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2006年度卒業式 式辞 (2007年3月26日)

尾池 和夫

本日、卒業される、2,708名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。ご来賓の沢田元総長、井村元総長、長尾前総長、名誉教授、ご列席の副学長、研究科長、学部長、教職員とともに、皆さんのご卒業を心からお祝い申し上げます。また、ご家族の皆様にも心からお慶び申し上げます。

京都大学を卒業した方たちは世界で活躍しておりますが、皆さんで卒業生は、京都大学の110年の歴史の中で、累計が17万6,806名になりました。

今年卒業生2,708名の中で、女子が561名います。もっと多くの女子学生に入学し、卒業してほしいと、私は思っています。『京都大学大学文書館だより』(2005年10月29日Vol.7)に「データで見る京都大学の歴史、京都大学の女性教員」という詳しい報告を、京都大学大学文書館助手保田 そのさんが書いています。それによると、「教授については、1970(昭和45)年6月に柳島静江が教養部教授に昇格したのが第一号であり、女性助教授の誕生より16年遅れた。彼女は「京大初の女子学生」として1946年に京都帝大理学部に入学したうちの1人でもあり、卒業時に女性を対象とした求人がなかったから、奨学生となって大学院に進み、理学部助手、教養部助教授を経て教授に昇格した。なお女性教授が2名に増えるのはその5年後の1975年11月であり」と報告が続いています。

日本ではすでに人口が減少する傾向が見られ、2007年の出生率は過去最低を更新するという予測があります。日本では少子化対策が重要課題であります。少子化を招く原因の第1は、教育費の負担で、国立大学が法人化して最初に出会った難問が授業料の値上げでありました。財務省は第1期中期目標期間中は授業料の標準額を改訂しないという約束をしていますが、これはいずれ見直すという方針とも受け取れますから、国立大学にとって大きな問題であります。少子化にいちばん深く関係しているのが、授業料を含む教育費の家計からの負担です。先進諸国の中で、日本は目立って高等教育に国費の支出が少ない国で、国立私立を問わず教育の国費からの支援をもっともっと充実しなければなりません。

少子化の第2の原因は女性が働くことを支援する仕組みの遅れであります。京都大学では、2006年度にようやく「京都大学女性研究者支援センター(外部リンク)」を設立し、2007年2月5日には附属病院に病児保育室を開室しました。京都大学の女性教員は増加傾向にはあるとはいえ、2006年現在6.7%であり、まったく少ない状態が続いています。

スウェーデンのKarolinska InstituteのProfessor Harriet Wallberg-Henrikssonは、KI初の女性のPresidentです。彼女はカロリンスカインスティチュートの女性教授の割合を40%に引き上げたいと言っていましたが、今でもすでに15%の女性教授がいます。

このような目標にはまだまだ遠いのですが、京都大学でもさらに女性教職員と学生に支援ができるような仕組みを整備していきたいと思っています。今日卒業される皆さんの中にはさらに京都大学大学院に進学される方もおられ、また京都大学で仕事をする方もおられると思いますが、このような女性支援の仕組みの整備にも知恵を出していただきたいと思います。

京都大学の基本理念の最初には「地球社会の調和ある共存に貢献するため、自由と調和を基礎に、ここに基本理念を定める」と書いてあります。地球のことを考えるときには、地球社会が発信するさまざまのメッセージを受けとめて、その意味を私たちは考えることが必要です。今年は卒業式のときに京都の桜が咲き始めているのはどういう意味を持つかを考えたいと思います。昨日の能登半島西部の地震は、2×10の15乗ジュールほどのエネルギーを地球が消費した現象ですが、それが来るべき南海地震に向けて西日本にさらに力が加わってきたことを意味しているのかどうか、そのようなことも考えてみたいと思います。

私は、皆さんにヒト属のことを考えるときには、他の生物のことも、また地球のことも、同じ土俵で考えることを薦めます。日本のヒト科で、もっとも少子高齢化が進んでいるのはゴリラ属です。ヒト科の生物の中には、オランウータン、ゴリラ、チンパンジーとヒトの4属がありますが、これらの中でヒト属を除く3属が絶滅危惧種であります。ヒト属はまだ絶滅危惧種には入っていません。

京都大学霊長類研究所の松沢 哲郎さんの書いた『おかあさんになったアイ、チンパンジーの親子と文化』(講談社学術文庫)によれば、ヒトとニホンザルには、だいたい3000万年前に共通の祖先がいました。エイプおよびヒトのグループと、モンキーのグループが分かれたのが、だいたい3000万年くらい前だといいます。オランウータンはだいたい1200万年くらい前にヒトと分かれ、ゴリラはだいたい800万年くらい前に、チンパンジーは500万年くらい前にヒトと分かれたというのですから、チンパンジーはニホンザルよりはるかにヒトに近いということになります。

西アフリカのギニアにあるボッソウ村で、京都大学の研究者たちは30年以上、野生のチンパンジーの群れの観察と研究を続けてきました。世界の霊長類学をリードしている研究成果ですが、このチンパンジーの群れの個体数が以前の約3分の2まで激減しています。この研究のリーダーである霊長類研究所長の松沢 哲郎さんたちは、ギニアで森林を再生させる「緑の回廊」プロジェクト(外部リンク)を進めています。ボッソウ村でのチンパンジーの野外観察は1976年に、霊長類研究所長だった杉山 幸丸さんが開始し、それ以来続けてきた研究の成果として、チンパンジーが石で木の実を割ったり、親以外の大人が幼児を支援したり、ヒトに近い行動を観察した結果を記録してきました。

人類の起源の解明には霊長類研究が必須だ、という日本学術会議の勧告から3年後、1967年6月1日に、京都大学霊長類研究所が全国共同利用の附置研究所として発足しました。したがって、霊長類研究所は、今年6月1日に、創立40周年を迎えます。

霊長類研究に永い経験を持つジェーン・グドールさんが京都大学に来られたとき、私は簡単に、「チンパンジーを守るために、京都大学に何ができますか」と聞きました。彼女の答えも簡単で、「学問をやってください」というものでした。

木と森のことを少し考えてみたいと思いました。国民1人あたりの森林の面積を見ると、カナダは8.3ha、フィンランド3.9ha、ブラジル3.4ha、スウェーデン2.8ha、ザイール2.5ha、オーストラリア2.3haで、日本はたった0.2haです。しかし、国土の面積に対する森林の割合は大きく、カナダの26.5%に対して、日本は66.8%もあります。日本は木と森の国で、原生林も多く、たとえば、屋久杉は千年を超えていて初めて屋久杉と呼ぶことができるといいます。千年未満は小杉というそうです。

今日卒業される皆さんにも、京都大学のさまざまの分野で学習された知恵を活かして、木と森のことを考えてほしいという願いがあって、今年から卒業の記念に祝い箸を贈ることにしました。

この祝箸と京都大学の和歌山研究林の関係について、少し説明します。和歌山研究林は、和歌山県有田川支流湯川川の源流部に位置しています。和歌山県ではありますが標高が高いために冬には積雪がみられ、紀伊半島のほぼ中央で、奈良県との県境に近い場所にあります。人工林の教育研究の場として適地であるため、昭和の初期には樹木の疎な所へのスギ・ヒノキの樹下植栽が行われましたが、戦中戦後の混乱期には伐採、造林ともに縮小しました。1956(昭和31)年以降には大規模な皆伐が行われるようになり、その伐採跡地には主にスギとヒノキが植栽されました。

同じ時期に植えられた日本中の人工林と同様に、今や40-50歳となり、伐採を待つばかりの状態にあります。しかし、わが国では木材を伐採しても採算が合わない状態となってしまっています。そのため、人工林を所有する多くの林業経営者が伐採、施業を行えない状態が続いています。

人工林は自然にできた森とはちがって、同じ種類のやせた木だけが生えている生物多様性の低い、非常にいびつな森林になってしまいます。水源に位置することの多い森林の状態が悪化すると、下流のすべての生態系に影響が生じます。このような状況の中で京都大学は適性な間伐を行い、その間伐した木材を有効に利用しようとしています。j-Podと呼ばれる耐震性の高い構造をもった木造建築もその一つです。本部構内に国際交流セミナーハウスが、この方式で建てられています。

この建物の木材の端切れを使って箸を作りました。その箸を皆さんの卒業を祝って贈りたいと思います。

今年の修士論文の中に、地球環境学舎環境マネジメント専攻の松倉 崇(まつくら たかし)さんの論文があります。論文の題は「木材資源としての大学研究林の活用に関する考察-スギ間伐材を用いた学内木造施設の建築を通して-」というものです。その論文によると、国際交流セミナーハウス建設プロジェクトで、一次製材が行なわれた松田製材所で、かなりの量のスギ丸太の端材が発生したそうです。

皆さんに贈る祝い箸の加工は、吉野郡吉野町国栖にある吉野製箸工業協同組合の辰田製箸所で行われました。長さ50センチの角箸に「京都大学」の文字を入れ、3,300本制作されました。元の木は北向き斜面に立っていた1968(昭和43)年造林のスギ100本分であります。

箸は、中国や韓国などでも用いられます。日本ではとくに多くの種類の箸が用いられています。割箸は日本独自の製品で、製材の過程での端切れを活用する方式で作られます。箸に使う木も、地下にある石炭も、炭酸ガスを固定してるものですが、それらをどのように使うのが地球環境を大切にするために最も効果的かを皆さんにも考えてほしいと思っています。

また、日本は万葉集の時代から、掛詞の文化を持っています。「はし」にはいろいろの漢字が対応します。箸、嘴は食のシンボルです。京都大学を卒業して湯川 秀樹博士は京都の料理をを楽しみ、朝永 振一郎博士は酒を愛し、野依良治博士はワインを飲むときには特上のワインを選べと教えます。端は先のとがったもの、世界の先端の仕事をして欲しいという願いであり、梯、階は上下のつなぎを、橋、梁は水平の方向の架け橋を意味しています。いずれも皆さんの将来に期待されている役目です。

皆さんはこれからさまざまの道を進んで行かれると思います。明日から社会に出て仕事を始める方もいるでしょう。すでに仕事を始めている方もいます。また、大学院に進学して学問をさらに深める道を進む方もいるでしょう。いずれにしても健康を守ることを大切にして、地球社会の調和ある共存に貢献していただくよう、あらためてお願いして、学士学位を得られた皆さんへの私のお祝いの言葉といたします。

ご卒業おめでとうございます。

トピックス 平成18年度卒業式を挙行