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ユーラシア文化研究センター開設記念シンポジウム開催を祝して (2004年5月15日)

尾池 和夫

 京都大学文学研究科附属ユーラシア文化研究センターの開設を記念して、今日のシンポジウムが開かれることを、心からお祝い申し上げます。このセンターは、京都大学が誇りとする、ユーラシア大陸での歴史学的、考古学的研究などの成果を世界に発信する拠点であります。

 1882年の今日、5月15日、後に歴史学者、世界的な東洋学者となり、また、京都帝国大学の第12代総長ともなった、羽田 亨(はねだ とおる)さんが京都府で生まれました。羽田記念館は、この羽田 亨博士(1882-1955)の学問的業績を記念し、あわせて内陸アジア全域の歴史・言語・文化・社会・宗教などの研究を推進する目的で設立されたものであります。

 本館の鉄筋2階建ての建物は、京都大学工学部の増田 友也教授の設計で、三島海雲記念財団および武田薬品工業株式会社社長の武田 長兵衛さんの援助で、1966年3月に完成しました。蔵書の数は現在10000冊を超えるそうです。

 武田薬品は誰もが知っています。三島海雲さんは「カルピス」の生みの親です。モンゴルの乳酸飲料に感謝して、人文科学、特に内陸アジア史への援助を惜しまなかったことでも有名であります。その三島氏が所有するカルピス株式会社の株券をもとに三島海雲記念財団が創設されたと聞きます。

 羽田記念館定例講演会は、1980年6月21日に第1回、10月に第2回というように年に2回、精力的に開催されました。私のように離れた分野にいる者でも、第4回の「最近の西夏研究」など、興味深いものでした。敦煌を攻略し、いったんシルクロードの覇権を握った西夏王国が、漢字に似た独特の文字を遺して歴史の舞台から姿を消しました。この謎の言語と文字の全貌を甦らせた西田 龍雄先生の話です。敦厚は京都と同じく活断層地形の地域ですが、地震を表す西夏文字は、二文字でできていて、最初の文字は「動く」という字の上に「土かんむり」が載っていて、次の字は、その字の左側に「人」が寄り添うという字であります。

 昨年11月の第51回定例講演会は、21世紀COEプログラムの研究会「ユーラシア古語文献の文献学的研究」との共催で行われました。

 そして本日、羽田記念館に文学研究科ユーラシア文化研究センターが誕生したのを記念してのシンポジウム「京都大学における中央ユーラシア研究の軌跡-歴史・考古・言語-」の開催であります。

 私は、実はちょうど10時30分に京都御所を出発する葵祭の観覧席の切符をもらっていたのですが、それを人に差し上げて、こちらに駆けつけたのであります。葵祭にもかかわらず、たくさんの方々のご出席に感謝して、私の挨拶といたします。本日は、まことにおめでとうございます。ありがとうございました。

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