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修士学位授与式 式辞 (2004年3月23日)

尾池 和夫

今日、京都大学修士の学位を得られた、2032名のみなさん、おめでとうございます。ご列席下さった名誉教授、副学長、教職員とともに、修士学位を受けられたことをお慶び申し上げます。

修士の称号を得たみなさんは、この2年間の過程で、貴重なさまざまな経験を積まれたことと思います。研究の世界の姿をしっかりと自分の手足を動かしながら体験し、自分で物事を考え、自分で設定した目標に向かって仕事をするという貴重な経験をされました。その結果、設定したテーマで論文を書き、試問を受けて学位を授与されたのであります。自らの力で得た学位であるという認識を持つことが出来て、これからの人生を進んでいくための第一歩を無事に踏み出したという実感を味わっていることでしょう。

現在の学位制度は1991年に決まったものです。それ以前は、学位は、医学修士とか、文学博士というような分野ごとの称号でしたが、現在は修士(経済学)というような称号になっています。

もともと今の学位制度の起源は、中世ヨーロッパの大学にありますが、日本の博士という呼び名の起源は、唐の制度にならった古代大学寮の博士(はかせ)制度にありました。学位制度には、ヨーロッパ系と中国系との二つがあるわけです。ヨーロッパ中世の大学では、ドクター、マスター、バチェラーの三つがありました。このうち、ドクターは大学の教師資格を証明する称号、マスターは親方あるいは主人という語から転じて、校長や教師という意味の称号でした。

みなさんの学位である修士という称号は、第2次世界大戦後の1949年に、新制大学院制度が導入され、大学院課程の初めの2年の履修を証明する学位として、アメリカの学位に、形の上でならって、新しくマスターの学位が導入され、その訳語が修士と決まったものであります。

京都大学の中でも、分野によって修士課程にはいろいろな考え方があります。学部の課程では卒業後の仕事に必要な知識が不足するために、その延長として修士課程を位置づける考え方もあり、博士後期課程で研究者として高度の研究テーマに挑戦するために必要な前段階を、修士課程で実施していて、それだけでは完成した研究ではなく、完成度の高い論文を書くことを、修士ではとくに求めないという分野もあります。また、修士論文が、国際的な学会誌に掲載される完成度の高い論文である実例もたくさん見られます。

いずれにしても、京都大学修士としての資格を持つための課程を修了されたのであり、みなさんの得た修士学位は、これからそれぞれの道を歩いていくために大切な、免許証となるものでありましょう。

京都大学で、今回初めて修士の学位を授与することになった分野は、地球環境学舎の分野です。2002年、平成14年4月19日金曜日に設置された地球環境学舎の入学式では、私が式辞を述べました。そのとき私は、「本日、長尾 真京都大学総長は、国立大学協会の会長として、臨時総会を開催します。国立大学法人化の方向がそこで決まる可能性があります。皆さんは、この大学院が、国立大学として存在する間に学ぶ、歴史的に見て貴重な体験をすることになるかもしれません。」と申し上げました。

そのときからほぼ2年が経過し、今日、この席にそのとき入学された方たちがおられます。その意味でもまた、私にとって感慨深いものがあります。

京都大学の基本理念にあるように「多元的な課題の解決に挑戦し、地球社会の調和ある共存に貢献する」ことが、21世紀の人類のテーマでもあります。また、京都大学環境憲章でも「環境問題が地域社会にとって重要な課題となりつつあることは周知のところであり、京都大学としても教育・研究機関の使命として、教育や研究を通じ、環境問題解決に向けて積極的な取り組みを行う所存であります」と述べています。このように、環境は地球環境学舎のみのテーマではなく、全学を通じての共通の課題でもあると言えます。

2年前、私は次のように申し上げました。

「何はともあれ、まず地球のことを詳しく知ってほしいと思います。電磁気圏も大気圏も、水圏も生物圏も岩石圏も、そしてそこに住む人間も、詳しく知ることが、皆さんの学習や研究の基本になることと思います。」

京都大学のキャンパスのあるこの京都盆地は、活断層運動によってできた盆地であり、地下水を豊富に蓄えるその盆地が、京都の文化を育て、京都での産業を興してきました。また、つぎのようにも話しました。

「人類は、地球に誕生して最初の長い間、森や土石や、水や、太陽の光の中で暮らしてきました。これらの地球上の状態は、地球と太陽のエネルギーによって長期間につくり出されたものであります。人はやがて、森を切り開き、地面を掘り、水の流れを変え、今では惑星間空間へも出かけ、人工物体を送り出すようになり、太陽エネルギーを直接取り込む宇宙ステーションの建設も、京都大学の研究テーマの一つになっています。」

そして、今年、4月1日には、太陽エネルギーの利用から、木材の利用による炭酸ガスの固定まで、幅広く研究する生存圏研究所を発足させることになりました。

2年前、修士課程に入ったとき、すでに研究テーマを設定して入学された方も、入学してからしばらくは学習に専念して課題を見つけた方も、また、指導教官から与えられた課題で研究を始めた方も、さまざまなやりかたで研究を進めて来た方々が、それぞれのプロセスを今思い出しておられると思います。

地球環境学舎の地球環境学専攻では、「地球環境・地域環境問題に対応し、異なった基礎学問との連携を保つことのできる新しい視点と方法論をもって、国際的に活躍できる研究者を養成する」とされ、また、環境マネジメント専攻では、「地球環境問題を解決するために、実践的・国際的活動を行うことのできる高度な知識と問題解決能力をもった専門家を養成する」とされています。

こうして本日、京都大学で初めて、地球環境学の分野で、31名の方々に修士学位が授与されたわけであります。

その修士論文の中で、私はとくに特定の地域とその地域独特の課題を取り上げたいくつかの論文に関心を持ちました。

環境マネジメント専攻の穴田 夏野さんは、「タンザニアの山村地域における飲料水の利用の実態」を研究し、「モロゴロ県キボグワ村の持続可能な発展を目指して」という副題を付けた論文をまとめました。この村は、急斜面につくられた野菜畑で知られており、在来の農業が備えているような環境を保全する仕組みの欠如した急速な近代化で、急斜面からの土壌の流失が著しいという問題を持つ村です。雲を見下ろすように高い尾根に集落ができているような山村での飲料水が研究の課題です。

一方、小川 菜穂子さんは、京都府宮津市の上世屋地区を例として、ササ葺き集落の景観の変遷とその継承に関する研究の成果をまとめられました。上世屋の棚田は、日本海を望み、集落と相まって美しい山村の風景を見せてくれるので知られています。標高の高い棚田の朝は、とくにすばらしい景観を見せていると言われています。京都府北部の山間部では「チマキザサ」を用いたササ葺きが、一般的に行われていたそうです。ササ葺きには独特の趣があり、葺きたての屋根は青々していて、「キャベツの切り口」のようだといわれるそうです。

その他にも、京都大学の桂キャンパスの弁当提供システム、三木総合防災公園の生態系、ベトナムの少数民族集落におけるエコロジカルサニテーション事業、新疆ウイグル自治区北部での防風防砂林帯の造成など、特定の地域に根ざした、多くの具体的な研究の成果がまとめられています。

これらの研究成果をもとに、さらにそれに続く研究が行われ、地域の課題を解決する方向が見いだされたとき、きっと大学院修士課程における学習と研究の成果が実ったという、一段と大きな感激を味わうことになるであろうと思います。

これからの人生で、場合によっては、設定した目標に向かって進む途中に、挫折しそうになることもあるでしょう。失敗を経験した人ほど強い人になるという先輩たちの貴重な経験もあります。みなさんが失敗をおそれずに、信じる目標に向かって、思い切って仕事を進めるという人であってほしいと思います。

今日は、初めて修士の学位を授与された地球環境学舎の分野に焦点を当ててみましたが、京都大学では、16の分野の修士学位が授与されるものであり、これらのさまざまな分野の学位を得られた方々が、明日から、さらに高度な学問を修める道を選び、あるいは行政や企業の現場に立ち、教育の現場に立ち、またNGOで国際的に活動するなど、その活躍の場所は世界のあらゆる所に用意されています。

本日、京都大学修士の学位を取得されたみなさんが、それぞれの目的に合致した最適の場所を見つけて、思い切り学習や研究の成果を生かして活躍してくださることを期待して、私の式辞といたします。

おめでとうございます。