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博士学位授与式 式辞 (2005年5月23日)

尾池 和夫

 本日の学位授与式では、課程博士49名、論文博士20名の方々が博士になられました。ご列席の副学長、各研究科長とともにお祝い申し上げ、研究成果をまとめ上げられたご努力と才能に敬意を表したいと思います。また、ご参列のご家族に心からおよろこび申し上げます。
 皆さんの学位論文は人類の知財となり、学問が次の段階に発展する道となることでしょう。課程博士の皆さんが励んできた数年を見ながら、次の学年の後輩たちが後を追って来ています。それ自身が大学院における密度の高い教育の質を高めます。また、皆さんの研究成果は、京都大学での研究と教育と医療の進展に寄与するものとなり、京都大学の歴史に刻み込まれるものとなります。
 また、論文博士の皆さんは、自学自習の努力の結果、学位を得られたもので、ある方にとっては生涯の学問の集大成であり、ある方にとっては仕事をしながらの積み重ねの結果であると思います。いずれにしても、今日の学位は皆さんの今後のご活躍の出発点に位置づけられるものであり、今後とも健康を保ちながら、皆さんがさらなるご活躍をされるよう祈っております。

 京都大学にとって3つのうれしいニュースが、この10日ほどの間に立て続けに京都新聞の一面を飾りました。
 5月13日には、京都大学は、東アジアの4つの大学や研究機関である、中国科学技術大学、韓国科学技術院、香港科技大学、台湾大学、ぞれぞれとの間に交流協定を結び、これら5つの大学や機関の長が一同に会して調印式を行いました。
 同じこの日、京都大学のほか、大阪大学、慶應義塾大学、東京工業大学、東京大学、早稲田大学の6つの大学が「日本OCW連絡会」を組織して、MIT(マサチューセッツ工科大学)が提唱するOCW(OpenCourseWare)規格に準拠した、講義情報の公開を行うと発表しました。この仕組みを通して、京都大学の持つ知的資産を大いに世界の人々に活用してほしいと、私は願っています。
 また、日本で初めてノーベル賞を受賞した私たちの大先輩である湯川秀樹博士が「ユネスコメダル」に登場し、5月17日に基礎物理学研究所の九後所長から湯川スミ夫人に手渡されました。このメダルは、世界遺産や、特に優れた功績を残した人物や歴史的な出来事にちなんで作成されるメダルです。日本人がデザインされたユネスコメダルは初めてですし、おそらく人物では東アジアでも初めてだろうと思います。
 この伝達式の時、湯川夫人から終戦後の思い出を少し伺いました。湯川秀樹博士が、1948年(昭和23年)に渡米して、アインシュタイン博士と会った際、アインシュタイン博士は、湯川博士の手を取って涙を流したそうです。アインシュタインは、バートランド・ラッセルとともに平和と核兵器の廃絶を訴える「ラッセル・アインシュタイン宣言」を提唱し、これに湯川博士を含む9名の学者が賛同の署名をしました。

 今日は、最近のこれら3つのニュースに関連して、東アジアのことを考えてみたいと思います。
 今年、2005年は、アインシュタインが光電効果の理論、ブラウン運動の理論、特殊相対性理論の、3つの革命的な論文を発表した年から100年を記念する世界物理年です。国連も2004年6月10日の第58回総会で、2005年を国際物理年と決議しました。
 アインシュタインの一般相対性理論は、1916年に刊行され、その実験的証明の1つは、1919年の皆既日食の観測によるものでした。1919年5月29日の南半球での皆既日食に向けて、イギリスの天文学者エディントンは、観測隊を率いてギニアでそれを観測しました。この日、天候は良くなかったのですが、星の撮影に成功し、写真の分析から星が確かにずれて観測されたことが確認されました。ずれの角度は一般相対性理論の方程式で計算される値と合っていました。
 アインシュタインは、1922(大正11)年11月に、講演のために日本に向かう船の上で、ノーベル物理学賞の受賞の報を受け取りました。
 物理学の世紀といわれた20世紀の初頭のこの頃、一方では東アジアで、1919年には、朝鮮で「三・一独立運動」が、中国で「五・四運動」が起こりました。いずれも抗日運動でした。1920年には、日本が国際連盟に加盟して常任理事国になり、1921年には、原敬が刺殺され、1923年には関東大震災で在日朝鮮人が殺害されたというような時代でした。
 今年5月4日に、私は韓国の高麗大学の創立100周年記念式典に参加しましたが、その機会に高麗大学の魚(オー)学長、北京大学の許(スー)学長と3人で、東亜日報の主宰する座談会に臨みました。そこでは、各国の大学が連携して、東アジアの国々で共通の歴史認識を持つための努力をしなければならない、ということで意見の一致を見ました。

 京都大学ではさまざまな観点から東アジアの研究が行われています。私自身も東アジアの変動帯の特性を調べてきました。本日、学位を授与された皆さんの論文の中にも、東アジアの地域に焦点を当てた研究成果がたくさんあります。

 経済学研究科経済動態分析専攻のデービッド・ブルース(David S. Bruce)さんの学位論文は、「国際的な攪乱の移転に関する国際経済における日本の役割」というものです。主査は橘木俊詔(たちばなき としあき)教授です。
 この論文は、いかなる要因が近代日本経済の特徴を形成したかを歴史的に考察し、また日本が国際経済の関係の中でどのように位置づけられるかを分析したものです。著者は200ほどの論文や書籍を読破し、日本語の文献もすべて参照して、明治、大正期から現代の日本経済を、世界経済との比較という観点で論じ、日本経済の特色を考察しました。

 文学研究科思想文化学専攻の李淑珠(リ シュクシュ)さんの論文は、「サアムシニーグ(Something)」を描く-陳澄波(一八九五~一九四七)とその時代-」というものです。主査は岩城見一(いわき けんいち)教授です。
 この論文は、近代台湾洋画の代表者の一人、陳澄波(1895-1947)の作品の意味を、植民地時代の歴史的情況を考慮しつつ解明することを試みたものです。
 著者は、現代の陳澄波像の不備を補いながら、戦後のみならず、戦前、戦中を考慮に入れて、この画家を捉え直そうとしました。
 そのため第一章では、画家の年表の新たな作成がなされ、これまでの年表の是正が行われ、何度も画家の遺族を尋ね、残された多くの遺品を調査、整理したことにより、これまで曖昧であった、画家の生涯と作品の制作年代に関して、蓋然性の高い年表を作成しました。本論分の「別冊」に入れた、画家所蔵の多くの作品写真、絵葉書、書簡に関する一覧表もまた、重要な情報を提供するものです。

 論文博士の田中健路(たなか けんじ)さんの論文は、「チベット高原における大気陸面相互作用に関する観測的研究」という題で、主査は、石川裕彦(ひろひこ)助教授です。
 標高4000mを越えるチベット高原は、対流圏中層における大気の冷熱源としてアジアモンスーンの形成と変動に大きな影響を与えると言われています。
 本研究では、1998年から2003年まで、チベット高原上実施した大気・陸面観測データを用いて、チベット高原上の大気陸面相互作用を定量的に明らかにしました。
 例えば、月平均でみると冬季においても高原の地表面が大気への熱源として働いていることなども、この研究で明らかになりました。

 アジア・アフリカ地域研究研究科東南アジア地域研究専攻のギエム・フオン・トゥイエン(Nghiem Phuong Tuyen)さんの論文は「ベトナム北部山地の発展過程における都市ー農村関係と郡都の役割」というもので、主査は、速水洋子(はやみ ようこ)教授です。
 この研究は、ベトナム北部山地における地方都市の役割を現地調査に基づいて検討したものです。ベトナム北部山地は、19の省都、139の県都が散在する広大で起状に富んだ地域であり、中国とラオスと国境を接し、開発の途上にあって様々な可能性とともに環境問題や貧困問題などを抱えています。
 申請者は、ベトナム人の研究者ですが、それでも北部山地の調査活動を全く自由に行えるわけではないそうです。そうした中で、本論文は、ベトナム北部山地や農村開発における都市の役割を理解する上で重要な貢献であることは間違いないと審査報告にあります。

 農学研究科熱帯農学専攻の園江満(そのえ みつる)さんの論文は、「ラオス北部の環境と農耕技術-シャン文化圏における稲作の生態-」という題で、主査は、櫻谷哲夫(さくらたに てつお)教授です。
 ラオス北部は、タイ、ビルマ(ミャンマー)、中国と国境を接し、東南アジア大陸部山地の中でも特に言語的、民族的多様性に富んだ地域であり、周辺地域との文化的交流によって特異な農耕の技術を育んだ地域です。
 本論文は、数多くの民族によって構成される複合文化交流圏にあるラオス北部の農業と農耕文化を、稲作の技術と農業生態の面から明らかにすることを目的したものです。これまでのラオス農業の見解を見直すとともに、「タイ系民族は水田農民である」とされる一般的理解にも新しい知見を加えたものであります。

 情報学研究科社会情報学専攻の三田村啓理(みたむら ひろみち)さんの論文は、「バイオテレメトリー情報によるメコンオオナマズの行動に関する研究」という題目です。主査は守屋和幸(もりや かずゆき)教授です。
 この研究では、東南アジアのメコン川水系に生息する絶滅危惧種、メコンオオナマズの資源維持管理に資するため、人工受精によって生産されたメコンオオナマズの行動パターンおよび自然環境への適応能力を把握するため、バイオテレメトリーモニタリング調査が行われました。その結果、今まで謎に包まれていたメコンオオナマズの行動生態が明らかにされるとともに、人工受精によって生産されたメコンオオナマズを用いることで資源維持管理が可能であることを示したものです。
 メコン川において、メコンオオナマズの行動を、3年に亘りモニタリングするという困難な調査を実施した結果、メコンオオナマズはメコン川において大回遊することが可能であると分かりました。また、本研究によって確立されたバイオテレメトリー手法はメコンオオナマズにのみならず、さまざまな応用が可能な手法であることが示されました。

 このように東アジアを見るということ一つをとってみても、さまざまな面からそれを見ていかなければ、理解を深めることは困難だということがわかります。今日紹介した皆さんの学位論文も、これからの21世紀の東アジアの人々の生活を豊かにしていくことに、きっと貢献するであろうと、私は思っています。また、東アジアの人々がお互いに理解を深め、相互の交流を深めていくことに貢献すると思います。そのためには、論文の成果を広く市民に伝えることが皆さんのこれからの重要な仕事の一つであるということも、ぜひ心に止めておいてほしいと思います。

 ところで皆さんは、自分の学位論文が将来どのように社会に役立つとお考えでしょうか? アインシュタインのノーベル賞の受賞理由は「理論物理学の諸研究、特に光電効果の法則の発見」というもので、相対性理論ではありませんでした。それは、ノーベル物理学賞が「人類に大きな利用価値をもたらすような、物理学の新たな発見に対して授与する」とされていることに関係があります。相対性理論は物理学の土台となる時間や空間の性質を再定義しただけで新たな発見と呼べるかどうかとか、また光の速度に近い世界の理論が利用価値があるのか、というような識者の意見があったということです。ノーベル賞の世界でも、役に立つかどうかというような議論が常に行われることがわかりますが、80年以上たった今では、相対性理論は役に立つ理論であると、多くの人たちが思っていることでしょう。
 今年の世界物理年を経て、物理学の世界で、重力を加えて「超大統一理論」が完成するのは、いつの日になるのでしょうか。役に立つかどうかというような議論を超越して、それにも京都大学の研究者が貢献できるよう、大いに期待したいと思います。

 皆さんの今日までの研究成果が、さまざまな場所で活用され、また、皆さんの研究が今後とも、ますます発展していくことを祈って、私のお祝いの言葉といたします。
 博士学位、おめでとうございます。

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