、それらがコレステロールと結合して安定化され、寿命が0.2秒のラフトを作ることが分かりました。つまり、バターはオリーブオイル薄膜中では大きな塊を作っているのではなく、数個から数十個の分子が集まっただけの直径数ナノメートルの小さい構造で、しかも、常にできたり壊れたりしていることが分かりました。

 さらに、GPIアンカー型受容体に細胞外からのシグナル分子が結合すると、2量体をもとに安定な4量体を形成します。この2量体を結合させる糊として、コレステロールを含むラフトが働きます。このラフトの働きが、GPIアンカー型受容体のシグナル伝達に必要であることが分かりました。

具体的には、

  1. GPIアンカー型受容体は、同種の分子同士で0.2秒ほどの短寿命2量体を形成している。同種タンパク質同士には親和性があり結合するが、コレステロールなどのラフト脂質がそこにやってきて、ラフト構造を作ることで2量体は安定化される。しかし、安定化されても、寿命は0.2秒程度である(安定化されないときは、その1/3~1/2の寿命)(図2)。
  2. GPIアンカー型受容体の2量体形成は、同種分子同士に限られ、異種分子間では、起こらない。つまり、ラフトに2個のGPIアンカー型受容体が集まるのではなく(それなら、異種分子でも集まるはず)、タンパク質同士での結合があるときに、小さなラフトがそこで誘導されて安定化される(図2)。


図2: タンパク質相互作用とラフト相互作用によるGPIアンカー型タンパク質のホモ2量体ラフト形成。刺激前の細胞の細胞膜では、GPIアンカー型受容体は、同種分子同士の2量体を形成するが、それにはタンパク質相互作用が必要で、ラフト相互作用は2量体を安定化している

  1. 2量体同士が結合して4量体ができる。さらに大きな会合体もできる。4量体以上は、異種のGPIアンカー型受容体も集まることができる。これは、2量体を基本単位としての集合は、ラフトが糊となって起こるからである(図3)。


図3: GPIアンカー型タンパク質の2量体ラフトが、ラフト相互作用によって集まり、ホモとヘテロの4量体ラフトを形成。寿命は、ホモ2量体ラフトの~0.2秒よりも短く~0.1秒

  1. 細胞外からのシグナル分子(リガンド)がGPIアンカー型タンパク質(CD59)に結合すると、非常に安定な(寿命が6秒以上の)4量体を形成した(図4)。
  2. リガンドが結合した4量体には、さらに細胞内のシグナル分子が誘導され、細胞内シグナルが発生する(図4)。


図4: リガンド添加後、GPIアンカー型受容体の一つであるCD59は、短寿命2量体ラフトを基に、安定な4量体ラフトを形成する

 まとめると、細胞外からシグナルが来る前の細胞膜には安定で大きなラフトはなく、シグナル分子が受容体に結合して、オンデマンドで安定なラフトが形成される(図5)ことがわかりました。


図5: オン・デマンド・シグナルラフトモデル

 今回の発見は、通常の生物学や基礎医学の方法と全く違うナノ・メゾテクノロジーを用いて可能になったものです。生きている細胞中で、1個ずつの分子を見て、それらがどのように組み立てられてラフトができるかをつぶさに観察することで、ラフトの実体と、それがはたらく仕組みが一気に明らかになったのです。

今後の期待

 今後は、安定化4量体がどのようにして細胞内のシグナル分子に信号を伝えているのかを解明することが課題です。有力な仮説は、膜の表裏をつなぐ貫通型タンパク質"X"がGPIアンカー型タンパク質の4量体形成依存的に誘導されることです。また、アルツハイマー病の発症、エイズウィルスやBSEなどの感染でも、細胞膜上でタンパク質の会合が重要であることがわかってきています。このような会合とラフト誘導との関係の理解、タンパク質集合の阻害法などの開発が今後の重要な課題です。

今回の研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(研究領域:生命システムの動作原理と基盤技術、研究総括:中西重忠)の一環として行われました。

論文タイトルと著者

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/nchembio.1028

"Transient GPI-anchored protein homodimers are units for raft organization and function"
Kenichi G. N. SUZUKI, Rinshi S. KASAI, Koichiro M. HIROSAWA, Yuri L. NEMOTO, Munenori ISHIBASHI, Yoshihiro MIWA, Takahiro K. FUJIWARA, Akihiro KUSUMI
Nature Chemical Biology, DOI: 10.1038/nchembio.1028

関連リンク

 その他の写真や詳細については、以下のiCeMSウェブページをご覧ください。

http://www.icems.kyoto-u.ac.jp/j/pr/2012/07/23-nr.html

 

  • 京都新聞(7月23日 26面)、産経新聞(7月23日 26面)、日刊工業新聞(7月23日 22面)に掲載されました。