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新規採用職員研修開講式 挨拶 (2006年4月3日)

尾池 和夫

 京都大学に新しく採用された36名の方々に、研修の開講式にあたって、まず、京都大学を代表して皆さんをこの大学に歓迎します。そして、この大学を職場に選んで下さったことにお礼を申し上げます。これから5日間の研修のはじめに、挨拶として、思いついたことを話します。ここに私が書いた原稿があります。これは後ほど、私のページにアップしておきます。それは、新規採用の皆さんのみならず、ベテランの職員にも、教員にも、多くの方々へのメッセージともなることを願うからです。

 毎年この時期になると、京都大学のキャンパスには新入生があふれ、4月4日から4日間、時計台の前の広場では紅萠祭が開催されます。学業をしっかり修めながら課外活動にも情熱を傾け、充実した学園生活を送る先輩たちが新入生を歓迎しています。また、多くの教職員が着任し、人の往来が盛んです。その上に今年は京都大学にとって特別の新年度を迎えたという意味があります。それは事務組織に大きな改革が行われているということです。

 皆さんも昨年度末から始まった本部棟周辺の小規模な工事や移動の現象をご覧になっていたり、そのまっただ中に組み込まれていたりするのですが、今年の4月は大きな改革という点で特別なのであります。大変な準備でしたので、慌ただしくきっとご迷惑をかけた面も多々あると思います。それでも、これからの京都大学像を求めて、さまざまの改革を実行していきたいと思います。

 「本学における事務改革に係る事務を円滑に処理するため、総務部に事務改革推進室を置く」という「京都大学総務部事務改革推進室要項」を総長裁定で制定したのは、2004年11月1日でした。それから1年で、昨年秋には、それまでただ本部と言っていた中央の事務組織を、教育研究推進本部と経営企画本部の2つにして、本部棟の入り口に看板が上がりました。その後、学生や教職員等へのサービスと業務効率の向上を図るためのセンター設置について検討し、今年の4月1日からその運営が始まりました。皆様方の多大のご協力によって、これらを立ち上げることができたと思っています。

 京都大学は、数え方が難しいのですが、国内に41か所(大学の紹介 隔地施設)、海外に34か所(大学の紹介 海外拠点)のキャンパスや拠点を持っています。また世界中にたくさんの共同研究の相手方がいて、そのどこへ行っても優秀な研究者がおり、優秀な学生がいて活躍しています。宇宙にも、地球の中にも海底にも、京都大学の研究者が使う観測機器が無人で動いているのですが、それを全体として把握したのが、皆さんが仕事をする京都大学の姿であります。大きな3つのキャンパスにとりわけ、多くの教職員、学生がいます。

 さらにそれを拡大してみると京都大学の出身者がいます。今年も多くの教職員の方々がご退職になり、あるいは転勤され、また、多くの学生の皆さんが卒業、あるいは修了されました。そのように京都大学に一度は席を置いた実にたくさんの方々が、世界中にいて、この京都大学の歴史があるのです。

 3月24日の卒業式で卒業生は累計で、17万4,013名になりました。また3月23日の学位授与式では、京都大学修士は累計52,637名になり、京都大学修士(専門職)は53名、京都大学法務博士(専門職)は134名になりました。博士は、課程博士487名、論文博士79名に学位を授与し、創立以来の歴史の中で、34,008名の博士を世に送り出しました。また、今年は、前期日程試験での入学予定者が2,525名、後期日程での入学予定者が379名、外国学校出身者が18名、合計2,922名が学部への入学手続きをすませています。まだ、大学院などへ入学する人の数は報告がありませんが、毎年、多くの人びとが出入りして、京都大学が活動しています。

 京都大学に現在いる人たちのことを考えてみてください。学生が22,452名、常勤の教員が2,907名、常勤の役員や職員が2,289名、数千人の非常勤の教職員、2,560名の外国人研究者、1,240名の外国人留学生、年間延べ36万5千人の入院患者、延べ57万2千人の外来患者、延べ10万人近い総合博物館や水族館、図書館などの外からの入場者、その他にもさまざまの学会や行事に訪れる方々や、表敬訪問のVIP、訪問客やレストランの利用者などなど、多くの人々が出入りしているのが京都大学であり、サイトを利用してオープン・コースウェア(OCW)(外部リンク)で学習する人々や、研究論文を読む研究者たちが世界中にいて京都大学を見ているのであります。

 皆さんの仕事は、自分の職場の与えられた仕事をこなしていればいいというものではなく、上司や同僚の評価を受けていればいいという簡単なものではなく、私が今、例に挙げたようにさまざまの実に多くの人たちとの関係で行われる仕事なのです。どうかそのことを忘れずに、自分の仕事の位置づけを常にしてほしいと思います。

 今ちょうど桜が咲いています。京都大学のキャンパスにも、たくさんの種類の桜があります。私は以前、北部構内につとめていて、桜の木を数えて、24本まで数えたことがあったと記憶しています。デジカメが出始めた頃、よく撮して歩きました。とくに理学研究科の植物園の桜がきれいです。

 北部グラウンドの西北の角にはオリンピック・オークがあります。京都大学を卒業したばかりの田島 直人選手が、1936年ベルリンオリンピック三段跳びで、 6メートル、4.6メートル、5.4メートルの記録、16メートルの世界新記録を出して、金メダルを獲得しました。銀メダルは原田 正夫選手で、二人は同級生でした。二人は金銀のメダルを半分ずつ分けて持ったと伝えられています。メダルとともにドイツカシの苗が贈られたのを、気候の違いによる困難を乗りこえて京都大学の研究者たちが育ててきました。樫の木の根本を三本の枕木が囲んでいます。それらの不揃いな長さが、3段跳びの記録を示しています。

 このように、構内にはいろいろのものがあります。まず、皆さんは、研修の機会に、花見を兼ねて構内をくまなく歩いてみてはいかがでしょうか。また、京都大学の近くをも歩いてみてはどうでしょうか。私も新入生の皆さんと、今年も、土曜日を利用して花折断層に沿って歩く会を計画しています。

 同じく北部構内には湯川記念館、基礎物理研究所があります。湯川 秀樹さんの執務室だった旧所長室、講義ノート、2千冊の蔵書などが展示されています。

 上野の科学博物館では、湯川 秀樹・朝永 振一郎両博士の生誕百年記念展「素粒子の世界を拓く」が開催されています。2006年3月25日には、その内覧会が行われ、私も参加して参りました。

 2005年は、アインシュタインが光電効果の理論、ブラウン運動の理論、特殊相対性理論という3つの革命的な論文を発表した年から100年を経たことを記念する年で、ユネスコでも国連でも「世界物理年」と宣言された年でした。

 今年は、日本で初めてノーベル賞を受賞した湯川 秀樹は1907年の生まれ、1965年にノーベル賞を受けた朝永 振一郎は1906年生まれで、今年から来年は2人の生誕100年を記念する年です。「ラッセル・アインシュタイン宣言」をもとにカナダで開かれた「パグウォッシュ会議」に朝永と湯川が参加し、 1962年の第1回科学者京都会議を開催して、平和運動を推進しました。物理学の功績とともに、このような2人の平和運動への貢献をたたえることも生誕 100年を記念して大切にしたいと思っています。

 湯川 秀樹は来年2007年1月23日、朝永 振一郎は去る3月31日が、それぞれ生誕100年です。日本のノーベル賞受賞の第1号と第2号の両博士をわが京都大学が輩出したということは、京都大学の誇りとするところであります。この2006年度を「湯川・朝永生誕百年の記念年度」として、両博士を顕彰すると共に、その事蹟を広く国民に知ってもらうためのいろいろな記念事業を行うことにしています。皆さんもそのために何ができるか、考えて活動に参加してください。

 今皆さんがいる本部棟の下には昔一本の道がありました。それを志賀越道といいます。北白川の扇状地の坂を下って、今出川通りの子安観世音には白川女がかならず花を供えて商いに出たといわれます。志賀越道の街道筋には農家が続いていました。この道は京都大学の本部キャンパスに切り取られていますが、東一条からまた斜めに京大会館の前を通って荒神橋に向かっています。志賀越道が今出川通りを切るあたりに花折断層の南端部が走っていて、この活断層が2000年もの間動いていないので、地震対策をしっかりしておかないといけないのです。百周年時計台記念館の地下には、免震装置が入れてあり、大規模地震に耐えるように保存工事が行われました。

 この志賀越道に面して、川端通の手前に京大会館があります。これも京都大学に縁の深い財団の施設です。そのレストラン「このえ」も利用してみてください。

 宇治キャンパスは、黄檗山万福寺の近くで、醍醐山地の麓に沿って黄檗断層が走り、その扇状地の下手に位置しています。

 桂キャンパスは、西山断層の運動で隆起した丘陵の上にあり、そのすぐ東の山麓に活断層があります。

 吉田キャンパスから外に出て、多くのキャンパスを訪れ、その機会には、キャンパスの中で行われる教育と研究の内容とともに、そのキャンパスのある地域の土地の自然、周辺のお世話になっている住民の方たちとの交流など、幅広い観点から京都大学のキャンパスを知ってほしいと思います。

 海外にもたくさんの研究拠点があります。インドネシアの首都ジャカルタにも長い歴史を持つ東南アジア研究所の事務所があります。ギニアにはチンパンジーの研究の拠点にギニアの国の研究所と並んで、京都大学の拠点があります。上海には復旦大学の中に、京都大学の上海センターの看板がかかった建物があります。また、南極昭和基地でも、京都大学から行った研究者が日夜観測の仕事をしています。第1次南極予備観測隊が、1957年1月29日に、南極のオングル島に上陸し、昭和基地と命名されたときから、京都大学の出身者が活躍してきました。

 大学で最も大切なのは、もちろん学生です。そのことをまず、しっかりと覚えてください。今日の皆さんに負けない意欲を持って入学してきた新入生たちが、今、キャンパスにあふれています。職員はその学生たちと大学のインターフェイスの役割を演じます。学生は最初の内、教員の講義をもっぱら聴きますが、なかなか教員たちと直接話す機会が持てません。しかし、窓口の職員とは直接話をする機会がたくさんあります。そのときの対応の印象が、その学生の、京都大学に対する第一印象となります。

 また、職員は教員と学生のインターフェイスであるとも言えます。病院では患者と医師とのインターフェイスということもできます。よく、教員と職員が大学の仕事では車の両輪という言い方もありますが、そういう言い方も成り立つかもしれません。

 表現の仕方はともかくとして、学生を大切にし、学生に親切である職員であってほしいと思います。そのためには、教育基本法をよく読んでみることをすすめます。そこには「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」から始まり、「われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性豊かな文化の創造を目指す教育を普及徹底しなければならない。」と続きます。さらに「ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。」とありますから、やはり日本国憲法もよく読んでほしいと思います。

 学問の自由という言葉や、京都大学の自由の学風という言葉を聞きます。京都大学は、自由の学風という実にみごとに結実した言葉を持っています。これはこの大学の歴史の中で、多くの先輩たちの努力によって実を結んだ重みのある言葉です。憲法で保障される自由ですが、憲法の第一二条「自由及び権利保持の義務, 濫用の禁止」には、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と明記されています。自由の保障は、この不断の努力によることを決して忘れてはなりません。

 職場には、皆さんの先輩がたくさんいます。その先輩たちをつかまえて質問し、提案し、議論してください。京都大学は、2年前までは国家公務員の職場でした。そこで長い間に身につけた公務員型の仕事場の習慣は、さまざまの点での組織の改革を、あるいは人々の意識の改革を必要としています。この4月からの大改革はその第1段目の昇りです。これから皆さんの参加で、一歩一歩昇っていかなければなりません。

 これからの京都大学の課題をいくつか挙げます。それらは皆さんにも考えてほしい課題です。

 まず、人権の尊重です。教職員の皆さん、学生の皆さんに、人権を尊重する基本を守ってほしいと思います。それが人としてもっとも基本となるものです。

 大学での仕事は、しっかりした倫理観に裏付けられていなければなりません。

 男女共同参画社会の実現です。3月末で退職された職員の中にも女性の事務長さんがいて、また管理職から女性が一人減りました。京都大学は部局長会議にも、教授会にも教員にも女性が少なくて大変です。多くの女性が活躍できる職場にするにはどうすればよいか、一緒に考えてください。

 エネルギーの節約です。明るいのが好きな人が多くて、出勤すると必ず電灯をつけて廻る人がいます。皆さんは気がついたら、ぜひ消して廻ってください。

 炭酸ガスの排出量の削減です。紙は炭酸ガスを固定しています。大いに使えばいいと思います。ただし、捨ててはいけません。捨てるような内容のものを印刷したり、コピーしないでほしいのです。燃やさなければ、木造の家と一緒で、紙はいつまでも炭酸ガスを固定しています。

 知的財産の重要性を考えてください。また、個人情報の保護も大切です。

 これらは今、私が思いだしてあげた例であって、まだまだたくさんの課題があります。

 現場を大切にということを最後に申し上げます。自ら現場に出かけ、自らの目で現象を観察し、その現象の現在について、自分で情報を収集するということが重要です。私はそれを研究の「3現則」と呼んで、自分の方針にもしてきました。個人が記者会見して意図的に発表した発言が、そのまま単純に紙面に載る場合があります。これは新聞の衰退と危機につながる社会問題です。記者会見があったことが事実であっても、発表されたことが事実かどうかは、記者が現場に出かけて確認しなければならない問題です。現場を大切にする記者が少ないことを、本学の出身者である本多 勝一さんも、最近の探検部50周年祝賀会で指摘されました。

 京都大学には広報の仕事もあります。広報の職場では、文字通り、京都大学に関する正しい情報を発信する仕事をしています。皆さんも、情報の選択を自分の目で行うために、現場を大切にし、情報を選択して採用する眼を養うための学習に励んでいただきたいと思います。

 学習と同時に、物事を深く考える習慣を付けていただきたいと思います。どんな問題でもいいですが、例えば、ものの名前について、なぜ百人一首なのか、十人十色というのは、十人それぞれの個性ですが、百の胴体が1つの首を持っているのは化け物で、なぜ百人百首と呼ばなかったのか、というような疑問を持つことも必要だと思います。

 なぜ、日本をジパングといい、ジャパンというのか、というような問題もあるでしょう。私はこのような問題に関しては、自分の研究のフィールドワークで、世界の各地を歩いていて十分理解できました。

 仕事に迷ったときには、思い切って信じる道を進んでください。失敗しても大丈夫です。分かれ道に来て迷ったら、京都大学のミッションを思い出して、教育と研究と医療のために、学生のためになると信じる道の方へ進んでください。それさえ守っていて下されば、失敗があっても、責任は私がとります。どうか安心して思い切り仕事をしてほしいと思います。

 心身の健康が、仕事をする上で何よりも大切です。仕事をしていて行き詰まったときには、必ず一人で悩まず、誰かに声をかけて相談してください。きっとそこから解決の糸口が見えます。相談相手が見つからないときには、上司にあるいは同僚に、あるいはカウンセリングセンターに相談してください。いつまでも一人で問題を抱えてはいけません。早く人に相談するということを、仕事を進めるためのコツの一つとして覚えておいてほしいと思います。

 いろいろのことを、とりとめもなくお話ししましたが、健康に十分気をつけながら、ご活躍くださるよう、心から願っております。

 ありがとうございました。

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