セクション

学部入学式 式辞 (2007年4月6日)

尾池 和夫

尾池総長

尾池総長 京都大学に入学された、3,030名の皆さん、入学おめでとうございます。ご列席の西島 安則元総長、長尾 真前総長、名誉教授、副学長、各学部長、研究科長、研究所長、教職員とともに、心からお祝い申し上げます。

京都大学に入学するまでに、皆さんはさまざまの道を辿ってきたことでしょう。この式場におられる一人ひとりが辿った道を今思い返していることでしょう。ご家族の方々も、学習を支えてのこれまでの時間を思い起こしておられることでしょう。それぞれに長い間の努力が報われたという実感を持って、ここに列席しておられることと思います。学問の府にあって独り立ちした京都大学の学生としての成長を、ご家族の方々には、これからもあたたかく見守ってくださるようお願いします。

時計台前の桜
京都大学写真部 谷田さん撮影

今年は京都の桜が早くから咲き始め、今多くの種類の桜が満開になって、皆さんの入学を祝福しています。広島市の「原爆桜」もきっと花を咲かせていることと思います。被爆して誰もが死んだものと思っていた桜が、何年かして花を咲かせるようになったと聞きます。谷川俊太郎さんの詩があります。「原爆をつくるな。つくるなら花をつくれ。つくるなら家をつくれ。つくるなら未来をつくれ。戦争にちからはかせない。だが平和のためになら!」という一節があります。

今年の1月23日は、湯川 秀樹博士の生誕百年の記念日で、私たちはそれを記念してさまざまの行事を行ってきました。日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川 秀樹博士は、1907年生まれ、日本で2番目にノーベル賞を受けた朝永 振一郎博士は1906年生まれです。素粒子論の分野における偉大な業績とともに、平和を願った両博士のことを忘れてはなりません。「ラッセル・アインシュタイン宣言」をもとに、カナダで開かれた「パグウォッシュ会議」に、湯川 秀樹博士と朝永 振一郎博士は参加し、その後1962年の第1回科学者京都会議を開催しました。皆さんも物理学の功績を学ぶとともに、この2人の大先輩の平和への貢献を学んでほしいと思います。

社会には、さまざまな矛盾があります。しかし、これらは乗り切ることができないという前提に立つと、大学の大学たる意味がなくなります。皆さんもそのような課題に挑戦するため、総合大学の特長を活用して、幅広い知識を身につけながら、世界の先端を行く京都大学の特長を活かして、専門の分野へしっかりと向かってほしいと思います。

例えば地球環境です。自然環境を守るためには、エネルギーや物質資源を節約しなければなりません。炭酸ガスの排出量を減らすことが重要です。しかし、大学では実験機器を運転しないと最先端の研究を進めることができません。そのためには電力を必要とします。代替えのエネルギーを求めて石油以外の利用を奨励する人もいます。しかし中には企業が必要とする石油を確保するための論理もあり、大規模な戦争で石油を大量消費することがあります。さまざまの状況を観て自分で考えてみなければなりません。

京都大学は海外に34の拠点を自ら設置しています。また日本の各地にも数10か所に教育と研究の拠点を置いています。例えば、犬山市には、霊長類研究所があります。そこには、チンパンジーのアイとアユムの親子がいます。アイは、1976年10月生まれの30歳の雌で、アユムは2000年4月24日生まれで、もうすぐ7歳になる雄です。また、パンとパルの親子もいます。パンは1983年12月生まれの雌で、パルは2000年8月9日生まれの雌です。

霊長類研究所の松沢 哲郎教授の講談社学術文庫「おかあさんになったアイ、チンパンジーの親子と文化」を読んでみてください。京都大学の基本理念にある「地球社会の調和ある共存」を理解するためには、地球社会のことをさまざまの面から知ることが必要です。

松沢先生たちの観察から得られた知識は、チンパンジーがもって生まれた能力の高さと、生後の、とくに初期の成育環境の持つ重要性を教えています。「親がやっているようすを繰り返し見る。生後の毎日、その母親のうしろ姿をじっと見て学ぶことによって、子どもはいつのまにか、こんなことができるようになっていたのです」とその様子が描かれています。

左からアイちゃん、アユム君、松沢教授

「ジェーン・グドールさんがタンザニアのゴンベというところで野生チンパンジーの研究をはじめたのが1960年の7月16日ですから、2000年でちょうど40年でした。
ということは、人類はまだだれも、たった一人のチンパンジーの一生さえ見ていません。何かチンパンジーのことがよくわかったかのように話してはいますが、一人のチンパンジーが生まれてから死ぬまでというのを、まだだれも見たことがないのです。それくらいの短い時間の中で少しわかってきたことを、いま紹介しているわけです」
と松沢先生は述べています。大学における研究がいかに長い時間をかけて行われているかということがわかります。その息の長い研究活動から得られた貴重な知的財産が、大学の至る所に蓄積されています。皆さんはその知財を活用して学習し、新しい知を加えていくという貢献を、自身の努力で行っていく機会を持つことができるのであります。

再び松沢先生の本の引用ですが、
「霊長類学というのは、多くの学問の中でもひじょうにユニークで、日本が発祥の地で世界に発信しているめずらしい学問です。多くの学問というのは西欧で生まれています。近代、現代の日本にとっては、西欧で発達した学問を明治はじめの130年前くらいに輸入して、それが日本に根づくというのが、多くの学問のパターンでした。しかし、霊長類学の場合には、日本で独自の発展をとげて世界へ発信していきました。その理由の一つは、先進諸国の中で野生のサルがいる国は日本だけだということです。」

同じことが、私の専門である地震学でも言えます。日本は先進諸国の中で、大地震や火山噴火によって国土のすべてが形成された国です。世界で最初の地震学会は、明治時代に日本で誕生しました。地震工学も日本人の提唱で生まれました。変動帯の特徴である「津波」という現象も「砂防」という工学の仕事も、今では国際語として日本語のまま呼ばれています。プレート収束域に発達した変動帯特有の地形と、中緯度の気候の特性が、日本列島独特の四季折々の景色を生み出し、活断層運動によって形成された京都や奈良や近江の盆地には、たっぷりと地下水が蓄えられ、そこに都市が生まれ、豊かな文化が育ちました。私はその日本の文化を「変動帯の文化」と呼んでいます。その美しい日本の自然と文化を守り、さらに育てていくことに貢献するのも京都大学の役割であり、皆さんの参加を待っている教育と研究と社会貢献の意味でもあります。

京都大学は1897年に創立されました。110年の歴史を持つ京都大学が、そのような教育と研究と社会貢献の役割を果たして来た中で、この大学は「自由の学風」という言葉で知られる大学になりました。1300年以上の歴史を持つ活断層盆地の京都で、最古の物語である「竹取物語」が生まれ、今年あたりは世界的文学である「源氏物語」生誕1000年になります。京都と周辺の地域は古都京都の世界遺産を持っています。そこで生まれた「自由の学風」を、これからも私たちは大切にしなければなりません。皆さんにも、その真の意味をよく考えながら学習に励んでほしいと思っています。

また、松沢先生の本からです。『ちなみに「エデュケーション」を「教育」と先人は訳しました。そのラテン語の語源は「エデュセール」です。「中にあるものを引き出す」というのが本来の意味です』というように京都大学が用意する「教育」は、教え育てるという他動詞の方式よりは、学び習うという自動詞の「学習」を基本として、「自学自習の精神」を伝えたいと思っています。

日本列島の変動帯の特性は、さまざまの日本の文化を育ててきました。夏目漱石の小説「こころ」は、英語に翻訳されたときには、結局「Kokoro」という題になりました。京都大学は「こころの未来研究センター」を新しく創設し、今週4月2日、初代の研究センター長として吉川 左紀子教授に辞令をお渡ししました。そのような大学の変化の中で、皆さんは京都大学の学生として学習活動を始めます。この大学の110年の歴史と、その歴史の中で生まれた、さまざまの知財をぜひ学んでほしいと思います。

今年は日本が南極観測を本格的に始めて50周年を迎えます。最初から多くの隊員が京都大学から参加しました。湯川 秀樹博士の誕生日でもある今年1月23日(火曜日)に、「南極地域観測事業開始50周年」の記念切手が発行されました。80円郵便切手10種1シートです。

1956年の1次隊は、砕氷船「宗谷」でオングル島に昭和基地を建設し、地球物理・気象の観測調査を始めましたが、オビ号による救出を受けることになりました。随伴船海鷹丸による海洋調査も行われました。1957年の2次隊は、「宗谷」が接岸できず、越冬を断念しました。そのとき残されていたタロとジロの生存が、1958年の3次隊に確認され、昭和基地が再開されました。1959年の4次隊では、昭和基地で福島紳隊員が遭難し、亡くなりました。

最初の越冬隊長、西堀 栄三郎さんは京都大学理学部、タロやジロを担当した北村 泰一隊員も同じ理学部でした。遭難した福島紳隊員も同じ理学部出身です。私にとっても、3回生のときの11月祭で、福島隊員の遺影の元、南極観測展を開催し、連日行列ができたことも、「南極物語」の撮影で夏目 雅子さんたちが地球物理学教室に来られたことも、忘れ得ない思い出であります。

2005年から2008年の4年間で、昭和基地から残置廃棄物をすべてなくす計画があります。持ち帰りが完了した次の年からは、発生した廃棄物は廃棄物倉庫に保管して飛散を防ぎ、毎年すべて持ち帰って基地には残さない方針となっています。このような計画の意味を理解し、地球環境を皆で考え、もっとも大規模に環境破壊を進める戦争をなくすためにはどうすればいいかを、私たちはよく考えていかなければなりません。

南極大陸のある地図

地球のことを考えるためには、地図をよく見ることが必要です。皆さんはぜひ正確な地図を大切にする人になってほしいと思います。21世紀の人類の生存のためにも、南極は大切な大陸ですが、世界地図に南極大陸を描いていないものがあります。五大陸と言うときには、ユーラシア、北アメリカ、南アメリカ、アフリカ、オーストラリアで、南極大陸を含んでいません。それでは地球のことが理解できません。昨日、Googleで「五大陸」で検索すると13万件、「六大陸」で検索すると5万2千件ほどでした。まだ半部にもなりません。京都大学の学生の皆さんはぜひ六大陸派になってください。

京都大学総合博物館では、地理学教室100年を記念して、特別展「地図出版の400年-京都・日本・世界-」を開催しています。皆さんは、学生証で入館できます。ぜひそれを利用して見学し、いろいろの時代の世界観に地図を通して触れてください。常設展示も、ともに京都大学が持つ知財の一部を世界の人々に向かって公開するものです。ご家族の方たちも、ぜひこの機会にご覧いただきたいと思います。

このように京都大学では多くの課外の行事を展開します。例えば、時計台では「未来フォーラム」という企画があります。活躍している先輩たちに話していただきます。次は4月16日夕方の、日本電信電話株式会社代表取締役社長 和田 紀夫さんの話です。このような機会は京都大学に入学したからこそ得られるもので、大いに利用してほしいと思います。

宇宙へ行ったという毛利 衛(まもる)さんは、NHKの番組で「南極って、こんなに遠いのか」とコメントしていました。ご自分が行かれた宇宙と比べてでしょうが、彼が行ったのは、実は地球圏というべきところで、高度400キロメートルあたりの空を飛行しました。本当の宇宙は、もちろん南極よりははるかに遠いのですが、スペースシャトルよりは、南極は日本から遠く、しかも到達するのに困難を伴います。また、宇宙へ飛ぶのと、地球の中へ行くのとでは、後者の方がはるかに困難であるというのも、確かです。

技術の進歩が科学を発展させます。今まで測定できなかった現象を精度よく測れるようになり、記憶容量が増えるとともに、今まで記録できなかった膨大なデータが残されるようになり、コンピュータの速度が速くなって、できなかったシミュレーションが可能になります。「ちきゅう」という船ができて、これからようやく地球の中の研究が進みます。皆さんが未来に向かって進む道には、さまざまの魅力あふれる未知の課題が待っています。

皆さんは今まで、いろいろのことを学習して知識を蓄えてきました。その中で、自らの行く道を見つけて針路を選んだ方もきっと多いと思います。いずれにしても、今まではこの京都大学への道を進んできたことでしょうが、これからは、世界に向かって、皆さんの時代には宇宙に向かってというべきでしょうが、京都大学の中から宇宙を見つめながら、住んでいる地球をしっかりと見つめながら、さらなる学習を続けていただきたいと思います。

また、在学中にぜひ外国留学して、外国の文化に直接触れるようにしてください。海外から日本に来られた方は、日本の文化を蓄積した京都の伝統に触れる機会を持ってください。東アジア、とくに中国への留学もすすめます。21世紀は東アジアの時代であり、英語と中国語は国際語として役立つ言語です。留学するためには自国語と自国の文化をよく学んでください。学生の間に留学した国の言葉は一生の財産になり、そこで皆さんは文化を伝える大使となり、得た友人は生涯の友となって、皆さんの人生を豊かにするでしょう。

何よりも自らの健康を大切にして、友人を大切にして、学習に、そして課外活動に、力一杯活躍してくださることを願って、大学生活を明るく楽しく過ごしてくださることを願って、私の入学式の式辞といたします。

京都大学入学、まことにおめでとうございます。

トピックス 平成19年度学部入学式を挙行