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日本-スウェーデン学長会議 報告 (2005年10月17日~23日)

尾池 和夫

 相澤東京工業大学長を団長として、18大学の学長や副学長がスウェーデンを訪問した。日本側は日本学術振興会が窓口であり、スウェーデン側は、STINT (The Swedish Foundation for International Cooperation in Research and Higher Education)の世話によって具体化した。

 以下は、公式の報告ではなく、会議の内容以外のことを中心とした私の旅行記である。なお、ウムラウトやアクセント記号が省略あるいは略記されている。

10月17日(月曜日)

 ロンドンヒースロー空港で乗り換えたが、BAが4時間遅れて出発した。ストックホルムとウプサラの中間にあるアーランダ空港には午前1時頃に着いて、空港には税関にも人がいなかった。自動交換機でお金をSEKに交換して、寒い中タクシーを待って乗った。宿に着いたのは夜中の2時すぎだったが、大使館の高谷一等書記官が迎えてくださった。

10月18日(火曜日)

 The Royal Swedish Academy of Sciences にあるLinne Hall でセミナーが行われた。Professor Bo Sundqvist, President, Uppsala University, and Chairman of Association of Swedish Higher Education と Professor Jan Lindsten, President, KVA, The Royal Swedish Academy of Sciences から挨拶があった。

 Professor Jan-Eric Sundgren, President Chalmers University of Technology と Dr. Kazuo Oike, President, Kyoto University とが、Strategic planning within niversities の題で、話題提供して討論した。私は京都大学の現状と施策を話して多くの方から好評をいただいた。持続可能な社会の実現を議論したが、私は持続可能性の定義を深める議論をすべきだと主張した。

 夜は、Nobel Museum で Professor Svante Lindqvist 館長招待の夕食会があった。博物館の展示の中では、アインシュタインがノーベル賞に決定されるまでの歴史が詳しく説明され、関連の書類などが見られるようにしてあるのがよかった。また、相対性理論などの説明を動画で示してあった。ノーベル賞はスウェーデンの文化である。それを具体的に世界からの観光客に見せている。

 ストックホルムの町中の至る所に岩盤が見える。ダイナマイトの発明とノーベル賞が生まれた背景を見る思いである。

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Linne Hallでセミナー 相澤団長と。左と右の肖像はガリレイとニュートン The Royal Swedish Academy of Sciencesでの昼食
ノーベルの胸像と Professor Jan-Eric Sundgren, President Chalmers University of Technologyとの報告と討論 ノーベル博物館のアインシュタインのノーベル賞が決まるまでの展示

10月19日(水曜日)

 The Royal Institute of Technologyではいくつかの大学の学長さんたちから説明があった。

 JSPS招待の昼食をHaga Forum でいただいた。KTH の学長と KI の学長とが向かいに座ってくれた。この場所は昔は国王が農地へ行くときに使った場所だという。
 Chalmers University of Technology の Senior Advisor to the President が学術交流を望むと私に申し入れたので検討を約束した。

 Karolinska Institute, KI の Professor Harriet Wallgerb-Henriksson, President of Karolinska Institute がノーベル生理学・医学賞を決定する円卓に迎えてくれて、KIの研究内容を説明した。利根川 進さんを覚えているというので、彼は私のクラスメイトですというと、大変喜んでくれた。スウェーデンには女性の学長さんが多い。KIは北欧で最大の医科学大学であるという。

 再びKTHを訪問して、Professor Anders Flodstroem, President, Royal Institute of Technology(KTH)との間で大学間交流協定に署名して交換した。日本語を教えている Dr.Yoko Takau-Drobin, International Officer and Teacher of Japanese, KTH が日本からの留学生を歓迎したいと話した。来年の1月には学生を募集するので、手続きが間に合うといいという。Ms. Marianne Persson-Soederlind, Head of International Office は親切で丁寧な女性である。

 大塚清一郎在スウェーデン日本大使が公邸に招待してくださった。高校2年の息子さんと父子のバグパイプの演奏がすばらしかった。

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KTH KIの円卓。ここでノーベル生理学・医学賞が決まる。 KTHと大学間交流協定

10月20日(木曜日)

 ストックホルムからバスでウプサラへ移動した。霧の中である。まず、Swedish University of Agricultural Sciences を訪問した。Professor Ann-Christin Bylund, Rector,Swedish University of Agricultural Sciences から全般の説明を聞き、Professor Johan Schnuerer, Head of Department Programme Director DOM, Domestication of Microorganisms から研究成果の説明を受けた。インドネシアのTempe は私も大好きで、21世紀の重要な食料になると賛成した。

 Uppsala University は広大で美しいキャンパスの中にある。というよりもUppsala の街そのものである。Uppsala University は1477年に創立された伝統のある大きな大学である。広大なキャンパスの中の木々は黄葉を始めたところで、木の葉がたくさん落ちている。その中を自転車で学生がゆっくりと行き来する。

 Professor Jan-Otto Carlsson, The Angstroem Laboratory は静かに話すが、内容がすごい。大規模な研究所は共同利用になっていて、かなり規模の大きなクリーンルームの研究室を窓から見学した。

 大学のさまざまな研究室で話を聞いたが、Professor Margaretha Fahlgren, Centre for Gender Research から、議論の中で、どのようなジェンダー教育が行われているかを聞かれて、たいへん困った。

 Joint event for EUA and Uppsala Universityに参加し、Meeting with European University Rectors of the Europear University Associationに出席した。

 夕食会と音楽会が University Hallで行われた。Professor Bo Sundqvist, President, Uppsala University とホールの階段で出会ったが、気がついたら私が2段上に立って握手していた。University Hall の2階の各部屋はそれぞれの学部の教授会を開く部屋になっていて、歴代の偉人たちの油絵が壁一杯に並んでいる。C.P.Thunberg(チュンベルク)の肖像があった。この大学は日本の植物の標本を持っているというが、江戸時代にはオランダ人のシーボルトとちがって持ち出しの許可がなくて苦労したという話を初めて聞いた。

 夕食のブッフェを楽しんだが、さすがにバイキングの国である。

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オングストローム研究所のクリーンルーム見学 Professor Margaretha Fahlgren, Centre for Gender Research ウプサラ大学ホールで学生と
チューンベルクの肖像 歓迎の音楽会練習風景 リンネ植物園

10月21日(金曜日)

 ホテルウプサラは部屋が広くて、床も家具も白木の集成材で仕上げてあり、気持ちの良いホテルである。この土地の出身で世界的に知られているリンネを記念する植物園を見学した。資料館は10月から春まで閉まっているが、1200種の植物を栽培する園内は自由に散策できるように市民に開放されている。京都大学にもぜひこのような場所がほしいとつくづく感じながら歩いた。立て札にはときどき真っ赤な札があり、毒性があって触るなという表示もあったが、学名と現物を比べながら写真を撮った。日本で見るものでも、少しずつちがっている。

 EUのセッションでは、Plenary session IV Panel 3, Inovating Funding System, Changes and Challenges があり、大学のための予算確保についてフォードの役員ほかのスピーチがあった。

 川沿いに広場があり、そこに店を出している茸売りが、土曜日には市が立つと教えてくれた。ウプサラ大学の財産はたくさんあるが、博物館には歴史に残る財宝が飾られている。
1662年にできた解剖教室や、大教会の中も詳しくガイドしてくれた。大学事務局にそれぞれ専門のガイドがいる。知識が幅広く詳しい。教会の床下には多くの偉人が眠っている。入り口からすぐの左側にリンネ家が埋葬されている。床に大きな文字がある。

 植物学博物館には江戸時代の日本から持ち帰った標本がある。1784年に出版された分類学の本もある。標本は200年以上、丁寧に保存されていて、痛みがない。そのDNAが現代の科学に活用される。ここでは博物学の重要性が認識されている。大学の変わってはいけない面の一つだと思う。この大学の博物館と、 9000種を育てている植物園がその重要性を世界から来る専門家と市民に示している。

 夜の宴は古城の大ホールで、20時から23時まで着席で開かれた。800人ほどの出席であった。Bo Sundqvist, President, Uppsala University が歓迎のスピーチをした。ときどきコーラスが乾杯の音頭をとった。

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キャンパスの中にある大聖堂 ウプサラ大学ホール入り口 AEUのセッション
リンネの肖像画 植物博物館にある日本のクマガイソウの標本 町中から見上げたウプサラ城

10月22日(土曜日)

 初めて雨降りだった。ウプサラの人に聞くと、10月の後半で今週のように晴天が続いたのは珍しいという。いつもは今日のように曇天と小雨が続くという。雨が降っていても、誰も、乳母車の子どもでさえ傘をさしていない。雨が降っていても広場へ行くと朝市が出ていた。昨日知り合った茸売りが声をかけてくれた。
フィンエアとBAとの共同運行で、アーランド空港では第2ターミナルだった。

10月23日(日曜日)

 順調に関西国際空港に着いた。淡路島の断層地形がきれいに見えていた。岩盤の国から、また変動帯の国に帰った実感である。

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