大学等におけるバイオサイエンス研究の推進について(建議)の概要

大学等におけるバイオサイエンス研究の推進について(建議)の概要

経緯

21世紀は、バイオサイエンスの時代と言われており、近年その急速な進展に伴い、新たに推進すべき研究課題が多く出現し、バイオサイエンス研究の今後の在り方が学術政策上の最重要課題の一つとなっている。

このため、学術審議会特定研究領域推進分科会バイオサイエンス部会(部会長:井村 裕夫 科学技術会議議員)では、大学等におけるバイオサイエンス研究全 般の推進方策について基本的考え方をまとめた昭和61年の学術審議会建議が提出されてかなりの年数が経過したこと、その後、脳研究、がん研究、ゲノム研究 等に関する種々の報告がなされていることをも踏まえ、新しい世紀のバイオサイエンス研究の在り方について審議を行い、その推進方策等を昨年6月に中間報告 として取りまとめた。その後、大学や研究機関等に意見を求めるとともに、バイオサイエンス部会において引き続き審議を行い、このたび、最終的な建議をとり まとめたものである。

概要

  1. バイオサイエンスの特色と推進の必要性
    1. バイオサイエンスの特色
      • バイオサイエンスは、生物の重要な構成要素を明らかにし、その働きを生命現象の各階層において探求し、普遍的な原理を追求するとともに、それらを統合し、生命現象を理解する科学である。
    2. 新たなバイオサイエンス研究手段の誕生
      • ゲノムの全塩基配列決定に基づいた機能解析(ゲノム科学)。遺伝子から突然変異体を作る逆遺伝学の誕生。構造生物学や画像処理分析技術によるタンパク質の構造、細胞・組織内局在の解析。哺乳類におけるクローン個体の発生(発生工学)。
    3. バイオサイエンスの重要性
      • 種を越えて共通する生命現象の普遍的原理の追求。生命現象の分子、細胞、組織、個体、生態系等の階層と生体分子間の反応への還元と諸要素の統合的理解。
      • バイオサイエンスによる「科学的根拠に基づく医療」の研究。脳の働きによる精神機能の分子細胞生物学的研究(ヒト生物学の展開)。人文社会や社会科学との接点。
      • バイオサイエンスの応用による医薬品の開発、食糧増産、品質の向上などバイオテクノロジーの産業への成長。
      • ゲノム情報及び新しく展開されるバイオ情報学の構築。バイオ情報学による知識発見的手法の開発。
    4. バイオサイエンスの推進と社会との接点
      • バイオサイエンス研究の展開と社会との接点の拡大。成果の公開と安全性や社会的倫理的問題の検討。生命倫理学、バイオサイエンスと社会、バイオサイエンスと人間などの研究の推進。
  2. バイオサイエンスの分野別研究の現状と推進方策
    1. バイオサイエンスにおける基礎研究の推進
      1. (1)基礎生物学の研究
        • ゲノム、遺伝子、タンパク質、糖などの生体構成要素の基本的性質の解明並びにそれらの相互作用の研究の推進。単細胞微生物の研究及び解析技術の開発。多細胞体制の研究として、細胞の分化増殖、進化多様性の観点からの発生研究及び幹細胞生物学の推進。
        • 分子生態学や分子系統学などの新領域での遺伝子・分子レベルの追求。生命の統一的理解のための、進化や生物多様化機構の研究の推進。
      2. (2)ゲノム研究
        • 生命現象の基本となるゲノム情報の解明。それに基づく生体機能の解析。生物の多様性と進化の法則の解明。ゲノム生物学、ゲノム医科学、ゲノム情報学の3分野の中核的研究拠点の形成。
        • (3)脳研究
          • ヒト脳を直接対象とする研究とともに系統発生学的な脳研究の推進。分子生物学、神経科学的な方向からの研究。ヒトのこころの座としての脳研究と病態解明を目指した生物行動学、精神神経心理学、理論脳科学などの推進。
        • (4)ヒト疾患の研究
          • 単一遺伝子疾患の病因遺伝子の解明。多因子疾患の病因の遺伝子多型による解明。感染症、自己免疫疾患やアレルギーの研究等の重要性。
          • ゲノム科学、タンパク質科学、細胞生物学の発展による新薬開発等の治療法開発。がんの本態解明及び発がん、がんの悪性化、がんの転移の分子機構の研究成果の臨床応用。
          • ヒトゲノム情報、ヒトの発生過程の分子機構、人体組織の再生等の進歩がもたらす倫理的、社会的観点からの国民の理解と許容の必要性。
        • (5)食糧および環境問題のバイオサイエンス
          • 植物等の遺伝子操作による食糧の増産と品質の向上。地球環境破壊の解決のための生物分解可能な材料の開発。微生物遺伝子を利用した環境浄化法の研究。生物保全のための科学の推進。
        • (6)バイオ情報学の研究
          • 膨大な量のゲノムの塩基配列情報、機能情報の活用による機能予測、情報探索、情報抽出、知識発見など。コンピューターソフト及びハードの開発及びバイオ情報学への急速で層の厚い取り組みと展開。
        • (7)バイオサイエンスにおける新たな倫理的問題の人文社会科学的研究と教育
          • バイオサイエンスの研究及びその成果の倫理的問題の人文社会科学的視点からの研究と教育。
    2. バイオテクノロジーの推進
      • ゲノム及びバイオ産業等の国策的育成と国際協調による安全性、環境保全、生物資源確保。バイオサイエンスの推進にあたってのテクノロジーの推進方策への協力。
  3. 大学等におけるバイオサイエンス研究の体制整備
    1. 研究推進体制の整備充実
      • バイオサイエンスの急激な展開に対する我が国の教育・研究環境の整備。自ら問題を発掘する若者を育成するため新たなバイオサイエンスの系統的教育を行う学科・研究科などの整備と研究組織の重点的整備・再編成。
      • 重点的研究資金の投入、評価システムの確立、先導的研究体制の形成。優秀な若手研究者が早く独立して研究を進めることのできる仕組みの整備。
      • 訓練された技術者の長期的な確保。遺伝子実験施設、動物実験施設、生物遺伝資源センター等の研究支援体制及び突然変異体の収集と供給の体制の整備。
      • 基礎研究と応用研究及び臨床医学とを結ぶシステムや医学・生物学と数学、物理学、工学系等の異分野が共通の目的に向かって行う研究の推進体制等の構築。
      • 大学等の独創的な学術研究によるバイオサイエンス分野からの新産業の創出に貢献。大学等の学術研究成果のスムーズな技術移転。産学連携の一層の推進のための体制や拠点の整備。技術移転機関(TLO)等の活用。
      • 国際協調と国際的信用の獲得。情報の公開による国民のコンセンサスの形成。
    2. 競争的研究環境の整備
      • 基礎的な研究活動基盤資金の保障。競争と評価による重点的・効率的資金配分。このデュアルサポートシステムの維持のもとでの競争的研究資金の拡充。
      • 研究者個人の発想に基づく学術研究を推進(科学研究費補助金)。若い研究者への特段の支援。
      • 目的達成的性格の外部資金の主体的組織的かつ積極的な運用。科学技術関係経費全体の省庁間での連携協力と調整とによる効果的な配分と調和のとれた研究の推進。
    3. 人材の養成
      • 若い生徒や学生が活き活きとした好奇心を素直に伸ばせる教育環境の早急な整備。多くの若者への自然への親しみとバイオサイエンスに触れる機会の増大。
      • バイオサイエンスの知識や技術が活かされる職場の開拓。女性研究者の養成及び養成後の職場の開拓。女性が直面している困難な環境の克服のための支援体制の整備。大学等で養成された人材の社会での活躍の場の創出。
      • 独創性のある若手研究者への支援。優れた若手研究者へのフェローシップ制度の充実。若い研究者の研究評価への関与。
      • 世界最高水準への発展を目指す国内外でのワークショップ、セミナー等への研究者の派遣及び外国人研究者の招聘。学際的な領域への進出と新たな領域の創出。大学等のバイオサイエンス研究・教育環境の抜本的再編成の検討。
    4. 推進施策の不断の検討
      • 専門的な研究グループによる、国内外の研究動向の調査研究や大学等における教育や訓練の実態調査などによる研究動向の的確な把握。調査分析による研究者の育成と効率のよい研究費の運用。