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第3回日中大学長会議に参加して (2004年8月6日)

尾池 和夫

 北京市の老舗のホテルである北京飯店で、8月1日から3日まで、2日の会議を中心にさまざまな活動をしました。

 2日の9時から、北京大学の許 智宏学長が開会の挨拶を述べられました。また、周 済中華人民共和国教育部長が、開会にあたって挨拶されました。そこで、中国の高等教育の改革が急速に進められている状況が詳しく紹介されました。2007年までの新しい計画の中での、2つの戦略的重点、6つの重要プロジェクト、6つの重点措置について説明されました。
 戦略的重点の第1は農村教育で、西部地域での9年制義務教育の普及であり、第2は高い水準の大学の建設だということです。中国のイノベーション能力と国際競争力の向上が目標であるとして、その目指すところが詳しく紹介されました。

会議にて発言中

 ついで、佐々木 毅東京大学総長の司会で日本側の報告があり、近藤信司文部科学省審議官が国立大学法人化の趣旨を述べられました。審議官の口から、あらためてその改革の経過や、「今後さらに大学の再編が進んでいくものと考えています」というように、文部科学省の明確な考え方を聞くことができるのも、外国の会議に参加する場合の利点のひとつです。近藤審議官は、日中間の大学交流にふれ、留学生の交換についても述べられました。研究者の交流についての実績にもふれ、最重要課題の一つとの位置づけから、今後の質の高い留学生を受け入れたいという方針を述べられました。

 日本学術振興会の小野 元之理事長は中国語で挨拶して報告を始められました。日本学術振興会は日中学術交流でも重要な役割を占めており、最近、北京事務所を開設しました。小野理事長は、日本の、2000億円に達した振興会の資金のほとんどが競争的資金として配分される意義と仕組みを説明し、最後に、日本の大学の学長に求める「10大力」について述べられました。それを、私は、司会席の佐々木学長と思わず顔を見合せて苦笑して聞きました。司会席の許学長も声を出して笑っていました。

 コーヒーブレイクのあと、次のセッションでは、王 生洪復旦大学長の報告で、日中交流の状況が紹介されました。早稲田大学との間では学位授与まで含めた協定が交わされました。京都大学の上海研究中心(センター)のことも紹介されました。人材交流でもたいへん広い分野にわたっていることを評価し、留学生の交換での問題点をあげ、奨学金制度の整備を提案されました。潘 雲鶴浙江大学長の報告は、第1回の東京大学での日中大学長会議からの話をされました。今進められている中国の大学改革のことが話され、大学の評価の仕組みでは、教育と研究とのバランスをいかにとるかを重要なポイントであり熱心な議論が進められているということです。

 次に東北大学の吉本 高志学長の司会で日本側の発言が行われ、東北大学のことが紹介され、ついで私が法人化した具体的な例として京都大学の状況を簡単に報告しました。日本は、千数百年前、大学や博士の制度を中国から学んだ歴史を持っています。今回は周先生の報告にあるように急速な改革を進める中国に学ぶ機会が得られ、大変感銘を受けます、と始めました。私は、特に日中国交回復直後から、学術の日中交流は勢力的に進められたと述べ、第3回日中大学長会議に出席できて、大変うれしく思うとして、近藤審議官、小野理事長の報告を受けて、一つの大学の立場からとらえた国立大学法人化の問題を紹介しました。

 歴史では、1877年の東京大学の設立、1897年京都大学の設立が、近代の国立大学の歴史にあります。太平洋戦争のあと、20世紀半ばの大改革で新制大学の制度が導入されました。その後の大改革が今回の国立大学法人化です。その内容はすでに報告されましたが、その流れの中で京都大学を例として具体的な話をしました。
 百年の歴史を持つ国立大学の制度改革は、大学の総力をあげて取り組むことを求められる、大変な努力を必要とする改革であります。
 また、競争的資金に関しては、校費の教官当り積算校費の配分、科学研究費などの個人やグループの間の競争資金、21世紀COEプログラムによる大学間の競争という流れの意味を考える必要があるということも話しました。
 最後は中国からの留学生が多く日本に学んでいるが、相互に質の高い留学生の交換を企てることを、私も望んでいますと結びました。

 教職員の給料、学長の人事権、授業料の決定、学長選考の方法などについてたくさんの質問がありました。佐々木総長から中国側への質問が出され、留学生の交換についての制度の議論になり、学位制度などのことについて白井 克彦早稲田大学長からも考え方が紹介されました。潘 雲鶴学長からは専門科目に関する問題が出され、文理融合や専門の変更の制度のことに関して意見が出されました。
 理事会の構成はどのようになっているか。経費の問題で寄附は税制の改革が必要だが、どのように考えられているか。教職員は非公務員になったが、文部科学省との関係はどうなるのか。教員の任期は6年の評価でどうなるか。基礎研究はどう評価するか。中国側からの質問はたいへん具体的でした。
 近藤審議官から、簡単に答えがありましたが、特に税制上の優遇措置が大切という点には引き続き改革していきたいと言われました。人事の問題は頭の痛い問題であり、人事交流をどうしていくかは時間をかけて解決していくことであるという説明が行われました。

日中大学長会議の懇親会で演説する日本学術振興会小野理事長

 昼休みには、北京大学電視台(テレビ)の劉 星さんのインタビューと、中国教育報の唐 景莉さんの取材を受けました。また昼食のテーブルでは中日友好協会理事の林佐平さんと国際交流の話をしました。

 午後のセッションでは、まず顧 秉林清華大学長が、英語による授業や授業料、単位、学位などを検討したいと発言されました。また、21世紀COEプログラムを共同で進めたいとも提案されました。南京大学は、1994年「中国211プロジェクト」の対象大学に選定され、現在、日本の21大学と交流協定を結んでいるそうです。中国の東北大学の赫冀成学長が、日本の東北大学との全面的交流を報告しました。

 私は、国際化のために英語で教育する計画についてその重要性を認めつつも、一方で、我が国と中国が、生物、医学、地学などの分野で100年以上、共通の用語を交換してきたことを挙げ、漢字文化を育てることを考える必要もある、との意見を述べました。この意見には多くの賛同者がありました。

 宮原 秀夫大阪大学総長の司会で、梶山 千里九州大学総長が発言され、九州芸術工科大学との合併による総合科学と感性の融合の報告がありました。安西 祐一郎慶応義塾長の代理で田中俊郎常務理事、候自南開大学新学長、平野 真一名古屋大学総長、謝 縄武上海交通大学学長、白井 克彦早稲田大学総長たちがさまざまな面から発言されました。大西仁東北大学副学長からは、この日中学長会議のメンバー大学間の協力について、標準化する努力をして、重複している労力を効率化してはどうかという意見が述べられました。宮原総長は言語とともに、奨学金と入試の制度を整備する必要があると述べられました。英語で授業をする学部を作った早稲田大学でも、新しい経験をしています。アメリカで中国人が授業を受けるのと、日本で英語の授業を受けるのとでは、文化という面で同じではないという見解を紹介されました。

 最後のセッションでも議論が続き、謝学長は、学長の交流も大切だが、それが作った道に沿って研究者が交流することがさらに大切だと述べられました。平野学長は、名古屋大学の発展を力強く紹介されました。白井学長は、一つの大学の一つの学部で教育を受けただけでは、これからの国際社会では十分には活躍できないであろうと言われました。北京大学-早稲田大学共同教育科研連合センターで、共同研究事業と教育事業を行うそうです。早稲田大学から中国に留学を希望する学生が急速に増えているということです。また、蘇州市と早稲田大学との協定で、連携を進めていく計画であるという話をされました。

 鷲田清一大阪大学副学長は、競争も大切だが、協調も必要だという意見を述べられました。それに賛成して、朱清時中国科技大学長は、東方の文化の大切さ、多様な文化の重要性を紹介しました。その例として安徽省の民家の智恵を紹介し、アジアの文化の長所を、持続可能な社会のために考えたいといいます。欧米の考え方にある、意に反する者は排除するという思想とは異なる考え方もあるという意見を述べられました。
 まとめのセッションで、佐々木総長と許学長とがしめくくりました。とくに佐々木総長は、留学生の質を高めることに熱心な議論があったことを強調し、大使館も含めて国費留学生のことも考える必要があると述べられました。また東アジアが持つ文化的、人文的社会認識を持って、東アジアを深く理解する人材の育成が必要と述べられました。中国教育部の章 新勝副部長が閉幕の挨拶をして会議は終了しました。

 会議の後、8月3日には清華大学を訪問し、数百年前のすばらしい古建築物にある顧学長の執務室を見せて戴きました。長い歴史を感じさせる建物でした。物理学の玄関には後漢の時代の張衡の名がありました。学生寮の大団地には圧倒されました。

清華大学の顧学長と学長室の前で 清華大学の顧学長と学長室の前で
清華大学の物理学教室と
野外講義広場清華大学の学生寮
復旦大学の京都大学上海研究中心 復旦大学正門にて
復旦大学の日本研究中心図書室 復旦大学の日本研究中心の部屋で。
前列向かって左端が燕 爽副書記

 上海に移動して、4日には復旦大学にある京都大学の上海中心(センター)を訪問し、百周年の記念日に向かって、すさまじいまでのビル建築ラッシュの大学構内を案内して戴きました。上海センターの曽 憲明さん、北野 尚宏さん、復旦大学日本研究中心の載 暁芙さん、ハン 勇明さん、それにずっと同行して戴いた山本 裕美教授に、さまざまなことを教えて戴きました。とくに復旦大学党副書記の燕 爽さんからは、力強い説明を聞きました。若さにあふれる30歳代の幹部役員でした。
 上海総領事の杉本信行さんの公邸で、京都大学の卒業生たちが、範雲濤さんたちの世話で集まってくださって、夜遅くまで私たちの日程が終わるのを待って迎えてくださいました。そこで、最近の京都大学の状況をスライドで見て戴き、総領事はじめ皆さんにたいへん喜んでいただき、琵琶湖就航の歌を唱って盛り上がりました。

 そう言えば、北京の雑誌にも東京大学と早稲田大学と大阪大学の同窓会の広告が出ていました。世界の各地に活躍する卒業生の方たちが、このようにして集まってくださるのをお手伝いするためにも、京都大学同窓会を作らないといけないという思いを強くして帰国しました。

上海市バンドのパノラマ

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