セクション

修士学位・修士(専門職)学位・法務博士(専門職)学位授与式 式辞 (2008年3月24日)

尾池 和夫

本日、京都大学修士の学位を得られた2147名の皆さん、修士(専門職)の学位を得られた127名の皆さん、法務博士(専門職)の学位を得られた190名の皆さん、まことにおめでとうございます。ご来賓の沢田 敏男元総長、長尾 真前総長、名誉教授、ご列席の副学長、研究科長、学舎長、教育部長、研究所長とともに、皆さんの学位を心からお祝い申し上げます。

 

本日で、京都大学が授与した修士の累計は5万6967名、修士(専門職)の累計は200名、法務博士(専門職)の累計は514名になりました。公共政策修士(専門職)及び経営学修士(専門職)の学位は今回が初めてです。また、本日のこの学位授与式では、553名の女性が含まれていますが、私はもっともっと多くの女性にこの学位も取得してほしいと願って、今後とも京都大学の女性の教職員と学生支援の仕組みを整備していく所存です 。

今日の学位を得られた皆さんのこれからの人生には、21世紀の多くの困難な課題があります。地球の将来を子孫のために考え、多様な文化の中の共存を考えるために、皆さんが得られた学位を活かしてほしいと思います。

京都大学は昨年4月、新しく、こころの未来研究センター(外部リンク)を設置しました。センター長の吉川左紀子教授は、異なる学問領域の研究者が集い、こころに関する学際研究を推進する、他に類をみないユニークな研究組織と言っておられます。こころのうちに生まれる未来の時間、成長するこころが生きる未来社会という二つの時の概念が織り込まれていると言われました。京都大学は、今日ご列席の長尾前総長の提唱のもとに、京都府、稲盛財団とともに、5年にわたって京都文化会議を開催しました。その議論の中から、こころの未来研究センターが生まれました。茶の湯のこころとか、焼き物のこころ、というように日本人は物にこころを求めます。また、美しいこころとか、学問するこころというように、こころの状態を連体形で表現します。この日本のこころは英語でもKOKOROと表現されるグローバルな概念になっていると私は思っています。

京都大学では今年4月、野生動物研究センターを設立します。日本のヒト科4属の中で、今ゴリラが最も少子高齢化の厳しい問題を抱えています。それらの野生動物のことを知るのは新しい学問の分野として取り組んでいかなければなりません。ヒトの子供のことも考えていなければなりません。世界には人口の急速に増えている地域もあれば、減り始めた地域もあります。皆さんにも、さまざまの目で、こどものことを考えてほしいと思います。この研究センターでは、大学と連携した動物園に、博士学位を持つ研究者が常駐して、野生動物の研究の現場を子供たちに見てもらうことを計画しています。これは地球社会の調和ある共存をこどもたちに考えてほしいという意味でもあり、博士学位を取得した研究者を採用するポストが、日本の社会のさまざまの組織の中にあって当然だという私のメッセージでもあります。

野生動物と人のことを考えると、どうしても道具とことばのことを考えなければなりません。京都大学には、さまざまの学問の分野があります。ことばのことを考える分野もあり、文字のことを知る分野もあります。とくに漢字に関しては先端的な研究が行われています。

こころも、こどもも、ことばも、どれも時とともに育っていくものです。私たちは幼児の時から、ことばを覚え、ことばで考え、ことばで記憶し、ことばで新しい概念を生み出し、ことばでそれを伝えます。親から子へ、教員から生徒へ、先輩から後輩へと、ことばで知を伝えます。そして創造の世界を構成します。

京都大学は、創造性に富む人たちが構成する大学で、知を継承し、知を創造し、知を蓄積し、知を実践し、知を伝承します。それが京都大学の教育、研究、社会貢献の基本です。

今日の皆さんの修士論文を「こころ」「こども」「ことば」というキーワードで見ても、実に多くの論文で、それらがさまざまの視点から研究され論じられていることがわかります。少しだけ例を並べて見ます。

文学研究科の太田 紘史(おおた こうじ)さんの「心の自然化戦略を再構築する」、矢追 健(やおい けん)さんの「自己に関わる情報の処理とその脳内神経基盤」、鄭 詩妲(テイ シコウ)さんの「日本と台湾の広告における文化価値観及び家族像-保険テレビコマーシャルの国際比較から-」。

教育学研究科の須賀 みな子(すが みなこ)さんの「言語と生命-野村芳兵衛の「生活綴方」を手がかりに-」、河野 一紀(こうの かずのり)さんの「ことばをめぐる論考-心理臨床・分析哲学・記号論を通じて」、佐藤 健(さとう けん)さんの「子どもの遊びにおける宗教的イメージについて」、松本 拓磨(まつもと たくま)さんの「贈り物の心理臨床学的考察-子供の贈り物像から-」。

理学研究科の橋本 亜井(はしもと あい)さんの「1~4歳児の句末助詞「かな」の使用と理解」、原澤 牧子(はらさわ まきこ)さんの「ニホンザルにおけるアカンボウ運搬行動に影響する要因」、松岡 絵里子(まつおか えりこ)さんの「ニホンザルにおけるオトナオスとコドモの社会関係」。

人間・環境学研究科の加藤 花子(かとう はなこ)さんの「日本語の否定呼応表現の意味・機能的研究-「誰も」「何も」に関して-」、MARIYA ABLIZ(マリヤ アブリース)さんの「ウイグル語マルチメディアCALL教材のための予備調査及びその実装」、田中 佑一(たなか ゆういち)さんの「「地域言語・少数者言語のための欧州憲章」の意義と限界-「地理的区画」を持つ言語と持たない言語の区別を中心に-」。

情報学研究科の椎木 崇幸(しいのき たかゆき)さんの「コミュニケーションの時空分析に関する一考察」、生命科学研究科の新美 耕平(にいみ こうへい)さんの「生命科学に関するメディア言説分析の研究~「ヒトES細胞」新聞報道と『万能細胞』の語られ方を事例として~」、医学研究科社会健康医学修士(専門職)の加藤 秀子(かとう ひでこ)さんの「小学5年生を対象とした喫煙に関する知識・意識・行動についての質問票調査」。

このように、枚挙にいとまがないほど、多様な分野の研究が修士課程の皆さんによって行われ、それが修士論文として発表され、さらにその中のいくつかは引き続き博士課程での研究によって深められていくことでしょう。京都大学はそのような大学院の学生の皆さんが研究に参加する場所を守っていかなければなりません。

今、大学はたいへん厳しい状況に置かれていて、学生を支援する経済的基盤が十分ではありません。しかし、京都大学は、すでに学生を経済的に支援する多くの制度を用意しています。それらを分かりやすく示すように今資料を整えているところです。博士後期課程の学生は研究者としてさまざまの研究に従事します。私は本来それに給料を支給することが必要だと思っています。京都大学は大学の最重点課題として、博士課程の学生を支援し、博士学位を授与された若い研究者たちが安心して研究に従事できるように、研究職のポストを増やしていくことが重要と考え、役員一同、さまざまの面からその具体的方策を検討することを決意しました。

皆さんは、これからさまざまの道を選んで進んで行かれることと思います。すでに従事する職を決めてその準備を始めておられる方もいるでしょう。社会に出て活躍する道を探している方もいるでしょうし、研究者としての道に進む準備をしておられる方もいることでしょう。どのような道を進むにしても、常にこころに余裕を保つことを心がけて、物事を広い眼でみるようにしてほしいと思います。例えば、自然科学の道に進む方には、ときには1300年の歴史を持つ京都の文化に触れてほしいと思います。私たちは科学と文化の融合を大切にしていかなければなりません 。

一つの例として、最近出版された小沼 通二(こぬま みちじ)さんの「湯川秀樹日記、昭和九年:中間子論への道」という本から、湯川秀樹博士の若い頃を見てみたいと思います。この日記はご家族の了解のもとに最近公開された貴重な資料です。湯川さんは27歳の時、1934年11月17日に東京大学の構内で開催された数学物理学会で「核力の中間子論」という論文を発表しました。その論文が後に1949年のノーベル物理学賞の受賞につながるものでした。その発表の前日、16日の午前に湯川さんは理研に行き、午後は銀座へ移動しました。そのときの日記を引用します。「歌舞伎座で盛衰記(五時ー五時五十分、四十銭)。竹葉銀座本店で夕食。勧進帳(六時五十分ー八時、四十五銭)を見てホテルに帰る」とありました。次の日、論文を発表し、「朝永、小林両君に新橋しほ屋の金ぷらを御馳走の筈が馳走になり、七時十分発の急行に乗る。両君見送」と日記にあります 。

そこで、私も先日、歌舞伎座に行き、途中の休憩で竹葉亭の鰻を食べに行って、また続きを見て帰ってきました。若い日の湯川さんの行動を体験してみたかったのです。研究者が精神的に豊かな生活を送ることの重要性を皆さんに伝えるために、一度実地に体験してみなければと思って行ったのですが、新幹線で京都へ帰ってまた仕事という、たいへん忙しい日程でした。70年以上の時の流れの中で、現代は忙しい時代になりましたが、やはり大脳がよく働くためには、適当な文化的刺激を脳に与え、あるいは脳に栄養を補給するため美味しい物を食べて、さらなる活躍の基礎を固める生活を皆さんにも心がけていただきたいと思います 。

皆さんのこれからの人生では、時に挫折しそうになることもあるでしょうが、失敗を経験すると、人はそれだけ強くなります。目標に向かって、思い切って仕事をする人であってほしいと願います。今日学位を得られた2464名の皆さんの明日からの活躍の場所は、世界のあらゆる所にあります。皆さんがそれぞれの目的に合った場所を見つけ、学習や研究の成果を生かして活躍してくださることを祈って、私のお祝いのことばとします。

本日はまことにおめでとうございます。

トピックス記事 修士学位・修士(専門職)学位・法務博士(専門職)学位授与式を挙行