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博士学位授与式 式辞 (2005年9月25日)

尾池 和夫

 本日、京都大学博士の学位を得られた127名の方々、まことにおめでとうございます。課程博士98名、論文博士29名の方々に学位を授与させていただきました。ご列席の副学長、各研究科長とともに、心からおよろこび申し上げます。

 みなさんの博士学位は、みなさんの活躍される舞台の幕開けとなるとともに、京都大学の知的財産の蓄積に新しいページを加え、やがては世界の人類の福祉に貢献するものとなります。私は、そのような気持ちで皆さんの学位審査の報告書を読ませていただきました。

 今年は、太平洋戦争の終戦から60年であり、日本の広島市と長崎市に、アメリカ合衆国軍が原子爆弾を投下してから、60年の年でもあります。京都大学では、原爆投下の直後から、その調査を行ってきました。また直後から被爆者の治療にあたっておりました。

 枕崎台風は、1945年9月17日、鹿児島県枕崎市付近に上陸した大型で非常に強い台風でした。西日本、特に広島を中心に、3700余名の死者と行方不明者を出す被害がありました。京都大学の調査班が拠点としていた大野を土石流が直撃して、大野の病院にいた被爆者、病院職員、京都大学の調査班、計156名が亡くなりました。

 京都大学医学部の卒業生が集う芝蘭会広島支部と京都大学は、1993年9月1日に、『京都大学原子爆弾災害綜合研究調査班遭難、「記念碑建立・慰霊の集い」のあゆみ』を出版しました。その中に、調査団員だった故木村 毅一(きむら きいち)先生の手記があります。その手記によると、「物理学教室の若い研究者5名を引率して9月16日、すでに京大医学部の調査隊10数名の滞在する大野浦陸軍病院に着いた」とあります。そして「海を隔てて対岸には宮島が手にとるように見え、背後には急峻な山がせまり、その山肌には巨大なかこう岩が露呈し、山すそ一帯はそれの風化した白い砂地で松の緑がいっそう鮮やかに見える」と述べられています。また、これに収録された「関連記録」にある荒勝 文策先生の報告によりますと、物理学教室の調査団は8月9日に出発し、8月10日の正午、広島市に到着して観察は夜半に及んだとあります。同じく10日から医学部の杉山 繁輝(すぎやま しげてる)教授らの調査も行われました。杉山教授らは被爆者の屍体解剖を行いました。また、京都帝国大学医学部原子爆弾災害調査班(臨床部)の報告によりますと、9月5日には大野浦陸軍病院で被爆患者の診療が開始され、調査研究が行われたということです。

 柳田 邦男さんの「空白の天気図」という本が、新潮社から出版されたのは1975年でした。それには、太平洋戦争終戦前後の広島気象台の仕事を中心に、枕崎台風の被害が詳しく描かれています。枕崎台風の災害に巻き込まれて遭難した多くの人々の中に、この京都大学の調査班の方々も含まれておりました。私はこの「空白の天気図」を読んで、自分の専門の地震のデータに関しても調べてみたことがあります。やはり太平洋戦争とともに日本列島の南部地域の地震検知能力がどんどん落ちていった状況がよくわかりました。

 今年の9月17日、私は広島県の大野町を訪問しました。この日は、60年前、京都大学原爆災害総合研究調査班が枕崎台風による土石流に襲われ、11名の犠牲者を出した日であります。大野市の慰霊碑の前に、ご遺族の方々、調査団員、そのご関係者、大野町長と地元大野町の方々、廿日市市長、京都大学名誉教授、卒業生、教職員など、多くの方々が集まって、慰霊の会が開催されました。私も、京都大学を代表して献花をさせていただきました。

記念碑と樟

 慰霊碑のある広場は、大野町のご努力で公園として整備されました。その広場のあちこちに大きな花崗岩の転石があります。これらの岩塊が背後の山の上から、すさまじい勢いで流下してきたのです。黙祷を捧げて顔を上げると、目の前の広場に蝶が舞い、トンボが飛び、法師蝉の声が聞こえました。また、慰霊碑の側にはいつも千羽鶴が飾ってあり、野の花が活けてあると聞きました。慰霊碑の側には、大きな樟が立っています。この樹は京都から運ばれた苗が植えられて、地元の方々が大切に今日まで育ててくださった樹であると聞いております。樟は、広島市の木でもあり、平和記念公園の原爆ドームも大きな樟が取り巻いています。もちろん、皆さんがご存じのように、樟は京都大学のロゴにもなっております。

 この樟に象徴されるように、大野市の慰霊碑は、学問と、平和と、自然災害の軽減とをテーマにして、社会と大学の連携の大切さを、私たちに伝えています。京都大学の基本理念には、地球社会の調和ある共存が謳われています。人と人が、国と国が、民族と民族が争いをすることのない世界を実現し、人の暮らし方を工夫して自然災害を軽減する努力をするというのも、京都大学の目標であります。皆さんの学位申請論文の審査報告を読みながら、京都大学大学院で、それらに貢献する多くの優れた研究成果が得られていることを感じ取ることができました。

 原爆被害調査の報告が戦後の研究者たちによってたくさん残されています。これらの報告には、たいへん広い学問分野に関わる内容が含まれており、皆さんの研究分野もどこかで関連すると思います。博士学位を得られた機会に、また戦後60年を迎えた機会に、このような二度とあってはならない原爆投下による悲惨な出来事の報告に、皆さんも図書館や資料館で触れてみてはいかがでしょうか。
 (トピックス「第60回京都大学原爆災害総合研究調査班遭難者の慰霊の集いを開催 」はこちらをご覧ください。)

 柳田 邦男さんは、今年9月16日に大野町の慰霊碑を訪れたと聞きました。その柳田 邦男さんの最近の出版に、新潮文庫の「言葉の力、生きる力」という本があります。その本の中では、新しい文明の理念が論じられ、新しい医療の考え方などが、さまざまの面から論じられています。

 この21世紀は、ざまざまの分野で、多様性の時代と言われます。健康や医療や教育や、人に関わることでも、それらが一つずつの分野の学問として語られるだけではなく、一人ひとりの個人に関わって語られることが大切と思います。そのようなことを心にとめてこの本を読むと、人の生き方と医療の仕事に従事する専門家の仕事のあり方を考えることができます。

 今日の博士学位の申請論文の中にも、人の生き方に関わる研究をまとめたものがみられました。いくつかの例をあげてみたいと思います。

 人間・環境学研究科人間・環境学専攻の石野 秀明さんの学位論文は「保育の場での関与的観察に基づく自己の探求:ライフサイクルの二重性と発達」で、主査は鯨岡 峻(くじらおか たかし)教授です。申請者は、保育園における保育実践に深く入り込み、6年間にわたって関与的観察を継続しながら、乳児の存在と自己のありようを詳細に描き出したと、審査報告にあります。この関与的観察と従来よく知られている客観主義的観察との違いが私には興味がありましたが、この論文の中で、幼児のひとりだちと、自らの研究者としてのひとりだちを重ね合わせて「個人のライフサイクル」と「世代間のライフサイクル」との関連を論じるという構想が、さらに将来の発展を伴う課題として興味深いものでした。

 工学研究科環境地球工学専攻の山口 健太郎さんの学位論文は「高齢者居住施設における重度要介護高齢者の離床環境計画に関する研究」で、主査は高田 光雄教授です。重度要介護高齢者の離床を可能とする環境要件に着目して、高齢者居住施設における実体調査を行い、問題点と課題を整理し、問題を解決するための物理的環境、ケア環境のあり方を検討してまとめた論文です。

 もう一つ、同じ専攻の絹川 麻里さんの学位論文がありました。題目は「認知症高齢者の外出行動からみた「地域」の屋外居住環境に関する研究」で、主査は同じく高田 光雄教授です。在宅や施設の認知症高齢者を対象としての調査や行動の観察から課題を整理し、外出行動や屋外の空間に滞留する特性を明らかにして、それらがケア環境としての意味を持つことからその設定を提案するものです。このような研究が、一方で心の課題と連携したとき、将来大きく発展すると期待されるものであると思いながら読ませていただきました。

 文学研究科に論文を提出された佐藤 昭裕さんの学位論文題目は「中世スラブ語研究-『過ぎし年月の物語』の言語と古教会スラブ語-」で、主査は庄垣内 正弘(しょうがいと まさひろ)教授です。この論文は、スラブ世界での文章語成立の歴史を背景に、『過ぎし年月の物語』の言語の総合的研究を目指すものであると審査報告にありますが、私は、この中で「死」を表す言葉が詳しく論じられているのに、たいへん興味を持ちました。自然死の場合、尋常でない死に方、戦闘での死、災害や水害での死、殺されたときの死、あるいは人物に対する敬意が示されるかどうかの違い、それらの年代との関わりなど、たいへん興味深いものでした。

 また、医学研究科に論文を提出された仁科 健(にしな たけし)さんの学位論文題目は「虚血性心筋症に対する左室形成術に関する研究」で、主査は和田 洋巳教授です。虚血性疾患を含めて慢性心不全の外科的治療法として、左室壁を切開して左室を縮小させる左室形成術は、心機能の改善をはかる手術ですが、有効性を示すための科学的データが十分ではない、と審査報告にあります。この論文は、条件を満たす動物モデルの開発とそれによる研究が中心テーマで、その成果に学位が授与されたものであります。

 このように、さまざまの角度、あらゆる視点から、人が生きるということに関連して研究が行われ、本日のみなさんの博士学位論文の中からだけでも、実に多様な研究が行われていることがわかります。これらの研究成果が縦横に織り込まれて。お互いに知るところとなり、人の生き方が総合的にとらえられて、はじめて京都大学の総合大学としての機能が発揮できると思います。また、それらが情報ネットワークの発達とともに、さらに教育のシステムの中で最大限に生かされて、大学の社会貢献が実現することになります。

 例えば、情報学研究科に提出された村上 輝康さんの学位論文題目は「ユビキタスパラダイムにみる情報技術パラダイム伝播過程の研究」で、主査は石田 亨教授です。この論文では、デジタル社会センサー分析という分析手法を用いてパラダイム伝播の有無を判別して、ユビキタスパラダイムの伝播と途絶を論じているものです。

 また、情報学研究科知能情報学専攻の村上 正行さんの学位論文題目は「遠隔教育特有の授業デザイン及びシステムの評価研究」で、主査は美濃 導彦(みのう みちひこ)教授です。この研究では、京都大学と慶応大学の間での授業、合同合宿、ウェブ掲示板という3つの学習環境を準備して、あるいは日米の大学生を対象として遠隔一斉講義であるTIDE Project で、授業デザインとシステムの両面から相互関係を考慮して評価し、遠隔講義特有の特長をまとめたものです。

時計台前での記念撮影

 いくつかの学位論文題目を紹介させていただきましたが、それぞれの重要な研究成果は、みなさんの長い時間と知恵と学習と努力の集大成であり、簡単に数行で描けるものではありません。しかし、みなさんの研究成果を一般の市民や、みなさんに続く高校生や中学生や小学生に理解してもらうことも、また重要なことであります。みなさんもご自身で、新しくわかったことを周りの人たちに語ってください。そして、学問を広めるという使命を自覚していただきたいと思います。研究や学習は、今までは主に自らのためであったと思いますが、京都大学博士となった今、みなさんの研究と学習は世界の人類に貢献するものであると、ここであらためて認識していただきたいのであります。

 みなさんがいつまでも健康で、ますます研究に励み、それによって世界を舞台に活躍してくださることを祈って、博士学位授与式の式辞といたします。

 本日は、まことに、おめでとうございます。

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