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学部入学式 式辞 (2006年4月7日)

尾池 和夫

 今年、総合人間学部125名、文学部231名、教育学部71名、法学部344名、経済学部268名、理学部312名、医学部医学科104名、医学部保健学科177名、薬学部88名、工学部993名、農学部313名、計3026名の方々を、この京都大学の学部に迎えることができました。入学おめでとうございます。ご列席の西島 安則元総長、長尾 真前総長、名誉教授、副学長、各学部長、部局長、教職員とともに、心からお祝い申し上げます。

 今年の入試センター試験が行われたとき、新聞記事の見出しに「ゆとり教育一期生が初挑戦」というような表現がありました。皆さんの中にその「ゆとり教育一期生」がおられます。2003年に導入された総合的な学習時間を柱にした新指導要領による学習課程で、高等学校の数学では、積分の計算など約5パーセントが減らされました。学力が落ちたとまで心配する声がありますが、正しく理解して得た知識から新しいものを創造する力が、すなわち学力ですから、知識に触れて皆さんが発展する可能性は無限です。この京都大学は学問を志す皆さんを受け入れて、皆さんの学習を支える場を提供します。この大学に入学した皆さんは、さまざまの工夫をしながら、自学自習で大学での学習に備えていただきたいと思います。入学試験においても、京都大学では今後ともさまざまの工夫をしなければならないと思います。例えば、出題範囲とする科目や単元全体を見渡して基礎学力の評価を行うことが必要でしょう。今までに皆さんが学習した科目と科目の間の関係も重要です。例えば、高い国語力が深い数学的思考を支えるという観点から学力を身につけて行くことが必要だと思います。

 また、今日の入学を祝うご家族の皆さまは、今日の入学式を、京都大学の学生となったご本人が、自らの考えに基づいて行動する人となって成長し、自立した人生に一歩を踏み出す記念の日と位置づけて、その生き方を静かに見守ってあげることをおすすめします。学生の皆さんには、一人の人として自立することが、国際社会で活躍する人材となるために、まず心がけなければならないことだという認識を持ってほしいと思います。大学で学ぶということは、育ててもらった親に感謝の心を忘れず、しかもその親を超えて、また教えを請う師を超えて自律的に成長することにより、国際社会に通用する有能な人材となるということであります。早く自立することのできた人が、21世紀の国際社会で高い評価を得ることができ、活躍する場所を与えられるのであります。

 皆さんにとって、京都大学は学問をするところです。大学で勉強をすることは実に楽しいことです。今まで知らなかったことを学び、今まで出会わなかったことを体験することほど楽しいことはありません。若きアレクサンドロスが、「もっと易しく学習をすることができないのか」と文句を言ったとき、アレクサンドロスの師アリストテレスが言った短い言葉が知られています。それは、「学問に王道なし」という言葉です。この言葉で諭したアリストテレスは優れた師でありますが、この一言で悟ったアレクサンドロスこそ、私は実にみごとな学徒であったと思っています。

 このアリストテレスがマケドニア王フィリッポスに招かれて、王子アレクサンドロスの家庭教師となったのは、紀元前342年のことです。そして7年間をすごしました。アレクサンドロスが王位継承した後に、紀元前335年に、アリストテレスはアテナイの郊外にリュケイオン(Lykeion)を開設して書物を集めました。これは図書館の先駆的モデルともなったものであります。皆さんが京都大学に入学した今日から、実に2340年ほど前のことであります。この京都大学の創立は1897年6月18日、まだその歴史は109年ほどですが、それでもたいへん充実した教育と研究と医療を行っており、学問に励もうとする皆さんの期待に十分応える用意をしています。

 京都は日本でもとりわけ長い豊かな歴史に裏付けられた文化を育ててきました。それにも触れていただきたいと思いますが、一方、学生の間にできるだけ、京都から外へ出ていくことをすすめます。日本列島の中で旅をするのもよし、外国に留学するのも良いと思います。そのためにはまず言語の学習をしてほしいと思います。入学試験の問題にあった言語、つまり日本語と英語などにはかなりの知識を持っておられるでしょうが、それをさらに磨いて、いろいろの国の人と話をしてほしいと思います。自国の文化を学び、それを外国の人に外国語で紹介し、他国の文化を学んで帰るということをたくさん経験してほしいと思います。

 外国に出かけて、現地の自然・政治・経済・文化・歴史などを学ぶことを目的として、国際交流科目が用意されています。昨年のタイの各地を訪れた参加者のレポートには、先生の姿から現場に身を置いて研究したいと思ったとか、フィールドに肌で触れてフィールドワークの感性を学んだというように感銘を受けた報告が見られます。今年もベトナムの奥地で環境を考え、韓国を訪れ、中国上海の復旦大学を拠点に今の中国を学ぶというようなプログラムが用意される予定です。

 後期日程試験を受けて入学式に参加している皆さんは、英語の試験問題を覚えておられることでしょう。その第1問にもあったように、今、英語は国際語としてこれからも使われることでしょう。英語を話す4人のうち3人は英語を母国語としない人であると、試験の問題にありましたが、皆さんはぜひ、それぞれの母国語をまず大切にして、母国語による表現の技術をしっかり磨き、さらに国際語としての英語と、最低もう1か国語は学習するようにしてほしいと思います。それが皆さんの卒業を待っている企業や学界など、さまざまの進路で要求される言語力であります。

時計台前

 大学に入学して間もない時期は、無限の可能性と豊かな時間を持っているというのが、人生の先輩たちの言っていることです。幅広く奥の深い教養を身につけるのは、専門の研究が軌道に乗ってからでいいと考えていても、仕事を始めるととても忙しくて、そのような時間は取れません。スポーツで体を鍛えるのも、さまざまの文化活動の奥を極めるのも、入学した今が皆さんのチャンスです。十分な時間を持っているという若者の特権を活かして、教養を積む学習に、専門基礎科目の学習に、スポーツ、芸術、文学に全力投球してください。その上で、これだけは誰にも負けないという人になる、そういう道を見つけて卒業してほしいと思います。京都大学の中に、そういう道を見つけて究める仕組みがあります。それを自ら見つけ出して活用してほしいと思います。

 4月4日から今日まで、時計台の周辺では課外活動に励む先輩たちによって紅萠祭が開催されています。京都大学体育会では、多くの種類のスポーツが行われており、例えば伝統の国立七大学体育大会では、歴史に残る連勝の記録を持っています。七大学体育大会の今年の主管大学は大阪大学ですから、近くで参加しやすい状況です。さらに来年は京都大学が主管となる可能性が高く、ますます参加しやすい絶好の機会となるでしょう。東京大学は京都大学より20年長い歴史を持つ先輩ですが、その小宮山 宏総長は、学生時代にアメリカンフットボールで鍛えた逞しい心身で、大学運営においても強力なリーダシップを発揮しておられ、私はいつもそれを尊敬して拝見し学んでいます。スポーツで鍛えた心身は生涯の財産になりますが、それにも増して、広い分野に友人を持ち、広い視野で物事を議論しながら、課外活動を通じて得た友人は一生の財産になります。

基礎物理学研究所

 京都大学に入学した皆さんに、吉田キャンパスの中や、その周辺を歩きながらしっかりと観察して廻ることをおすすめします。北部構内には、グラウンドのすぐ南にある基礎物理学研究所の前に、湯川 秀樹博士の胸像があります。日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川 秀樹博士は1907年の生まれ、1965年にノーベル賞を受けた朝永 振一郎博士は1906年生まれで、今年から来年はお二人の生誕100年を記念する年です。お二人は物理学に貢献するだけでなく、パグウォッシュ会議に参加し、第1回科学者京都会議を開催して平和運動を推進しました。物理学の功績とともに、平和運動への貢献をたたえることも生誕100年を記念して大切にしたいと思っています。日本のノーベル賞受賞の第1号と第2号の両博士を輩出したのは、京都大学の誇りとするところです。この2006年度を「湯川・朝永生誕百年の記念年度」として、両博士を顕彰すると共に、その事蹟を広く国民に知ってもらうためのいろいろな記念事業を行うことにしています。皆さんもそのために何ができるか、考えて活動に参加していただきたい思います。

 今日入学式を迎えた皆さんの、これからの京都大学での学習と学園生活の充実を願って、何よりも心身の健康に心がけていただくように願って、私のお祝いの言葉といたします。

 京都大学入学おめでとうございます。

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