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博士学位授与式 式辞 (2007年1月23日)

尾池 和夫

本日、京都大学博士の学位を得られました課程博士87名、論文博士65名の皆さん、おめでとうございます。今日新しく京都大学博士の称号を持たれた皆さんに、ご列席の理事、副学長、各研究科長、教職員、ご家族とともに、心からお祝いいたします。1897年の創立以来、京都大学から博士の学位が、皆さんで通算34361名になりました。その中には、1914年、15年のノーベル医学賞侯補となっていた野口英世博士もいて、1911年に医学博士の学位を京都帝国大学から得ています。

また、本日、1月23日は湯川 秀樹博士の誕生日で、今年は生誕100年の年です。昨年2006年3月31日は朝永 振一郎博土の生誕百年でした。日本で初めてノーベル賞を受賞された湯川博士と2番目に受賞された朝永博士は、第三高等学校と京都大学において同級生であり、卒業後も京都大学から研究者の道を出発されました。京都大学は、2006年度を両博士生誕百年の記念年度と定めて、両博士を顕彰するさまざまの事業を行なっています。

その事業の第一弾が昨年の3月26日から東京上野の国立科学博物館で開催された、湯川・朝永生誕百年記念展でした。両博士ゆかりの筑波大学、大阪大学と共同して開催しました。入場者数は43日の開催期間に4万1000人に達しました。

本日の午後には、湯川・朝永生誕百年記念式典と講演会を開催します。

また、2005年は、アインシュタインが特殊相対性理論を発表して100周年、彼の死後50周年として、多くの行事がありました。湯川 秀樹博士と朝永 振一郎博士は、「ラッセル・アイシュタイン宣言」をもとにカナダで開かれた「パグウォッシュ会議」に参加し、1962年の第1回科学者京都会議を開催して、平和運動を推進しました。物理学の功績とともに、お二人の平和運動への貢献も忘れてはならないと思います。日本は、広島、長崎への原子爆弾の投下、水爆実験による第五福竜丸の被爆などの悲惨な経験を持つ国で、私たちは、都市を壊滅させることを目的とした核兵器の廃絶を目標としていかなければなりません。人類の福祉に貢献するべき科学や技術の発展が、人類にどのように影響を与えるかを、私たちはいつも考えていなければなりません。

本日学位を得られた皆さんの学位審査報告から、いくつかをご紹介したいと思います。

文学研究科行動文化学専攻の小島 剛(こじま たけし)さんの論文題目は、「科学技術とそのリスクの社会学」です。主査は、松田 素二(まつだ もとじ)教授です。

20世紀後半以降、世界が科学技術の飛躍的発展によって急激に変化しています。新しい科学技術の展開は、それに付随して、人類社会にいまだ経験したことのないリスクを創り出してきたという観点から、この論文では、こうした科学技術を社会がどのように取り扱うべきかについて論じたものです。科学技術の肥大化によるリスクを制御するために、非専門家の市民の生活知と公正な専門家の共同作業の重要性を指摘した説得力あふれる論文です。

アインシュタインのことに、またもどりますが、彼が日本で最も強い感銘を受けたのは、日本の美しい自然と、自然と一体になった芸術でした。「日本における私の印象」から引用すると、「日本では、自然と人間は一体化しているように見えます」として、「かわいらしいのは、小さな緑の島々、丘陵の景色、樹木、入念に分けられた小さな一区画、そしてもっとも入念に耕された田畑、とくにそのそばに建っている小さな家屋」というように細かく観察して描いています。

このような風景と生活を生み出す自然の背景を、私は日本の地形を生み出したプレート収束域の変動帯の仕組みに求めたいと思っています。南米のアンデスも日本列島と同じように激しく動く変動帯です。湯川・朝永生誕百年の記念と並んで、上野の科学博物館では、昨年の3月18日から6月18日まで、「世界遺産ナスカ展、地上絵の創造者たち」が開催されていました。ペルーの砂漢に800平方キロメートルもの広さにわたって描かれている巨大な地上絵は、1930年代に発見されて以来、人類史上最大の謎とされています。資源探査衛星ランドサットが、全長50キロにも及ぶ巨大で正確な矢印を発見したのも興味深いニュースでした。こちらの展覧会は35万人の入場者があったそうです。

ナスカの文化にも戦争がよく登場しますが、同時に、人間とほかの生き物の間に超自然的なつながりがあり、命あるものはみな超自然的な力を持つという考えが現されているとも言われます。また、頭部外科手術跡のある頭蓋があることも知られています。

南米のアンデスと同じく、プレート収束域である東アジアには、大規模な変動帯が形成されています。とくに中国では内陸部で大規模地震がたびたび発生し、規模の大きな震災となる場合があります。変動帯に特有の地形の中で、さまざまの民族のさまざまの暮らしがあり、その中に自らを置いて研究する若い研究者たちが京都大学のフィールドワークの伝統を受け継いで育っています。

人間・環境学研究科文化・地域環境学専攻の風戸 真理(かざと まり)さんの論文題目は、「モンゴル国牧畜地域における政治経済変化と遊動的牧畜:社会主義から市場経済への移行のなかで」です。主査は、菅原 和孝(すがわら かずよし)教授です。

本研究は、モンゴルにおける16年にわたるフィールドワークに基づいて、モンゴル牧民の家畜管理と人と家畜の関係の特徴を精密に解明し、その特徴の多くが、国家体制の変化と深く関わって成立したことを明らかにしたものです。遊牧社会の文化的特質に立脚しながら、牧民の生活実態に関する理解を深めることに成功していると審査の報告に述べられています。

東アジアを中心に、日本を含む変動帯の地域には、共通して漢字の文化があります。その文字のおかげで、ナスカの文化が栄えたのと同じような次期に起こったことを、東アジアでは、私たちはたいへん具体的に知ることができます。例えば、日本の最古の地震の文字による記録は、日本書紀にある、允恭(いんぎょう) 5年7月14日(西暦416年8月23日)の地震です。朝鮮半島では西暦2年の地震記録があり、中国では甲骨文にも地震という字が現れます。変動帯に住む私たちにとって、大規模な地震はたいへん影響の大きな自然現象です。

人間・環境学研究科共生人間学専攻の八ツ塚 一郎(やつづか いちろう)さんの論文題目は、「阪神大震災を契機とする社会変動の構図とその展開に関する集団力学的研究」です。主査は、杉万 俊夫(すぎまん としお)教授です。

この論文は、阪神大震災を契機とするボランティア活動の普及・興隆という現象に着目したもので、ボランティアという社会的現実の普及・拡大とその複合化のプロセスから、阪神大震災を契機とする社会変動の図式を描き出したものです。

地震などの地球の現象を観測し、地球のことを知るための計測を行うには、技術の進歩が待たれます。大規模な集積回路と、広い周波数帯域、広いダイナミヅクレンジの測定が可能になり、大量のデータが蓄積できる媒体が発達して、さまざまの測定ができるようになり、実験室での研究が進み、自然現象の観測が進みます。よく科学の進歩が技術開発を起こすといわれますが、むしろ、このように、技術の進歩によって科学のさまざまの分野での研究が進展するのです。

情報学研究科通信情報システム専攻の濱本 武史(はまもと たけし)さんの論文題目は、「ダイナミック型メモリLSIの高集積化回路技術に関する研究」です。主査は、小野寺 秀俊(おのでら ひでとし)教授です。

論文の序論で、ダイナミック型メモリLSIの高集積化の歴史、回路技術動向などの研究の背景について述べているのが、私自身の経験に重なっておもしろく感じます。DRAMセルを適用したメモリLSIの高集積化技術、高集積化に伴って増大する動作電力の低減技術、高集積化に伴うアクセス及び転送レートの高速化技術について、種々の提案を行いその有効性を検証した研究であり、提案を実デバイスに搭載し、その効果を実証したものです。

測定技術の進歩を活用した研究もたくさんあります。横田俊之(よこた としゆき)さんの論文題目は、「弾性波トモグラフィ解析の高精度化およびその適用に関する研究」です。主査は、芦田 譲(あしだ ゆずる)教授です。

弾性波トモグラフィの観測技術および逆解析を中心とした解析技術に関する研究開発を行い、弾性波トモグラフィの分解能の向上と解析の安定性の維持を論じた結果をまとめたもので、地下構造の分解能を、実際の現場データの解析で要求される程度まで向上させる解析技術の開発を行ったものです。

また、山本 真之(やまもと まさゆき)さんの論文題目は、「インドネシア・スマトラ島における赤道大気レーダーによる対流圏界面近傍の風速観測」です。主査は深尾 昌一郎(ふかお しょういちろう)教授です。

熱帯域における上部対流圏と下部成層圏の間に存在する遷移層における風速変動に関して、インドネシア・スマトラ島に設置されたVHF帯大気レーダーである赤道大気レーダーの観測データを中心に論じたもので、インドネシア海洋大陸上の鉛直流変動や乱流現象など、新たな観測事実が初めて提示されました。

本日、京都大学博士の称号を得られた皆さんは、さらに研究を続け、あるいは杜会に出て研究の経験を自分の力として発揮し、あるいは後進を育成するというように、いろいろな道を歩んで行かれることでしょうが、皆さんの研究者としての活動が、真に人類の福祉に貢献することを祈って、私のお祝いの言葉といたします。

新しく京都大学博士になられた152名の皆さん、まことにおめでとうございます。

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