セクション

京都大学文学研究科・北京大学歴史学部・交流協定締結記念国際シンポジウム 「京都と北京:光の交わるところ-学問知から人類知へ」 開会の挨拶 (2005年12月17日)

尾池 和夫

尾池総長

 皆さま、おはようございます。本日、京都大学文学研究科が主催するこの国際シンポジウムで、京都大学を代表して開会の挨拶をさせていただく機会をいただき、まことに光栄です。

 京都大学文学研究科は、本年4月、北京大学歴史学部との間で交流協定を締結されました。その記念として、本日の国際シンポジウムを開催されることは、京都大学、北京大学の両方にとってまことに記念すべき歴史の1ページとなる重要なことであり、京都大学を代表して心からお祝い申し上げます。

 このシンポジウムは、京都大学が鋭意取り組んでいる「21世紀COEプログラム」の23課題の中の1つ、「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」の一環として位置づけられ、国際シンポジウム「京都と北京:光の交わるところ-学問知から人類知へ」と題されるものです。

 我が国の大学の教育および研究の水準を向上させ、世界的な研究教育拠点の形成を重点的に支援し、国際競争力のある世界最高水準の大学づくりを推進することを目的にして、文部科学省により、2002年度からこの「21世紀COEプログラム」が実施されています。その一つである「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」と題されたプログラムの内容の紹介の中で、拠点リーダーの紀平 英作教授は、「激しい移行過程にある現代世界を批判的に再検討し、新たな指針を模索するというグローバル化時代の総合的、かつ多元的な人文学的知の形成という課題に、歴史学を中心に、哲学、文学研究を組み合わせて挑むことを最大の目的とする」と述べておられます。

ステージ

 京都大学文学研究科と北京大学歴史学部との交流協定は、このような京都大学が進める拠点形成のためにも重要な役割を演じ、同時に北京大学における教育と研究の発展にも大きく貢献するものであると、私は信じております。

 日本と中国の交流、とくに学問と留学の歴史には、言うまでもなく長い歴史があります。多くの往来が、さまざまの形態で、あらゆる時代を通じて、日中間で行われてきました。

 1897年に創立された京都大学と、1898年創立の北京大学とは、ともに100年以上の歴史を持ち、東アジアの主要大学として活動しています。京都大学への最初の外国人留学生は1906年に中国から来た学生だったと言われています。

 私自身が北京大学を最初に訪問したのは、まだ日中間に直行便の飛んでいない1974年で、そのときから約30年がたちました。北京大学のある北京市北部、中関村の変容には目を見張るものがあります。その変容はまさに午前中のテーマである「グローバル化と日中の行方」の課題を思わせるものであります。

 この京都大学時計台百周年記念ホールは、京都大学の創立百周年を記念して新しく作られたホールですが、この南側に接している時計台は1925年に建てられ、今では免震構造で耐震化されています。京都も北京も活断層地域の中にあって、大地が激しく動き、大地震の起こる地域です。欧米の文明が安定大陸から発生したものであり、そこから世界に拡がっていったものであるのに対して、東アジアの文明は変動帯の中で育まれてきたものであります。京都と北京という変動帯の都市にあって、世界的な研究教育拠点である京都大学と北京大学の交流は、東アジア地域の文化に根ざす学問を、世界の人類に貢献するものとして発信していく原動力を生みだすものとなることでしょう。

会場の様子

 京都大学文学研究科と北京大学人文系学部の間では、教員の行き来の長い歴史がありますが、組織的な交流協定は今回のものが初めてと聞いております。今回締結された協定では、教員のみでなく大学院学生の相互交換留学もうたわれているということで、本学の中国史、東アジア研究などをさらに飛躍させる基礎となるものであると同時に、日中間に幅広い文化交流の基礎をつくる先駆的役割を担うものと期待されます。

 さらに、この協定を契機として、近い将来、幅広い分野に交流の機会が生まれていくことも私は期待しております。

 本日も、北京大学からは、歴史学部の張 希清先生のご挨拶をいただき、特別議題「グローバル化と日中のゆくえ」の中では、歴史学部長牛 大勇先生の「米中関係の過去と未来-日本とのかかわりのなかで」というご講演をいただき、ほかにも多くの方々のご参加を得ています。北京大学と京都大学の、世界の第一線に立つ研究者たちの活発な議論によって、今後の両国の交流の促進と、学問の発展のもととなる実り豊かな成果が得られることを願って、開会にあたっての私の挨拶といたします。

 ありがとうございました。

前のページに戻る