平成20年度 博士学位授与式 式辞 (2009年3月23日)

第25代総長 松本 紘

学位授与の様子

 本日、新たに571名の京都大学博士が生まれました。誠におめでとうございます。ご列席の理事、副学長、部局長、教職員とともに、課程博士517名、論文博士54名の皆さんに、また、参列されたご家族、ご友人、関係者の皆様に心よりお慶び申しあげます。今回、海外からの留学生は76名、女性は101名でした。
  本日、この場所で博士学位を授与されたということは、学問を志す皆さんにとって、非常に深い意義があります。これから一生、世界中のどこにおいても第一線の専門家、研究者として通用する証(あかし)をめでたく獲得されたという特別な瞬間が本日この時なのです。京都大学の博士という学位に格別の誇りと気概をもって、これからも研究に一層励んでいただきたいと思います。
  1897年の創立以来、京都大学が授与した博士の学位は、皆さんで通算36,812名になりました。その中には、千円札の肖像でおなじみの野口英世博士も含まれます。野口博士は1911年に35歳で医学博士の学位を京都帝国大学から得ている、皆さんの先輩なのです。
  昨年、2008年の日本の学術界の慶事のひとつは、ノーベル賞が同時に4名の日本人に授与されたということでした。皆さんご承知のとおり、受賞者のおひとりである益川敏英京都大学名誉教授は、本学の基礎物理学研究所所長として長年活躍され、本学関係者としては、6人目のノーベル賞受賞の快挙となります。益川名誉教授は、1973年本学の理学部物理学教室の助手時代、当時同じ教室の助手であった小林誠博士とともに「小林・益川理論」を提唱されました。この理論は、現在では、素粒子物理学の基礎となる「標準理論」として世界中の物理学者に認められています。1949年に日本初のノーベル賞を受賞された湯川秀樹博士、そして朝永振一郎博士以来続く、京都大学の基礎物理学分野での研究の底力と伝統がよい形で継承されています。また、受賞の対象論文となった「小林・益川理論」は、今から30年以上前の業績が評価されており、お二人にとっては20歳代後半から30歳代にかけての業績であり、新しい発想に恵まれやすい年代での仕事であります。本日、博士学位を取得された多くの皆さんとも年齢的にはあまり違わない年代での業績であり、その点から、皆さんにも、ますますの自己研鑽に努め、研究の最前線で、諸先輩に続いてすばらしい成果をあげていただくことを期待しています。
  私は、昨年12月上旬、益川名誉教授に同行し、ノーベル賞授賞式典に参加する機会を与えられました。スウェーデン滞在期間中、カロリンスカ研究所等の関係学術機関を訪問しました。その折、ノーベル賞関係者や式典に参加していた各国の方々に京都大学や我が国の優秀な研究者の研究内容や研究活動などを紹介してきました。一昨年、世界で初めてiPS細胞の樹立に成功した本学の山中伸弥教授をはじめ、フィールズ賞受賞者、ラスカー賞受賞者など世界的に評価の高い、京都大学日本人研究者の業績を紹介できたことは大きな喜びでした。世界的な研究開発競争、人材争奪が激化しています。京都大学は、世界的な研究拠点としての役割を十分に果たせるよう、これからも成果の出つつある研究に対しては支援を強化したいと考えています。
  このノーベル賞授賞式典への列席を通じて、強く実感できたことがあります。それは、日本の研究、そして、京都大学の研究は、決して、欧米諸国をはじめとする世界の中で、ひけをとらない内容を持っており、とりわけ学問の源流を支える基礎研究領域においては、本学が大きな強みを有していることです。江戸時代に活躍した京都丹波出身の学者の石田梅岩は「心を研く」ことを説き、「一度、自らを疑い、本を務ること要なり」と述べています。日本と京都大学が世界に果たすべき今後の役割を考えるとき、本日、博士学位を取得された皆さんには、「こと」や「もの」の大本つまり本質を見つめ、本を務るの学、すなわち「務本の学」を心得、一人、一人が自分から新しい道、新しい考え方を創り出す気概を持ってほしいと思います。福沢諭吉が中国の「宋史」から引いてよく使った「自我作古」つまり自分が歴史を作り出すという考え方は広く知られています。先日、京都大学が名誉博士号を授与いたしました Alan Kay博士と対談してKay先生と私で大いに意気投合したのも「未来は予測するものでなく、自分が創り出してゆくものだ」ということでした。また、イギリスのヴィクトリア時代の宰相かつ小説家であったベンジャミン・ディズレーリは「境遇が人を創るのではない。人が境遇を創るのだ」とも言っています。このように、皆さんも未来を自ら切り開く強い信念と自信を持ってほしいと思います。そのために研究の方向をよく考え、研究成果については、今後も地域や世界の各地に発信する努力を継続していただきたいと思います。
  私は、昨年10月1日、京都大学第25代総長に就任しました。2004年の国立大学法人化以来、京都大学は、激動する社会の構造変化の渦中にあり、大きな変革の時代を迎えています。2009年は、法人化6年目にあたり、第一期中期計画の最終年にあたりますが、来年、2010年からは、向こう6ヶ年の第二期中期計画期間に入ります。現在、新たな中期計画に向けた準備作業を新執行部において進めていますが、その中には、優秀な博士学位取得者に対する支援策の一環として、次世代の指導的教員育成と若手教員ポストの増設のために「白眉プロジェクト」創設を考えています。また多様な視点からの共同参画社会形成のための女性教職員登用や京都大学の国際化をはかるために、外国人教職員の積極的登用と勤務条件や環境の整備も盛り込んでいます。
  私は、資源に乏しく、知識や技術によって未来を創り出すために科学技術立国が必要な日本において、常々残念に思っていることがあります。それは社会問題となっているオーバードクター問題に象徴されているように、日本社会が博士号取得者をうまく活用できていないのではないかということです。これはたしかに社会だけに問題があるのではありません。博士号取得者自身や博士を養成する私たち大学の側にも責任の一端があります。しかし、研究によって自らを鍛え上げてきた優秀な人材をうまく活用し、新しい価値を創りつづけていく社会の仕組みを整えていくことが、これからの日本には一層必要とされるのではないでしょうか。その意味で、理系文系を問わず、本日学位を取得された皆さんの各方面での活躍に大いに期待するとともに、理系の方々のみならず、文系の方々も科学技術をよく理解し、それを社会システムに取り込む、人間そのものに生かすという努力をしてほしいと願っています。高い教養と専門知識を身につけた博士号取得者が社会の中で大きく羽ばたける社会の実現にむけて大学からも積極的に提言をしていきたいと考えています。
  私は、人生を樹に例えることができると考えています。大樹が育つには、若い時代に衍沃な大地で大きく根を張り、たっぷりと栄養をつける必要があります。肥沃な大地は大学であり、これから皆さん自身が作り上げる境遇です。その土壌を富ますことなく、外見のみを整え、栄養を与えるだけでは、大樹は育ちません。自らにとって必要な衍沃な大地を創り出すために、また人間力を豊かなものとするためにも、単に専門とする研究領域を深く耕していただくだけでなく、自分自身が広い視野と深い教養を身につけ、これまで以上に皆さん自身を鍛えていただきたいと思います。皆さんが、京都大学の博士として、凜とした気概をもち、既成概念にとらわれない「問い」を自ら発しながら、課題解決への道程を切り拓いていかれますように願っています。
  最後になりましたが、学位を得られるまでの研鑽の道程において、支援を惜しまれなかったご家族、ご友人の皆様には、心からの感謝を申しあげたいと思います。
  本日、博士の学位を得られた皆さんの中には、これから学問の世界でさらに研究を進める方、また、社会人として、新たな職場で活躍をされる方などがおられると思いますが、これからも学術や会得した知識、智恵を通して、世界の平和と人類の福祉に貢献するという基本を忘れることなく、こころを磨き続け、健康に留意され、ますますご活躍されんことを祈念して、私のお祝いの言葉といたします。本日は、誠におめでとうございます。

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