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上宝観測所創立40周年記念式典に出席して (2004年10月14日)

尾池 和夫

 岐阜県吉城郡上宝村役場で開催された防災研究所地震予知研究センター(外部リンク) 上宝観測所(外部リンク)の創立40周年記念式典に参加し、祝辞を述べ、記念講演会で「地震火山庁の設置を-地球の中を見る目」と題して話をした。

SMART

 次の日、理学研究科飛騨天文台(外部リンク)を訪問し、太陽や惑星などの観測に昼夜を分かたず活躍する様子を久しぶりに視察した。今では主として太陽に重点を置いて研究していて、この研究成果はいずれ銀河系の研究に活かされることになるであろう。この天文台に最近設置された太陽磁場活動望遠鏡(SMART)は、太陽の全体像をとらえるものとして世界最高の分解能を実現したものである。

上宝観測所40周年記念式典祝辞

 上宝観測所40周年を心からお祝い申し上げます。また、この創立に関わった一人として、上宝村の皆様、小池強村長、下野瞭夫議長はじめ関係の皆様のご協力に、深く感謝いたします。
祝辞の最初に短歌を一つ紹介します。

撃たれたる熊が谷間に落ちゆきし 話ののちは吹雪となりぬ  松田久江 歌集「オー焼岳」より

 これは、上宝村本郷の食堂「まつや」の女将が、上宝村の冬を詠んだ歌です。この食堂には全国から、山登りの人たちや旅行者が訪れ、そして京都大学の教職員、学生たちが、地質調査で、あるいは宇宙や地球の観測で、お世話になってきました。とくに「トンチャン」が名物で、ときには熊の鍋などもありました。沸騰したお湯にササガキごぼうと大根、ジャガイモ、そして熊肉を入れ、あくをすくい、味噌で味付けするだけが熊鍋のコツだそうです。

食堂「まつや」

 水芭蕉が熊の好物だということを最近になって知りましたが、技官の細さんたちと座禅草をはさんで熊の親子と見つめ合ったこともありました。熊というと上宝、トンチャンというと上宝というように、自然の恵みの味とともに、上宝村大字蔵柱の地球観測のためのトンネル、跡津川断層での微小地震観測というように連想が続きます。自分で設計して、技官や院生の皆さんとともに設置した機器で、初めて地球の自由振動を記録したり、深発地震の長周期波形を観測したのも、この蔵柱のひずみ地震計によるものでした。

 飛騨天文台の創立30周年を祝ったのが1998年でした。地球から近い天体を観測するのに適した、気流の安定した場所が選ばれたのですが、そのときの活動基地も上宝観測所のある場所で、私もそこで天文台の方々の話をよく聞きました。以来、太陽と惑星を主な研究テーマとして飛騨天文台は発展してきました。京都市にある花山天文台とともに一般公開もときどき行われて、たいへん人気があります。

焼岳火山防災マップ

 観測所のある上宝村は、明治の頃、上高原郷をもとに命名された村であります。日本一の露天風呂が有名で、北アルプスを見渡す自然の景観は他に比べるものがありません。また地学を志す者にとっては、日本最古の化石とか、恐竜の卵とか、多くの魅力を持つ村であります。
私も地殻変動観測所の場所を決めるときに、そのころ上宝村の助役さんだった吉岡さんにずいぶんお世話になりました。そして結局上宝村には、防災研究所附属災害観測実験センター穂高砂防観測所(外部リンク)を含め、京都大学の3つの施設が、相次いでお世話になることになりました。


噴煙を上げる焼岳

 上宝村で行われるのは観察と観測であり、それらは宇宙を見る目、地球内部を見る目、地球表層を見る目であります。自然を見ることでは、豊かな生態系、更新世上宝火砕流堆積物、大規模な活断層である跡津川断層、飛騨片麻岩、船津花崗岩類、眼球片麻岩とさまざまなものがあり、自然の現象としては、高原川の洪水、焼岳の噴火、融雪による火山泥流、跡津川断層の大地震、斜面崩壊、土石流、雪崩など、さまざまな現象があります。焼岳は、たまたま雲の切れ目から今日も見えていて、噴煙を上げています。大噴火すると火砕流が流れ下ってくる可能性のある火山です。

上宝観測所・蔵柱観測坑道
(E2成分でS45°E方向)

 地球を測るという仕事は、古く紀元前2000年頃にエジプトのピラミッドの水準測量が知られており、地球の現象に人が関わる仕事は、中国で夏王禹が黄河の治水に成功したというような歴史があり、その延長上に、この村での研究があるのです。となりの神岡では、東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設「スーパーカミオカンデ」があり、つくばから神岡へニュートリノを打ち込んで、ニュートリノ振動を検証するK2K実験が計画されています。神岡地下実験施設に設置された低温重力波検出装置では、地下の岩盤で、アームの長さ100mのレーザー光干渉計が設置されており、いずれも京都大学の研究者たちが中心的な役割を担って計画を進めています。

 蔵柱の観測用トンネルの場所を決めるのには苦労しました。私が学部を卒業して1年後くらいの時、険しい山谷を登ったり降りたり、大変でしたが、世界でも有数の静かな観測環境が今でも保たれるトンネルが出来たと思っています。


 日本はプレートの収束する東アジアの中にあって、大地震や噴火や津波を起こしながら成長する列島にできた国です。その変動帯の文化を持つ日本の地球科学を支え、日本人の悲願でもある地震予知の研究を進めるために、上宝観測所はその中心的役割を果たす場所です。上宝観測所が今後ますます発展するよう期待し、皆さまがたのご支援とご協力をお願いして、私の祝辞といたします。ありがとうございました。

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