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大学院入学式 式辞 (2006年4月7日)

尾池 和夫

 京都大学大学院に入学した修士課程2219名、専門職学位課程344名、博士(後期)課程974名の皆さん、入学おめでとうございます。ご列席の長尾 真前総長、名誉教授、副学長、部局長、教職員とともに、お慶び申し上げます。
 皆さんは学問の道をさらに進み、人類の福祉のために新しい問題を提起し、問題の解決に挑戦し、さまざまの学問領域へさらなる一歩を踏み出すために、あるいは今までの学習や研究とは異なる方向へ自らの方向を転換するために、いずれにしても新たな飛躍を求めて、大学院における学習と研究の道へ進まれたのです。入学を心からお祝い申し上げます。

 大学院に入ったみなさんは、これからさまざまの分野で、それぞれの学習と研究を行います。しかし、どんな分野であっても、いつも人と地球の共存のことを考えていてほしいと、私は思います。その趣旨は、京都大学の基本理念にある通りです。
 人間が暮らしているのは、固体地球の表面に近い場所です。普段人々が生活する空間は、リソスフェアと呼ばれる固体地球の表層の表面から、たかだか数100 メートル上下の範囲です。世界旅行するジェット機は10キロメートルほど上を飛んでいきます。海底深くに潜って調査するのも海面から10キロメートル程度の深さです。地表から上100キロメートルがアトモスフェアです。大気圏と呼ばれます。その少し外を人工衛星が飛び、さらに太陽惑星圏があり、銀河系を超えて宇宙へと夢が広がっていきます。一方、普段暮らしている地表の下や、海が広がる水圏、つまりハイドロスフェアの下100キロメートルは、リソスフェアと呼ばれる岩石圏です。リソスフェアを通って、地球内部のコアと呼ばれる中心部へ向かって、私たちの夢は宇宙へと同じように広がっていきます。
 足下の大地から地下へ、あるいは大地から宇宙へ、あらゆる所にこの京都大学の研究者たちの興味の対象があり、あらゆる種類の学問がそれらを、もちろん私たちサル目ヒト科そのものも含めて、研究対象としています。

 京都は、古都京都の世界文化遺産で知られています。最近では京都プロトコルで京都を知った人もいます。また物作りの町として訪ねてくる人たちもいます。伝統ある文化を持つと同時に、常に新しい情報を発信したり、新しいものを送り出す町でもあります。京都大学は、その伝統である基礎研究を地道に守りつつ、しかもいつの時代においても地域との連携を大切にしてきました。
 東アジアを巡る課題は、今世紀の重要な課題の一つですが、その課題に挑戦するための基本となる知の蓄積が京都大学にはあります。それを活かしながら、皆さん方にも利用していただきたいと思います。

 大学院は、1886年の帝国大学令によってできた機関です。その時には、分科大学と、つまり今の学部ですが、並んで大学を構成する必須の機関とされました。これを卒業すると博士の学位を授与することができるとした旧制大学院です。私立や公立の大学には、実質的に古い歴史を持つ大学がありますが、1918年の大学令によって初めて公立や私立の大学にも大学院が必須の機関とされました。
 太平洋戦争の後の学制改革によって、アメリカ合衆国の制度の形式をモデルとして、戦後の新制大学院ができて、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめて、文化の進展に寄与することと、学校教育法に定められた大学院ができました。博士と修士の学位の制度ができました。

 2003年に改正された学校教育法では、「大学院は学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥をきわめ、又は高度の専門性が求められる職業を担うための深い学識及び卓越した能力を培い、文化の進展に寄与することを目的とする」とあります。
 これによって発足した専門職大学院においては、例えば法務修士(専門職)というように学位の標記が決められることになりました。専門職大学院に進む方は、京都大学の豊かな知の蓄積を活用して、単に知識を収得するだけでなく、幅広い教養に裏付けられた確かな視野を持ち、新しい時代に対応する人材として国際社会で活躍してほしいと思います。
 学位の名称はそれぞれに定められていますが、学位に付ける専攻の分野名は2004年度で437種類にもなっているそうです。1994年の181種類に比べて急激に増えたことがわかります。その中で、多く見られるキーワードとしては、環境、文化、国際、情報、経営、政策などのことばで、これらに時代の要請が強いということがわかります。マネジメントやシステム、ビジネス、コミュニケーションなどのカタカナも増えました。ファイバアメニティー、アントレプレナー、バイオロボティクス、バイオメディカルサイエンス、グローバルビジネスコミュニケーションとういうような学位の名称も登場しました。

 日本の大学の最初は、医、理、工、農、文、法というように一つの音で表される分野から始まり、100年ほどの間にずいぶん数が増えて長い名称が多くなりました。京都大学のおいても、さまざまの分野が大学院の名称に見られるようになりました。

 学問の世界で仕事する研究者にとっても、現場を踏んで事実を観察し、そこから得た成果を人類の福祉のために活かすことが基本として大切です。メディアの世界で仕事するジャーナリストにとっても、それはまったく同じです。京都大学には特徴の一つにフィールドワークを研究の手法の中心に置く分野があります。このフィールドワークを活かす分野にあっても、フィールドワークの現場は、これからは地球の表面近くに限らず、宇宙に向かって、あるいは地球の中心へ向かって拡がっていきます。例えば、小山 勝二(こやまかつじ)他「見えないもので宇宙を観る」(学術選書、007、京都大学出版会)によれば、宇宙を見る眼は、可視光のみならず、あらゆる手段が活用されることになりました。赤外線で、温度を知る、遠くを見る、昔を観る、X線で観る、星の誕生、星の最後を見る、超新星、ブラックホールを見る、重力波を検出する、また、ブラックホール、ダークマター、ビッグバン、ダークエネルギーの問題を考え、未知の問題に挑む、などと言われています。
 現場を大切にするジャーナリストのことを考えるために、私が最近読んだ本は、江川 紹子さんの「大火砕流に消ゆ、雲仙普賢岳・報道陣20名の死が遺したもの」(新風舎文庫)です。普賢岳の起こす大規模の火砕流は、私もすぐ近くで最大規模のものを観察したのですが、初期に発生した大規模な火砕流による、研究者や報道に従事する人たちの仕事の仕方の問題が提起されました。映像による報道を仕事にする人たちの現場についての考え方を学ぶために、この本を読みました。江川さんはその本で、「誰に指示されたわけでもない。スクープを狙ったわけでもない。目の前で大きな現象が起きていれば、カメラマンとしては当然現場に足が向く。」と述べ、「現場に立つ者の判断力、警戒心、そして取材対象に対する的確な情報を収集し、把握することの大切さを彼らは身をもって示した、と思うのだ。そして彼らは、最後まで現場にこだわり、報道する者としての生を最後まで生ききった。そのことを忘れてはならない。」としています。
 また、自然災害にかかわる研究者としては、「この長期災害では、いつになったら終わるのか分からない、という点が、地元の人々にとっては一番苦しかったようだ。その思いをどうやったら言葉にできるのか・・・。」と述べられている点に、私も研究者として注目しました。研究はおもしろいから続けるのですが、人々が何を知りたいと思っているかを知っていて研究を進めることも、大学院で研究する場合に大切なことの一つです。研究者として論文を発表するだけではなく、その研究成果をもとに、自らも社会貢献の一端を担うのだということに心掛けてほしいと思います。

 大学院で、皆さんはさらに学習を深め、研究成果をあげることを目標とされます。常に広い視野を持ち続け、国際社会に貢献する人材であることを心がけていただきたいと思います。皆さんの学習と研究が実り、それが京都大学の知の蓄積ともなり、皆さんが21世紀の国際社会の中で活躍される原動力ともなることを願って、私のお祝いの言葉といたします。
 入学おめでとうございます。

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