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名誉教授称号授与式 式辞 (2005年4月5日)

尾池 和夫

 ご列席の理事、副学長、監事、部局長、教職員の方々とともに、名誉教授の称号を受けられた皆様に、お祝いを申し上げます。長い間、京都大学の教員として学生たちを育てて下さった先生方に、京都大学を代表して心からお礼を申し上げます。

 今日の名誉教授称号授与は、2月22日付で1名、4月1日付で62名、合計63名の方々ですが、その中で、京都大学を卒業された方が47名おられます。70パーセントであります。部局によって、あるいは時代とともに、このような率が変わるのかもしれません。ちなみに京都大学以外では、東京大学5名、一橋大学2名、金沢、名古屋、名古屋市立、学習院、神戸商科、東京水産、慶應義塾、岐阜、京都学芸の各大学、それぞれ1名であります。実は、今年ご定年の先生方の中には、京都大学にかつて入学されて、1回生のとき宇治のキャンパスにあった教養部で学習された方々がおられると思い、ご出身の大学の統計をとってみたのです。たぶん宇治での教養部最後の世代になると思います。

 今日名誉教授になられた先生方の中には、相前後して、ともに部局長会議のメンバーとして同席させていただいた先生方もたくさんおられ、私にとってもまことに感慨深いものがあります。その中で、東山 紘久先生、田中 成明先生には、引き続き理事、副学長をおつとめいただきます。

 田中 成明先生は、私が理学研究科長のときに部局長会議のメンバーでした。理学研究科で朝鮮大学校の卒業生を修士課程に受け入れるときに、部局長会議でその方針の説明をしたのですが、そのとき私は、例えば3歳の子供が受験を申し入れてきたとしても、法的に考えて理学研究科としては受験させるつもりですと説明したのですが、即座に法学研究科長の田中先生から、法の前に常識というものがあるでしょうと厳しくご注意をいただきました。法というものは人が作るもので、時間と空間の中で変化していくものであると、私はそのときあらためて認識したのです。

 本庶 佑先生は、医学研究科長として2回、部局長会議に同席させていただきました。先日も申し上げたのですが、本庶先生は小学校のときには、早く遊びに行きたくて宿題は出たその場で処理したそうですが、部局長会議の席では、その場で処理できないような厳しい宿題をたくさん残されました。そのいくつかは解決したと思いますが、まだ結果の出ていないこともあります。本庶先生の方針では大学本部への申し入れはいつも書いたもので渡すという方針だということで、何回もお手紙をいただきましたが、これは特に他の先生方に波及しないことを祈っております。

 田中 紘一先生には、病院長として2パーセントの経営改善計数などのご苦労をかけ、また、個人的にも身体障害を持つ私は人一倍お世話になりました。ありがとうございました。

 中西 重忠先生、柳田 充弘先生には、今年1月、シンガポールで開催した京都大学国際シンポジウムに、京都大学の生命科学の研究者の、22名の学生を含む42名の団体で参加していただき、現地の伊藤先生たち、シンガポールから325名もの参加を得て、すばらしい成果をあげていただきました。

 赤岡 功先生、佐々木 丞平先生、高月 紘先生はじめ、おおくの方々に全学機構の立ち上げのためのお仕事をしていただきました。井上 和也先生には、京都市など自治体の防災対策の仕事でもご協力をいただきました。

 もちろん、この他にも多くのことを思い出します。それぞれ、私にとって貴重な学習の機会をいただきました。今、さまざまなことを思い起こしながら、あらためて皆さまへの感謝の気持ちで一杯です。心からお礼を申し上げます。

 とりわけ法人化して1年という激動の時期に、京都大学を支えてくださった皆様方には、学問の場を守るという重要な役割をおつとめいただきました。ありがとうございました。そのご努力を活かして、さらに私どもも努力を続けていく所存です。今後とも、ますますお元気で、引き続き後進のご指導を賜りますようにお願いし、京都大学をよろしくとお願いして、私のお祝いの挨拶といたします。

 本日は名誉教授まことにおめでとうございます。

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