iPS細胞研究所開所記念式典 式辞 (2010年5月8日)

第25代総長 松本紘

 本日、ここに、京都大学iPS細胞研究所開所記念式典を挙行する運びとなりました。日頃よりご支援をいただいております皆様方に、かくも盛大にお祝いをいただき、厚く御礼申し上げます。

 また、大変お忙しい中ご出席いただきました、川端達夫文部科学大臣をはじめご来賓の皆様、また、学内外のご関係の皆様のご臨席を賜り、心より御礼申し上げます。

 本日お披露目することができましたiPS細胞研究所は、iPS細胞の基礎研究に留まらず、応用研究まで行うことにより再生医療の実現を目指した、世界で初めてiPS細胞研究に特化した研究施設であります。

 その初代所長である山中伸弥教授は、2006年に、世界にさきがけてマウスiPS細胞の樹立の報告をし、2007年には、ヒトiPS細胞の作製を発表いたしました。このiPS細胞は、ES細胞に類似したほぼ無限に増殖する能力と、様々な組織や臓器の細胞を作り出す多能性を有しており、ES細胞がかかえる倫理的な問題を回避することが可能となりました。

 また、iPS細胞は、患者自身の細胞から作製することができるため、iPS細胞から分化した組織や臓器の細胞を移植した場合、拒絶反応が起こらないと考えられています。

 このようにES細胞の問題点を克服したiPS細胞は、病気の原因の解明、新しい薬の開発、細胞移植治療などの再生医療に活用できると期待されています。

 例えば、難病をかかえた患者の体細胞からiPS細胞を作製し、疾患とされる神経、心筋、肝臓などの細胞に分化させることによって、その患部の細胞がどのような状態や機能にあるのかを調べることができます。そして、その分化させた細胞を調べることによって、今までわからなかった病気の原因が解明できる可能性があるとともに、薬剤の有効性や副作用の有無を調べることができ、新しい薬の開発が大きく進むと期待されています。さらに、iPS細胞の安全性が確保された場合には、患者由来のiPS細胞から分化した組織や臓器の細胞を移植して行われる、細胞移植治療のような再生医療への応用も期待されています。

 しかしながら、iPS細胞は、このような有効性を有する半面、安全性の確保などに課題を有すると言われています。今後、安全なiPS細胞の作製方法の確立や、標準的なiPS細胞の基準の策定など、乗り越えなければならない諸問題を克服すべく、山中教授をはじめとするiPS細胞研究所の研究者は、日々研究を行っているところです。

 さて、京都大学は創立以来、自由の学風のもと、闊達な対話を重視し、ここ京都の地において自主自立の精神を涵養し、高等教育と先端的学術研究を推進してまいりました。以来112年が経過しておりますが、近年、京都大学は国立大学法人京都大学へと変遷をたどるなど、激動の変革期にあるといえます。その中で、京都大学は自由の学風を継承発展させつつ、京都という地域社会に調和した大学として、高等教育と学術研究において貢献していかなければなりません。

 このような状況のもと、2007年11月、京都大学は山中教授によるヒトiPS細胞樹立の成功を発表いたしました。

 これまでの常識を覆すほどの発明とされたiPS細胞の研究を強力に推進させるため、京都大学は2008年1月に、世界トップレベル研究拠点「物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)」の中に、山中教授をセンター長とする「iPS細胞研究センター」を設立いたしました。

 また、文部科学省の再生医療の実現化プロジェクトにより、東京大学、慶応義塾大学、理化学研究所とともに、京都大学は日本のiPS細胞等研究拠点に採択されるに至りました。

 さらに文部科学省からは、iPS細胞研究に特化した研究棟の建設や研究機器の配備など、多大なる支援を受けることになりました。

 内閣府、経済産業省、厚生労働省からは、オールジャパン体制によるiPS細胞研究を推進するための支援が行われ、さらに、個人や法人によるiPS細胞研究基金へのご寄附による支援を受けることとなりました。

 このような支援体制を踏まえて、京都大学は、iPS細胞研究のさらなる躍進を期するため、iPS細胞研究センターの組織の規模を拡大した「iPS細胞研究所」の設置を検討してまいりました。

 その結果、文部科学省の協力を得て、本年4月1日をもって、本学では14番目となる附置研究所として、iPS細胞研究所を発足させるに至りました。

 iPS細胞研究所は、発足に際して三つの理念を掲げております。

 一番目には、世界初のiPS細胞に特化した、先駆的な中核研究機関としての役割を果たす。

 二番目には、iPS細胞の可能性を追求し、基礎研究に留まらず応用研究まで推進することにより、再生医療の実現に貢献する。

 三番目には、関係機関と密接に連携しながら、iPS細胞の共同研究の奨励と、次の世代となるiPS細胞の研究者を育成する、であります。

 山中所長のリーダーシップの下で、理念の実践に向けてまい進するものと、大いに期待しているところです。

 山中所長は、昨年10月、世界で初めてiPS細胞の樹立に成功した業績により、世界で最も権威のある科学賞の一つであるアルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞いたしました。これに続いて、本年6月には、日本の学術賞として最も権威のある日本学士院賞と、日本学士院賞の中で特に優れた業績に対して授与される恩賜賞を受賞することとなりました。京都大学にとりましても大変名誉なことではありますが、これは、iPS細胞の樹立に世界で初めて成功した山中所長への期待の大きさを示すものであります。

 また、難病とされる病気で苦しんでおられる方や、事故などにより身体を損傷され、ご苦労されている方からは、iPS 細胞を利用した新しい薬の開発や、医療への応用の実現に向けて、日々期待が高まっているところです。

 本日ここにご列席いただいております皆様は、iPS細胞の可能性を強く信じていらっしゃる方ばかりであると思います。もちろん、私もそのうちの一人であります。そして、京都大学は、このように多くの方から期待されているiPS細胞研究に対して、これまでも、そして今後においても、最大限の支援を行う所存です。

 iPS細胞の技術が一日も早く実用化され、難病などで苦しんでおられる方々にとって、助ける手立てとなる日が来ることを願ってやみません。

 本日ここに開催いたします京都大学iPS細胞研究所開所記念式典が、iPS 細胞の創薬や再生医療への応用に向けて大きく飛躍する機会となりますことを祈念いたしまして、式辞とさせていただきます。

 ありがとうございました。

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