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永年勤続表彰にあたって 祝辞 (2006年6月19日)

尾池 和夫

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 本日、勤続30年の55名の方々、および勤続20年の36名の方々が表彰を受けられました。まことにおめでとうございます。ご列席の理事、部局長、教職員の皆さんとともに、長期間のご貢献に感謝しつつ、お祝いを申し上げます。

 昨日の6月18日において、それぞれ30年、20年に達する方を表彰することになっているのですが、京都大学は109年目の創立記念日を迎えました。創立記念日に京都大学の歴史を振り返ってみるというのが私の毎年の習慣になりました。皆さん方もご自分の歴史に重ねながら職場の歴史を思っておられることと思います。

 

 1976年(昭和51年)には、2月に理学部の学生が、学費値上げ問題をめぐって事務室を封鎖、溝畑 茂学部長と団交を行ったとあります。教官による説得に応じて退去したそうです。3月には西島 安則学生部長が教養部構内で集会中の学生に対し、バリケード解除を要求したとか、学生の一団が総長室に乱入して、岡本総長を本部前に連れだし約4時間にわたり話し合いを要求したというような出来事が記録されています。

 私は地震学が専門ですが、この年、7月28日に中国の唐山で大地震が起こりました。死者24万以上という20世紀最大の震災になりました。中国では、1月に周恩来首相が亡くなり、9月に毛沢東主席が亡くなるという年でもあり、激動の時期でした。

 

 「およげ!たいやきくん」、「なごり雪」、「あの日にかえりたい」というような歌でこの年を覚えている方もいるかと思います。

 

 1986年(昭和61年)には、学生部に入試課が設置されました。6月18日には、国立大学協会総会において、「国立大学の受験機会の複数化についての昭和62年度実施要項」ならびに「実施細目」の一部修正承認ということがあり、これにより1987年度の受験機会複数化の実施が決定しました。

 4月1日には、男女雇用機会均等法が施行されました。土井たか子さんが日本社会党委員長に就任したのも日本では初の女性党首と話題になりました。雑誌は『ターザン』とか『メンズノンノ』が創刊されました。DIME(小学館)も創刊されましたが、これにはもうすぐ私が登場するのです。

 11月15日、伊豆大島の三原山が209年ぶりに噴火しました。ハレー彗星が76年ぶりに大接近しました。レコード大賞は、中森明菜「DESIRE」、テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」が大ヒットというような年でした。

 さて、これらの記録を見ながら、今を比べてみますと、1999年、国会で、男女共同参画社会基本法、これは The Basic Law for a Gender-Equal Society と英訳されていますが、衆参両院とも全会一致で可決成立し、京都大学では、「京都大学における男女共同参画」として、基本理念と、「男女共同参画の視点に立った教育・研究および就業の確立」など、7項目の基本方針とが、今年ようやく、3月22日の部局長会議で了承されました。

 また、入学試験では後期日程の共通問題を廃止して、今、新しい入試のあり方を模索しています。

 学生の納付金はずいぶん高くなりましたが、それでも毎年値上げの声が出ては攻防をくり返しています。教育費への国民の負担が大変大きく、これが少子化の傾向を加速しているという大きな問題があります。

 このような、大学をめぐるさまざまの問題を考え、それらにも大いに発言していただきながら、お仕事にはげんで頂きたく存じます。

 本日は、たくさんの方々にご出席いただき、ありがとうございました。今後とも、皆さま方が、お元気で京都大学の学生たちのために、いい仕事を続けて下さることを願って、私の祝辞といたします。

 本日は永年勤続表彰、まことにおめでとうございます。

 ありがとうございました。

永年勤続表彰祝賀会 挨拶

 本日は、91名の方が永年勤続表彰を受けられました。長期間のご貢献への感謝であり、お元気でさらなるご活躍を願ってのお祝いです。本当に、おめでとうございます。

 「本学における事務改革に係る事務を円滑に処理するため、総務部に事務改革推進室を置く」という「京都大学総務部事務改革推進室要項」を総長裁定で制定したのは、2004年11月11日でした。2005年秋には、本部の事務組織を、教育研究推進本部と経営企画本部の2つにして、本部棟の入り口に看板を掲げました。その後、学生や教職員等へのサービスと業務効率の向上を図るためのセンターが今年4月1日に設置されました。皆さま方のご協力によって、これらが実現できました。

 京都大学には学生が22,452名、常勤の教員が2,907名、常勤の役員や職員が2,289名、数千人の非常勤の教職員、2,560名の外国人研究者、 1,240名の外国人留学生、年間延べ36万5千人の入院患者、延べ57万2千人の外来患者、延べ10万人近い総合博物館や水族館、図書館などの外からの入場者、その他にもさまざまの来訪者があります。

 20年あるいは30年前、学生数は15,000人くらい、教員は2,500名くらいでした。職員の数はどんどん減ってきましたが、皆さん方のご努力で、大学の仕事を支えてくださっています。

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 1897年、京都大学の創立の時、学生数は47名でした。そしてその時の教員数は9名、事務官と技官が12名でした。教員1人あたりの学生数は、5.2名でした。今でも実質的にこの数字は同じだと思います。

 私は、京都大学を運営する方針の中に、効率的な組織と運営システムを整え、情報技術を高度に利用し、教員の活発な活動を保つということ、職員の専門性を高め意識改革を促すこと、正確な情報が迅速に効果的に伝わるしくみを作って、意欲のある若い職員の挑戦を支援するということを含めています。

 そして、常に京都大学のミッションを念頭に置いて毎日の仕事をしていただきたいと願っています。20年、あるいは30年前を思い出してみてください。ここへ来る直前に、若い職員の方々から、20年、30年後の京都大学は自分たちが担っているというつもりで、今、熱心に勉強会を開いており、その成果を役員会に聞いてほしいという申し入れを頂き、私はたいへん感銘を受けました。皆さんも、仕事を始めた頃、きっとそのような意気込みでおられたことを思い出されると思います。

 今日の表彰を受けられた皆さま方も、どうか、今後ともご自身の健康を大切にしながら、後輩の育成にも心がけていただき、専門性を高める努力を続けていただきたいと思います。そのご努力に応えるためにも、二つの本部の人事において、できるだけ学内からの昇格を実現していきたいと考えています。

 今後とも皆さんがますますお元気で、学内外で一層ご活躍くださることを祈って、挨拶といたします。

 永年勤続表彰おめでとうございます。

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