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学部入学式 式辞 (2005年4月7日)

尾池 和夫

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 今年、総合人間学部123名、文学部228名、教育学部74名、法学部340名、経済学部267名、理学部312名、医学部医学科103名、医学部保健学科145名、薬学部86名、工学部996名、農学部318名、計2,992名の方々を、この京都大学の学部に迎えることができました。入学おめでとうございます。ご列席の沢田 敏男元総長、長尾 真前総長、名誉教授、副学長、学部長、研究科長、教職員とともに、心からお祝い申し上げます。

 合格発表の日に向けて、キャンパスには課外活動を宣伝する歓迎行事があり、合格発表の掲示板の前ではアメリカンフットボールの部員が合格者を胴上げして祝ったり、記念写真をとったり、授業料値上げ反対のデモがあったりと、たいへんにぎわっていました。いずれにしても受験勉強の具体的な成果が、合格という形で祝われるのですから、皆さんそれぞれの喜びもたいへん大きいことと思います。

 今日の入学式を迎えられたみなさんの次の目標は、何といってもしっかり勉強して大学を卒業することであろうと思います。受験勉強にかえて、今日からは大学での学習に、あるいは生涯の学習にとりかかっていただきたいと思います。

 ご家族の方々も、今までの学習の支援を通して、それぞれの思いを抱いてご列席のことと思います。入学を祝い、また、これからの大学生活を見守ってあげていただきたいと思います。

 京都大学には約3,000人の教員がいます。また、約2,300人の常勤の職員とたくさんの非常勤職員がいて、皆さんの活動を支援します。また、皆さんには約2万人の現役の先輩がいます。学問に、課外活動に、ボランティア活動に、地域あるいは世界的規模の行事に、これから参加することになります。入学された皆さんは、まず京都大学の中と、京都の街や周辺の土地をよく観察してみてください。まだ知らない多様な世界がそこにはあって、皆さんを歓迎してくれることでしょう。


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 京都大学の中の一つの例を紹介しましょう。第29回ACM国際大学対抗プログラミングコンテスト世界大会が昨日、上海交通大学で開かれました。今年、京大 combatチームが、日本代表となり、さらにアジア地区予選でみごと1位となってこの世界大会に参加しました。この大会は、世界最大規模の計算機と情報処理関係の学会であるACM (Association for Computing Machinery)が主催する、大学生を対象とした国際プログラミングコンテストです。選手3名、コーチ1名で編成したチームに1台の計算機が与えられ、10題の出題、制限時間5時間で解いた問題の数で順位が決められます。公用語は英語で、出題も質問もすべて英語で行われます。

 第29回大会は、世界71ヶ国から1,582大学、4,109チームが参加し、国内予選、地区予選を勝ち抜いて、78チームが世界大会に参加しました。日本では45大学、200チーム、京大からは9チームが参加し、京都大学と東京大学の各1チームが世界大会に出場しました。今朝、成績を確認しましたが、1位は会場校の上海交通大学チームで10題中8題正解、京大combatチームは、大健闘して4題正解、CalTech、MIT、Seoul National Universityなどと同じ29位の成績を収めました。

 今日、この会場にいる新入生の皆さんも、自分たちで、あるいは先輩たちとチームを組んで、このようなコンテストに参加することを計画してみてはいかがでしょうか。興味のある方は、大学院情報学研究科の湯淺 太一教授(yuasa*kuis.kyoto-u.ac.jp)に連絡してください。(「*」を「@」に変えてください)

 京都の街のことを一つ例として紹介しましょう。京都では、大学コンソーシアム京都という組織が活発に活動しています。そこでは、例えば、京都学生祭典が行われますが、その実行委員会のメンバーを今募集しています。ホームページを見て、京都駅の近くにあるキャンパスプラザで、今たびたび夕方開かれている説明会に参加してください。今年は新しく「京宴」という踊りがこの学生祭典のために創作されました。沖縄の人たちが使う四竹という、竹で作った鳴り物を採用した踊りです。皆さんもこれに踊りのチームをつくって参加してみてはいかがでしょうか。

 京都大学での研究のことを少し紹介しましょう。

 例えば、京都大学にはたくさんの研究室がありますが、その中に「化学」という言葉の含まれる研究室がたくさんあります。例えば、量子化学、電子スピン化学、表面化学、有機元素化学、結晶化学、無機合成化学、細胞生物化学、放射線生命化学、超伝導物質化学、微生物化学というように、ずいぶんたくさんあります。今日ご列席の名誉教授、藤永 太一郎先生は、『海と湖の化学』という560ページに上る本を監修され、3月25日に京都大学出版会から出されたところです。

 化学は物質を扱う分野です。例えば、化粧品になる原料を見ていくと、ずいぶんと多様な分野から調達されていることがわかります。京都市の会社の例をあげましょう。伏見の日本酒として有名な月桂冠は、370年近い酒造りの歴史を持つ会社です。その総合研究所では、化粧水や乳液など多くの化粧品を商品化して、自然派化粧品として宣伝しています。この関連の分野は、化学研究所や農学部などにあって、醸造や微生物などをテーマとして研究します。

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 皆さんの中には20歳前の方がたくさんおられて、まだ日本酒を飲めない方が多いとは思いますが、肌の水分を保つために必要な成分を多く含むのは、実は日本酒であります。多種類のアミノ酸を含み、また有機酸、ビタミン、単糖類、ミネラルを多く含むのは、日本酒の中でも、純米酒と呼ばれるものであることが分かっているのですが、それをそのまま酒臭い化粧品として使うことはできません。そこで、さまざまな商品開発のための研究が行われ、化粧品としてようやく完成するのであります。

 月桂冠株式会社の旧酒蔵に設置された「酒蔵バイオVIL(ベンチャービジネス・インキュベーション・ラボラトリー)」には、 この3月末まで京都大学関連の研究室がいくつかありました 。

 科学の科というのはもともと分類することを表す字です。京都に山科という地名がありますが、科は品とも読めるのです。20世紀までに科学は果てしなく細分化されて発展してきました。

 例えば保存科学という分野があります。文化財を次世代に伝えていくための手法を自然科学的に研究する分野です。文化財の素材、技法、修復、保存処理などを研究テーマにします。京都大学には総合博物館があり、展示室には皆さんもすでに入ってみたと思いますが、博物館の建物の中には展示室の他に、大きな収蔵庫があります。そこにはたくさんの貴重な資料が研究のために保存されています。

 例えば、考古資料は、実物の資料だけで30万点を越します。国宝が1件あり、重要文化財は4件が含まれています。また、数千点の技術史の資料、厖大な自然科学の資料があります。京都大学全体では250万点にのぼる学術標本資料が保存されています。総合博物館では、それらを人類の財産として保存し、学内外での教育と研究に活用する仕事を行っています。

 国立民族学博物館の出している「民博通信」にも、森田 恒之さんによって虫害の苦労が紹介されています。大量の資料を持つ博物館では、その資料を虫の害から守らなければなりません。大規模収蔵庫の燻蒸による処理では、大気汚染につながるようなことになってはならないという問題があり、常に新しい虫害対策を研究しなければなりません。そこでは、虫を殺すという方法が必ずしも有効ではありません。例えば巨大な空間で燻蒸処理をすると、ガスがまんべんなく空間に行き渡る前に虫も必死になって逃げ出すのだそうです。また、ブータン国立図書館から、深刻な虫害に際して日本へ援助が求められたとき、虫害の処理の後に虫の死骸が見えてはいけないという厳しい条件が付いていたそうです。仏教国では政府が虫を殺してはいけないのだそうで、そこにも新しい保存科学の研究テーマがありました。

 展示室を閉鎖せずに巨大なものの虫害対策をする、世界のあらゆる地域から次つぎと持ち込まれる資料に付いているさまざまな虫を処理する、環境に悪影響を与えない方法を見つけだす、というようにして、多くの課題が保存科学という分野に与えられています。


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 多様な学問の分野を、あるいは21世紀のテーマであるそれらの融合を目指す分野を、よく見ていただきたいと思います。それぞれの分野の奥は深いのですが、その入り口が、京都大学に入学した皆さんの目の前にたくさんあるのです。どこからでも入ってみて、自分がもっとも関心を持った分野を見つけてください。今までの受験勉強では触れる機会のなかった学問分野がたくさんあることを、まず知ってほしいと思います。

 私は今、京都大学にある研究分野をたくさん見ています。その経験から確信を持って言えることがあります。それはどの分野であっても、研究者は目を輝かせながら、熱中して、面白くてたまらないといいながら活動しているということです。そして研究者の話を聞くと、どの分野の話もとても面白いのです。さらに、大切なのは、どの分野も人類にとって役に立つ貴重な研究成果を生み出してきたということです。

 皆さんは古都京都という世界遺産のある街で学習することになります。京都だけでなく近くには多くの平野や盆地や山地や水辺があって、それぞれの歴史を大切にしています。

 京都大学には多くの先輩がいます。哲学者の西田幾多郎が歩いたと言われる哲学の道も有名です。ノーベル賞学者が散歩して、よいアイディアを得たという北白川扇状地のゆるやかな坂道があります。

 和辻哲郎が『古寺巡礼』を出版したのは1919年(大正8年)ですが、1925年には京都帝国大学文学部倫理学講座に席を置きました。私も奈良や京都の古寺を訪ねるたびにこの『古寺巡礼』を読み返します。

 京都という地名は隣接する近江や奈良などとともに世界に知られており、源氏物語が生まれた土地であり、最近では京都議定書が生まれた場所でもあります。

 大学では、このように、さまざまな課題が果てしなく取り上げられて研究テーマとなり、その研究を進めるために、大学は必要な場所と人材と予算を求め、長い年月をかけて答えを出し、その成果を検証しつつ知識を蓄積し、その知識を社会に広める努力をします。

 研究の課題には、何かに役立つ技術の開発だけではなく、知的興味からの発想もたくさんあり、人類の永遠の課題もあります。例えば、宇宙の構造はどうなっているのか、地球の中心にはどのような現象が起こっているのか、ひとの心とはどのようなものなのか、というように、たくさんの課題が皆さんの登場を待っています。その課題が皆さんの学習の場となり、皆さんの研究の場となります。これから皆さんが取り組む学習は、どのような分野でどのような研究が行われてきたかを、まず知ることから始まります。大学の内外には厖大な知の蓄積があります。京都大学の教員や先輩の頭脳の中にある知財を受け継ぎ、次の段階へと発想を飛躍させ、新しい知の蓄積をもたらせる、皆さん方はそのような役割のもとに、今この場にいるのであります。

 これからの熱意に満ちた学習と楽しい学園生活の充実を願って、皆さんの健康と意欲にあふれた学生生活を祈って、私のお祝いの言葉といたします。

 京都大学入学おめでとうございます。

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