平成22年度 大学院入学式 式辞 (2010年4月7日)

第25代総長 松本紘

会場の様子 本日京都大学大学院に入学される、修士課程2,247名、専門職学位課程321名、博士(後期)課程939名のみなさん、おめでとうございます。ご来賓の名誉教授、列席の副学長、研究科長、学舎長、教育部長、研究所長とともに、今日の佳き日をお祝いしたいと思います。また、これまでみなさんを支えてこられたご家族や関係者の皆様にも心よりお祝いを申しあげます。

 修士課程では、これまでの学士課程での蓄積の上に、さらに基礎的な知識を補い、研究のために必要な技術を身につけるなど、専門家として独り立ちできるよう体系的な教育が行われます。専門職学位課程では、高度の専門性を必要とする職業などに従事する人材を育てるために、理論と実務との橋渡しを行う新たな教育課程の中で学修が進められ、国際的に活躍しうる人材を養成します。

 博士後期課程では、修士課程までに修得した知識や技術を基礎に、自ら研究計画を構想し、独創的な研究を遂行し、学術誌などにより研究成果を国際的に発信していくよう指導が行われます。これら大学院において、みなさんは専門分野において世界の最先端に躍り出ることを目指してください。

 みなさんの進む大学院での学問について、一つアドバイスがあります。これまでの人生において、私には職業としての学問があり、それを楽しんで参りました。そのなかで「学問とは真実をめぐる人間関係である」と感じるようになってきています。学問により人間関係を勉強したのではなく、人間関係をもとに学問をさせてもらった。私はそう感じています。非常に頭がよくて優秀な人が、なぜか学問がうまくいかないことがあります。そのときその人は人間関係がうまくいかなかったのかもしれないと推測しています。例えば、私たちは資料を調べる際にも、データを収集する際にも、部分的には人に頼ることになります。そうすると、これまでどういう人間関係を築いてきたかによって研究内容は大きく変わる可能性が出てきます。人間関係がうまくいかないと大事を成し遂げ得ないというのは、人という社会性を持つ存在にとって本質的なことなのではないでしょうか。論文を書く場合でも、人の論文を読み、人と議論し、それを通して自分を高め、独創性を発揮するわけです。独創性を発揮するということは、まさしく人間関係そのものと私の目には映るのです。
  もちろん学問はそういう側面だけではなくて、非常に客観的で、特に自然科学の場合は誰がやっても同じ結果や結論を導き出せるという一種の再現性が重要です。だから、人間関係なんか関係ない、数式を基礎に、厳密な自然観察をして、客観的な事実を積み上げていけばいいという考えもあるかもしれません。しかし、私はそういう考えには与しません。客観性を問うことは当然のことですが、その上で開花する独創性の素晴らしさこそは人間関係に規定されることが多いと思うのです。私はその例として、日本人離れして偉大な思想家、宗教家であった空海を思わずにはいられません。彼が世に出たのはちょうど現在の大学院生の年頃だったと思います。

 

会場の入り口 大学院では、各自が「自らの研究テーマ」を持ち、それを大きく育てていく必要があります。「記問の学」、つまりすでに確立された学問体系や現在多くの学者が取り組んでいる、いわば流行の学問領域だけにとらわれず、まず「問い」の発見を自らが始めなければなりません。研究において最も苦しいことは、実はこの部分かもしれません。そして、この「自らの研究テーマ」をどのような観点から、どのように攻略するかを日夜考え続けることが、日々の大学院生活となります。攻略のためには、知識を充実させていくことも必須なのですが、学問という未知の世界の開拓においては、あまり的をしぼりすぎる学修には限界があるように思えます。必要と思われることだけにしぼって学修することは、一見無駄がなく効率的に見えるかもしれませんが、専門の枠を超えるような大きな独創の芽を摘むことになるかもしれません。自らの専攻分野を超え、理系文系を問わず、他の分野の学識を豊かにすること、すなわち大学院生にふさわしい高度な教養を身につけることによって、専門分野における既存の枠組みではとらえきれなかった斬新な視角が与えられ、独創的な攻略法にたどり着くことができるかもしれないからです。

 大学院生にふさわしい高度な教養を考えてみると、次の内容を持つと思われます。一つは、今直ちにというわけでなく、あなた方が世界の中心的役割を担い始める10年先の地球社会の行く末を見つめ、その時代に社会のリーダーとして必要とされる知識体系や考え方を準備しておくことです。もう一つには、リーダーとして世界で活躍する際に必要となる語学力、リテラシー、説得力、企画力、発信力、感化力などの人間力を涵養し、弾力性のある豊かな人間力を身につけるということです。この二つが重要だと考えます。特に博士後期課程では、このことが今後ますます必要とされることだと思います。

 私はしばしば人生を樹に例えます。大樹が育つには、衍沃な土壌が必要です。土壌を富ますことなく、外見のみを整え、水を与えるだけでは、大樹は育ちません。大学という土壌を衍沃にする努力を我々教職員も懸命に重ねますが、自らも広く深く根を伸ばし、根を張って、先人の積み上げてきた多彩な学術の華の蜜を貪欲に吸収して、大樹となっていってほしいと思います。

 みなさんの多くは今後どの方向に自分の才能を伸ばしていけばよいのかをすでに決めていることと思います。しかしながら、まだそのことを定め得ず悩んでいる人もいるかもしれませんし、課程に入学したものの、違う方面に才能があるかもしれないと思っている人もいるかもしれません。19世紀のアメリカの思想家ラルフ・ワルド・エマーソンは次のように言っています。「才能とは天から与えられた使命だ。自分に対していっさいの空間が開かれるような方向がひとつはあるものだ。その方向に限りない努力を傾けよと無言のうちに誘いかける能力が、人間にはいろいろそなわっているものだ。」彼の言うように、みなさんの才能が花開く道は必ずあります。これからも絶えずそれを探りながら、自分の道を切り拓いていってください。

 また、本学には大学院を中心にして1,400名におよぶ留学生や海外からの研究者が在籍しています。海外の大学との学生交流協定も数多く締結し、海外での武者修行の様々な機会を提供しています。また、多くの京都大学の研究者が国際舞台で活躍をしています。本学のこの学術資源を有効に活用して、大学院時代に活動の場を世界に拡げて、是非積極的に海外に雄飛してほしいと思います。若いときの海外経験は何者にも代え難い有意義なものです。

 閉塞感に包まれている地球社会は、広い視野、柔軟な思考、難問を前にひるまない気概をもったリーダーを必要としています。その未来はみなさんを含めてわれわれ自らの手で拓かねばなりません。みなさんが、京都大学の大学院生として、更なる高みを目指し、既成概念にとらわれないで、常に「問い」を自らに発しながら、課題解決への道を切り拓いていくと同時に、自らを心身ともに磨いていかれることを願い、私のお祝いのことばといたします。
  みなさんのご活躍を期待しています。大学院入学、誠におめでとうございます。

動画は以下のページをご覧ください

京都大学OCWのwebサイト

関連リンク

平成22年度大学院入学式を挙行しました。(2010年4月7日)