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卒業式 式辞 (2005年3月24日)

尾池 和夫

 本日、卒業される、2775名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。ご来賓の長尾前総長、名誉教授、ご列席の副学長、研究科長、各学部長、教職員とともに、またご家族とともに、皆さんのご卒業を、心からお祝い申し上げます。京都大学を卒業した方たちは世界で活躍してきましたが、皆さんで卒業生の累計は、京都大学の108年の歴史の中で、17万1185名となりました。皆さんには、16万8410名の先輩がいるのであります。

 社会人として活躍する場所を得た方、進学して学問の道を深めようとする方たち、さまざまな方向へ一歩を踏み出そうとしている皆さんは、今、さまざまな思いを抱き、それぞれの感激にひたっていることと思います。京都大学が国立大学法人によって設置される新しい制度のもとで、初めての卒業生ではありますが、京都大学は変わることなく、皆さんの母校として教育と研究を続けていきます。

 卒業した後、皆さんにはあるときにはきびしい試練が待っているでしょうし、あるときには学問をしてきた大きな幸せを感じる場面も待っていることと思います。そのときどきに大学で学習したことを活かしていっていただきたいと思います。また、卒業したあとも皆さんの後輩たちのために、同窓会に参加し、母校のことを思い出して、後進を見守ってあげてほしいと思います。

 祝辞を述べるにあたって、この1年のことを思い起こしてみました。国立大学の法人化という大きな出来事が皆さんの学問にマイナスの影響を与えなかったかと、私はそれを心配しておりました。とくに皆さんの後を進む方たちに、授業料の値上げという、あってはならないことが発生したのが、痛恨の極みであります。

 また、昨年1年を通じて、あるいはこの日曜日にも起こりましたが、日本列島を、あるいは世界の諸国を、自然災害がつぎつぎと襲うということを経験しました。私たちの暮らす固体地球の表面から上の大気圏や、地表から下の岩石圏にさまざまな現象が発生します。大学の教育と研究の役割には、このような大気圏の現象を知り、足元の大地を作る岩石圏のこと知って、地球という星を位置づける太陽惑星圏を知り、そして宇宙を知って、ものごとを考えるという分野があります。

 兵庫県南部地震とその地震によって起こった阪神・淡路大震災から10年が経過しましたが、その10年の間にも京都大学の知の蓄積が確実に積み重ねられました。堀高 峯さんという先輩が博士学位論文として発表した研究は、西日本が現在、地震の活動期であることを裏付けるものでした。

 今年1月に実施された入試センター試験の地学の問題には、地球に関する基本的な知識が網羅されていました。地球と人間に関する問題、海底地形や岩石、鉱物の問題、天体の運行と人間生活に関する問題、資源と人間生活に関する問題、地球の活動と災害に関する問題、あるいは天体、大気と海洋、地球の形やプレート運動、地質図や地球を構成する物質など、いずれも私たちが、京都大学の基本理念にもある地球社会の調和ある共存の課題について考えるときに必要な基礎知識に関する問題であったと思います。

 21世紀に入る前から、市民の科学技術への期待は変化し、地球と人の共生、心の豊かな社会、安心な生活が重要とされてきました。そして、心の豊かさに科学技術は貢献すると人びとは思っています。科学者は心そのものに近づきたいと考えています。一方では、日本でも、市民の科学技術への関心が薄れています。科学技術が便利な暮らしを支えているのに気が付かないからでしょうか。私は少年のころ、ラジオを作り、時計を直し、外国の短波放送のベリカードを集めて楽しみました。今では機械はほとんど壊れなくなって、皆さんは身の回りの機械を直すことをあまり経験しなくなりました。現在では、機械の代わりに壊れやすいパソコンのシステムを直して楽しむことが多くなっています。便利な道具と生活の背景にある科学や技術が見えにくくなってしまったのかもしれません。


 市民の望む、人と地球の共生のためには、人は地球をよく知ることが重要でしょう。地図で見て、日本と同じような大きさの島ですが、イギリスの大地は日本列島とはまったく異なっていて、気候もちがうし、安定大地には地震が起こることもありません。イングランドには活断層運動がないので、地形には起伏が少ないのです。同じ地球の上にいても自然はさまざまの姿を見せます。

 一方、京都には、変動帯の活動で山と盆地と扇状地ができました。プレート運動で北半球に陸が集まり、気候が変化し、京都盆地には豊かな地下水を含む厚い堆積層ができました。そこに生まれ育った京都の文化は、いわば変動帯の文化であります。京都の文化はもともとローカルなものですが、世界の人々が多様な価値観を容認することによって、多様な文化の相互理解を通じて、最もグローバルなものになる可能性を持っていると私は思っています。最もローカルな文化こそ、最もグローバルなものと言えると思います。それはまた、どの地域の文化についても言えることでありましょう。

 1995年1月17日の兵庫県南部地震のあと、私は地震の研究者として、さまざまなことを考え、そしてすでに10年がすぎましたが、あの大震災のあと、自分の持っている専門家としての知識と市民の持っている地震の知識に、たいへん大きな違いがあるということを、あらためて確認しました。研究者は学生に教えるだけでなく、社会に知識を広める努力をしなければならないという思いを強く持ちました。知識を伝える仕組みを大学が組織的に備えていかなければならないと思います。

 昨年も、インドネシアのバンドン工科大学で、21世紀COEプログラムの1つである「活地球圏の変動解明」のグループの主催による夏の学校に私も出席しましたが、そのバンドン工科大学のクスマヤント学長と自然災害の軽減のための研究と教育を進めなければならないと話しましたが、それが進む前に、インド洋に起こった大津波のニュースを見ながら、また専門家の知識と世界の市民の知識との差を思い知らされる出来事を経験する思いでした。

 京都大学の基本理念には、地球社会の調和ある共存に貢献するということばがあります。地球科学の研究者にとっては、地球に大きな現象が起こるたびに「なるほど」と教えられることばかりで、思いもよらないというような現象はあまり起こることはありませんが、世界の市民にとっては思いもよらないという現象がたびたび起こるのです。市民の知識と専門家の知識の差が大きいということを、自然災害が起こるたびに、くり返し教えられるのです。

 地震や噴火のような突発現象でなくても、地球にはさまざまな自然があります。例えば、どこの陸にも河川がありますが、この河川についても単に自然の河川としての性質だけでなく、国際社会の中での多くの課題を私たちは考えていかなければなりません。

 日本は全体が島で構成されているから陸上に国境がないのですが、したがって、いわゆる国際河川がありません。大陸には普通に国際河川があって、国際河川の流域は地球上の陸地の45パーセントにもなるといわれます。例えば、スーダンから流れ出るナイル川の水は、下流のエジプトの総水利用量の97パーセントを占めているそうです。

 ナイル川の他にも、北米のコロラド川、南米のラプラタ川、ヨーロッパのライン川やドナウ川、中東のヨルダン川やチグリス・ユーフラテス川、アジアのインダス川、ガンジス川、プラマプトラ川、メグナ川、メコン川とよく名の知られている大河は、大きな流域面積と川をめぐる紛争をかかえる国際河川です。そのような河川の問題をさまざまな側面から考えていくことも、今日卒業する皆さんに与えられた重要な課題の一つと言えます。

 地球に住む霊長類のことも少し考えてみましょう。昨日、アフリカのギニア共和国から私の部屋に来客がありました。ギニア高等教育省科学技術研究局副局長のタンバ・タビノ(Tamba Tagbino)さんです。私たちは学術交流をさらに進めることを話しました。

 京都大学霊長類研究所では、ギニアのボッソウ村にいる野生チンパンジーの生態や行動の研究を行っています。杉山 幸丸さんが1976年に調査を開始し、今、松沢 哲郎さんたちが研究を続け、来年で30年になります。ボッソウのチンパンジーは1群だけで、その数は、ほぼ20人前後です。松沢さんはチンパンジーも20人と数えます。ボッソウのチンパンジーが生き残るために、松沢さんたちは、ボッソウとニンバ山のあいだにある長さ4kmのサバンナに「緑の回廊」を作ることを思いつき、1997年1月から仕事を始めました。松沢さんたちは、ボッソウ村で人と共存する珍しいチンパンジーの群れを守るために寄付を募っています。皆さんも松沢さんのサイトを読んで、今日の卒業の記念として、その運動に寄付をしてみてはいかがでしょうか。そして、いつかギニアをぜひ訪れてみてほしいと思います。京都大学は、そのような遠い場所にも、研究の拠点をさらに大切に育てていきたいと思っています。
霊長類研究所チンパンジーワールド

 地球のことを、あるいはそこに住む人の社会のことを知るのは研究であり、市民にその知識を伝えるのは教育です。研究は進んでいても、その成果が市民に伝わらなければ役に立ちません。大学で仕事する研究者自身の著作活動、講演会やテレビ番組企画への協力なども重要なことですが、市民にわかりやすく話をするということは、かなり訓練をしないと、たやすくできることではないのも確かです。大学が行う広報活動、ホームページなどでの情報の発信、講演会や展示会、博物館など、市民に開放された場を通じて行う活動もあります。京都大学を卒業する皆さんも、大学で得た知識を市民に伝える役割を、ぜひはたしていただきたいと思います。

 京都大学の卒業生となる皆さんは、平和を大切にする人であってほしいと願っています。広島の原爆ドームの周りにある大きな楠は、広島市の木に指定されていますが、同時に京都大学のロゴマークにもなっています。日本の都市で、京都に次いで世界の人々が知っている都市は広島です。社会に出る皆さんは、世界の平和を大切にし、地球を大事にする人であってほしいと思うのです。そして人類の福祉に貢献する仕事をしてほしいと思っています。また、何よりも大切なことですが、健康に気をつけて心身ともに元気に仕事をしてほしいと願っています。

 これからの人生を大切に生きていってほしいと願って、私のお祝いの言葉といたします。ご卒業、おめでとうございます。

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