セクション

退職者懇談会 挨拶 (2005年3月28日)

尾池 和夫

 昨年4月1日に法人化して、職員の皆さんには、私は、失敗をおそれない職員であってほしいとお願いしました。役員会が決定権と責任を持つという制度になり、学生へのサービス向上を目指したものである限り、失敗の責任は私が取るから、信じるところを実行してほしいとお願いしました。それから早や1年、皆さんは京都大学を退職されることになりました。今日、この懇談会には、定年退職と勧奨退職の方々78名、その他に20年以上の勤務の方々19名、合計97名をお招きしました。20年以上の勤務者の中には9名の非常勤職員がおられます。

 法人化という変革の中で、皆さんには本当にご苦労いただきました。何よりもまずそのことに深く感謝いたします。法人化の仕組みにはさまざまな問題点も多く、完全に軌道に乗ったとはまだ言えないと思っています。しかし、皆さまのおかげで、京都大学はずいぶん順調に新しい制度の中で仕事を進めることができました。これは教育と研究を支える職員の皆さんの支援があってこその進展であります。

 今、法人化から1年というので、いろいろの機会にそのことが話題になり、シンポジウムが行われ、インタビューがあり、大学の状況や私の感想がたずねられます。朝日新聞社のシンポジウムでは、職員の公務員意識が強く残っていることを話題にしましたが、それに対してすぐに、若い職員から、学習会を開きながら京都大学のために頑張っている実例の紹介があり、このようなことをきちんと評価するようにという趣旨のご意見をいただきました。私はそれが本当にうれしく、たいへん心強く思い、感激しました。

 このような意見がすぐに寄せられることこそ、私が昨年4月にお願いしたとき描いていた京都大学の職員の姿でありました。先週土曜日には、大学コンソーシアム京都の京都高等教育研究センター設立記念シンポジウムで、やはり職員のことを質問され、このことも話しました。法人化1年の今、そのような話ができるのも、皆さんの今までの仕事の蓄積があり、皆さんによる後輩のご指導があってこそだと、あらためて皆さんのご努力に感謝する思いであります。

 大学は零細企業の団地のようなもので、教員は一人ひとり異なる分野の仕事をしていて、学生はさまざまな分野の学習と研究をしています。大学の教育と研究を支える職員の仕事は、たいへん多様なものであります。今日の名簿を見ながら、退職される皆さん一人ひとりの仕事に思いを馳せるのですが、その多様性は今後もますます幅広くなっていくことと思います。

中央が矢部さん

 防災研究所の技術職員の方たちが、「技術室通信」という報告書を出していますが、その第70号(1998年3月25日発行)には、鳥取観測所の矢部 征さんが「97年度王滝村電磁気合同観測に参加して」という報告を書いておられます。教育研究のための施設が全国に展開しているのが京都大学の大きな特長ですが、そこでは特にさまざまな仕事があり、矢部さんは事務官として入ったのですが、観測や研究を支援する仕事を何から何までこなしてこられました。この報告のとき観測に参加したのは13大学から約30名、そこで、車の運転、ケーブル張り、穴堀りというような仕事があるのです。矢部さんは次のように書いています。

 「観測は、比較的電車からの漏洩電流の少なくなる夜間に行われるので、昼間に点検、調整、バッテリー交換、タイマーセット等の準備を毎日各観測点を廻って行い、メモリーに収録された前日の夜間のデータを回収するというものであった」

とあり、さらに

 「天候も良く、日毎に紅葉も美しくなり、御嶽山を眺めながら入った露天風呂、そしてめったに運転出来ないあの標高1,300mの山道を毎日運転した喜びを感じながら10月21日王滝村を下山いたしました」

とあります。

 矢部さんは今は技術専門職(掛長)ですが、あるときには出張して野外でのこのような観測の仕事もされました。このような仕事が、京都大学にあり、それがあってこそ教育と研究が進むのであります。法人化した国立大学の職務規程の中に、どのようにそれが反映されているかを今後もよく考えていかなければなりません。

 本当に多様な大学の仕事の中の一例だけを、代表として紹介しましたが、それを皆さまのご苦労への感謝の気持ちの代表とさせていただきたく存じます。京都大学のために長い間ご努力下さったことに、京都大学を代表して深く感謝申し上げます。そしてまた、次の多様な人生を、お元気で楽しんでいただきたく思います。その中で、この京都大学を皆さんが育てたという思いで、また皆さんの母校だという思いで、いつまでも見守っていただきたく、よろしくお願いいたします。

 どうもありがとうございました。

前のページに戻る