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博士学位授与式 式辞 (2006年9月25日)

尾池 和夫

 本日、京都大学博士の学位を得られた137名の方々、まことにおめでとうございます。 課程博士99名、論文博士38名の方々に学位を授与させていただきました。ご列席の副学長、各研究科長、学堂長とともに、心からおよろこび申し上げます。

 日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川 秀樹博士と、2番目にノーベル賞を受賞した朝永 振一郎博士の生誕100年を祝って、京都大学では2006年度を「湯川・朝永生誕百年の記念年度」としています。両博士を顕彰し、その事蹟を皆さんに知ってもらうために、さまざまの記念事業を企画して開催しています。

 まず第一弾は、去る3月26日(日曜日)から5月7日(日曜日)まで、東京上野の国立科学博物館において、「湯川・朝永生誕百年記念展」を、筑波大学、大阪大学と共同して開催しました。この企画展は大きな反響を呼びました。43日間の会期で入場者は実に4万1千人を数えました。

 10月4日から来年、2007年1月28日まで、京都大学総合博物館で、この記念展を開催します。ぜひ見てほしいと思います。
 学問の世界での進歩は、セレンディピティによることが多いとよく言われます。ノーベル賞を創設したノーベル自身も、セレンディピティのおかげでダイナマイトを発明したと伝えられています。ニトログリセリンは安定した薬品ではなく、爆薬として実用的なものではありませんでしたが、ある日ノーベルがニトログリセリンを珪藻土の上にこぼしたことから安定して使える方法が見つかりました。しかし、この偶然の発見は、スウェーデンのあの堅い岩盤の街で、岩盤を破壊しないと工事ができないという強い社会の要請があり、制御できる安定した爆薬を作ろうという強い意志と、その実現を目差した学習の努力があって、はじめて活かされたのであります。

 Louis Pasteurの有名な言葉、「Chance favours the prepared mind (Le hasard favorse Iesprit prepare)」というのは、この十分な学習と必要性の認識が偶然を活かす幸運をもたらすということを述べたものでしょう。
 今日、博士学位を得られた皆さんの学位審査の報告を読ませていただきました。いずれの論文も、たいへん面白い成果が述べられていて、京都大学にいることの楽しさを教えてくれるものであると思います。また、その審査をされる先生方の真摯な教育者としての精神が審査報告から伝わってきます。

 人間・環境学研究科、人間・環境学専攻の今田 絵里香(いまだ えりか)さんの学位論文題目は、「「少女」というジェンダ-・アイデンティティ-『少女の友』における意味世界と読者-」です。主査は、小山 静子(こやま しずこ)教授です。
 この研究は、近代日本において生み出された「少女」というジェンダー・アイデンティティが、どのようなものであり、それが歴史的にどのように変遷していったのかを明らかにしたものです。少女雑誌、その中でも特に『少女の友』に焦点をあて、雑誌がどのような少女像を生みだしていったのかという側面と、それを少女たちがどのように受け取っていったのかという側面に留意しながら、「少女」というジェンダー・アイデンティティを解明しました。
 その結果、子どもがけっしてジェンダー中立的な存在ではなく、少女と少年の間には明白な相違が存在することを明らかにしました。また、少年像が時代によって、さほど変化しないのに対して、「少女」というジェンダー・アイデンティティは、社会的状況の変化によって大きく変遷し、母親に監督・保護される脆弱な存在から、愛護され教育される存在へ、さらには国民としての意識を明確にもつ「日本の少女」へと、時代とともに変化していったことを明らかにしました。1945年までの少女像を明らかにしたことは、画期的なことであるといえる、と審査報告は述べています。

 情報学研究科、知能情報学専攻の飯山 将晃(いいやま まさあき)さんの学位論文題目は、「シルエットを用いた3次元物体モデルの獲得」です。主査は、美濃 導彦(みのう みちひこ)教授です。
 この研究は、複数台のカメラから得られた物体のシルエットを元に、3次元物体モデルを獲得する手法に関連する問題を論じたものです。3次元物体の凹面を含む形状、反射特性、運動を獲得する手法に関する研究をまとめたもので、物体の3次元形状と反射特性を実時間で獲得する手法を提案しました。形と反射の特性を知るために、実時間観測、実時間処理のアルゴリズムを提案し、講義室で実験を行うことによって、その有効性を確かめた点や、シルエットをベースとした手法では計測することのできなかった物体の滑らかな曲面や凹面を計測する手法を提案している点にたいへん興味を持ちました。

 博士(文学)の学位を得られた合田 昌史(ごうだ まさふみ)さんの学位論文題目は、「マゼラン-世界分割(デマルカシオン)を体現した航海者」です。主査は、服部 良久(はっとり よしひさ)教授です。
 この研究は、コロンブスとの比較を念頭に置きながら航海者としてマゼランの再評価を試みたものです。コロンブスの場合と同様、マゼランの航海についても奇妙なことに本人の手になる航海記録が現存しないのだそうです。しかし、この論文は、スペイン、ポルトガル、そして英仏の主要な図書館、文書館において、同時代の世界地図、地球儀、航海図、航海記録、書簡、天文学や航海術の書物、国王や高官の文書を探して分析した成果をまとめたもので、マゼランの航海とその前後について、ほぼ、ぶれのない稠密な実証的考察を貫いた論者の力量と努力は、高く評価される、と審査報告に述べられています。
 フィリピンのセブ島には、1521年にセブに上陸したマゼランの記念碑と、彼に立ち向かった土地の首長ラプラプの像が立っています。先日、21世紀COEの研究成果を2日間にわたって発表する会が行われましたが、そこでも16世紀初頭の世界地図が紀平教授によって紹介され、わたしはたいへん興味を持ちました。

 工学研究科、機械物理工学専攻のDO VAN TRUONG(ドォ ヴァン チュン)さんの学位論文題目は、「単調負荷および繰返し負荷下のサブミクロン薄膜界面強度に関する研究」です。主査は、北村 隆行(きたむら たかゆき)教授です。
 この論文は、電子デバイスなどの微小要素間の異なる材料が作る界面での、はく離き裂が発生し、成長する状況の実験法を開発し、それに基づく微小材料界面強度の力学的解析および評価を行ったものです。界面の端に、フリーエッジ効果によって特異応力場が生じることがあります。その特異場の様相は材料の組み合わせと端部の形に依存しているため、そこでのき裂発生は複雑な様相を呈するそうです。この研究では、とくに、電子デバイスで用いられる材料の組み合わせにおいては特異性が弱い応力場であることに着目し、はく離き裂発生の臨界条件が界面端近傍の平均応力で評価できることを示しました。
 微小な機械を作るためには、微小な構造材料のことをよく知ることが不可欠です。ナノテクノロジーの分野でも、京都大学の研究成果はめざましいものがあります。
 人の生きている状態での血糖値は、インスリン分泌及び末梢インスリン感受性によって恒常的にある範囲の値に調節されます。消化管ホルモンであるGIP(gastric inhibitory polypeptide)という物質が、炭水化物や脂肪の消化吸収に伴って小腸から分泌され、脂肪細胞における栄養素の取り込みや、膵β細胞からのインスリン分泌を促進するという仕組みがあるそうです。

 工学研究科、材料化学専攻の常ガン(チャンガン)さんの学位論文題目は、「金属ナノ粒子を固定した導電性材料の作製と応用に関する研究」です。主査は、平尾 一之(ひらお かずゆき)教授です。 この論文では、機能性電極材料として利用可能な銀、白金、パラジウムナノ粒子について、化学還元による導電体表面への固定化法や溶液内での調整法について検討するとともに、金属の種類に応じたナノ粒子固定化導電体や電気化学検出への応用の可能性を明らかにしました。従来の方法では作製し得なかったナノ集積構造の導電体表面への固定化を可能にするとともに、それらの電気化学測定をもとに各種貴金属ナノ複合導電体材料に固有な電子移動特性を明らかにし、電極としての有用性を示したものです。

 昔、わたしが子供の頃には、時計やラジオを分解してまた自分で組み立てて原理を自ら理解しました。また、テレビが登場し、コンピュータが登場する現場を体験して、自らそれを組み立ててみてその原理に触れることができました。1980年代には集積回路の進歩とともに、プリント基板をデザインして記憶装置をコントロールするシステムを自分で作ることができました。その後、技術はたいへんな速度で発達し、あらゆる素子が目に見えないサイズとなり高い密度で集積されることになり、技術の原理の部分を見ることなしに、誰でもがどこででも、高度の技術の恩恵を受けることができるようになりました。今では、高度に発達した技術の世界は、分野の異なる人の眼に直接触れることがありません。

 このような世界の到来の意味を意識しながら、工学の分野の専門家が一般の市民に知識をわかりやすく伝える努力をしてほしいと思います。市民の知識が技術の世界と離れるほど、その技術を学問として憧れを持って見つめる若者が少なくなります。小中学校の先生たちが高度の技術の話を正確に子供たちに語ることができなくなって、子供たちの理科離れを進めることになります。これは必ずしも人類の将来に佳い影響を残すとは言えないでしょう。皆さんもぜひ、学位論文を仕上げる過程で自分の得た高度の知識を、まわりの異なる分野の友人や、一般の市民に向かって、わかりやすく説明することを心がけていただきたいと思います。

 食べ物の研究成果については、人々は高い関心を持ち、また食材という媒体を通じて知識を持つ努力をしています。しかし、やはり本当のことが理解されているかどうかは、最近のニュースを見ていても、いささか不安になります。
 博士(農学)の学位を得られた宮原 一隆(みやはら かずたか)さんの学位論文題目は「日本海で新たに開発された漁業資源、ソデイカの資源生物学的研究」です。主査は、田中 克(たなか まさる)教授です。
 ソデイカは、ツツイカ目ソデイカ科に属する外洋性の大型種で、わが国でこの漁業利用が始まったのは、1960年代に日本海で「樽流し立縄漁法」が開発されて以降のことで、現在では広く沖縄海域でも漁獲され、全国流通する重要な漁業対象種となっているそうです。 この研究は、漁業調査・生物測定・発生観察・平衡石輪紋の解析などに基づいて、本種の資源生物学的諸特性を解明するとともに漁況予測手法を検討して、資源の有効利用に資することを目的に行われました。
 ソデイカは、重さが10~20キロというような大物が普通にいる大形のイカです。舞鶴や越前海岸などの港に並んでいる巨大なイカがそれです。生で食べるより一度冷凍した後が旨い、保存のきくイカとして利用されています。

 このように今回の学位授与式でも、じつに多様な分野での研究成果が積み上げられていることがわかります。21世紀COEとして採用された分野では、学位論文の数が目に見えて増加しています。例えば、紀平 英作教授の「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」では、博士課程学位取得者は、平成14年度23名、15年度28名、16年度39名、17年度38名でした。アジア・アフリカ地域研究研究科の博士学位では、平成14年度2名、平成15年度9名、平成 16年度11名、平成17年度15名というように増加しています。

 皆さんの学位論文がきっかけとなってまた次の研究が進められ、その積み重ねで人類の知的財産が蓄積していきます。皆さんご自身も、今日得られた博士学位をきっかけとしてさらに深く専門の分野での仕事に従事されていくことと思います。健康に留意しながらますますの活躍されることを祈って、博士学位授与式の式辞といたします。
 博士学位まことにおめでとうございます。

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