医学部茶道部創部20周年奉納茶会によせて

 

京都大学総長

長 尾  真

 

 京都大学医学部茶道部が創部20周年を迎え、平安神宮において奉納茶会を行われることを心よりお祝いいたします。 茶の湯は日本の伝統的美学の一つの結晶であります。それは単に美しいとかわびた感覚が味わえるといったことに留まるものではありません。型から入り型を越え、精神的な広大な世界に入ってゆくものであります。そこには人間としての生き様の気魄がなければなりません。慌しい現代という時間を超越した宇宙的時間の流れの中で、塵一粒の(おのれ)というものの自覚がなければなりません。

 静かにゆっくりとお茶を味わうひと時をもてば、自分のDNAのよって来たる何億年かの歴史と将来について思いを馳せ、今日というこの瞬間に全世界で起っていること、これがなぜにそうであるかについて、各自が自分の座す小宇宙の中で考えるようになるでしょう。それは何億年の過去を貫いて来たり、無限の未来へ飛び去る光のこの一瞬の意味を感じ取ることでもあります。そうすることによって、茶の湯が過去も未来をも包含した永遠の今を与えてくれる、実践する価値のある世界、真剣勝負の世界となるのであります。

 茶の湯が心の安らぎを得る場であることは言うまでもありません。その穏やかで人々の心を包み込む感覚を大切にして静かに対座すれば、心が通い合い、そこに生ずる和の空間が世界に広がってゆくものであってもらいたいものであります。

医学は生老病死、人間の苦悩に対して最も直接に接する学問分野であります。医学を学ぶ学生の皆さんが、こういった苦悩、社会と人間、そして自分のあり方について、茶の湯を通じて深く考えていただくことを希望します。それは創部二十年の今年のテーマである「光」に覚醒することでもあるでしょう。