森和俊 大学院理学研究科教授、山中伸弥 物質 - 細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター長がガードナー国際賞を受賞 (2009年3月31日)

森和俊 大学院理学研究科教授、山中伸弥 物質 - 細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター長がガードナー国際賞を受賞 (2009年3月31日)

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森和俊 大学院理学研究科教授の主な業績

小胞体ストレス応答の発見とその主要シグナル伝達経路の解明

 細胞が産生したタンパク質が正常な機能を発揮するためには、その高次構造が正しく形成される必要があります。この過程は、ホルモンのように細胞外に分泌されるタンパク質や受容体などの細胞膜タンパク質の場合、小胞体という細胞内小器官で生じ、生体はこの過程を厳密にチエックしています。高次構造がうまく形成されないタンパク質が蓄積すると細胞機能に異常をきたし、結果として糖尿病、パーキンソン病などの神経変性疾患、動脈硬化、がんなどの発症・進展の原因となると考えられています。

 森博士は1993年に酵母小胞体で不良タンパク質の存在を感知するセンサー分子Ire1pを、アメリカのP. Walter博士らと同時に発見しました。この発見により小胞体ストレス応答なる新たな研究領域が開拓されました。その後も森博士はこの分野の国際的先駆者として数々の業績を成し遂げました。酵母において、小胞体ストレスに対処する種々の分子の発現量を増加させる転写因子Hac1pを同定するとともに、Ire1pからHac1pへ情報が伝達する仕組みを解明しました。さらに、哺乳動物の小胞体ストレス応答に研究を展開し、酵母Hac1pに相当するヒト転写因子ATF6, XBP1を発見するとともに、その制御機構を明らかにし、小胞体ストレス応答が酵母、線虫からほ乳動物まで保存された機構を有することを見つけました。

 小胞体ストレス応答は免疫応答など生理的な役割も担っており、また、その異常は上述したような種々の病気の発症・進展と密接に関与していることが明らかになっています。このように、森博士は小胞体ストレス応答を発見しただけでなく、その基本的な機構の解明に多大なる貢献をし、国際的に高い評価を得ています。

用語解説

高次構造

 タンパク質の構造は一般的に以下の4つの段階に分けて考えられている。タンパク質は20種類のアミノ酸が直線的につながった高分子で、このアミノ酸の並び方(配列)を1次構造と呼ぶ。アミノ酸が10個前後つながって形成されるタンパク質内の局所的な立体構造を二次構造とよび、折りたたまれたタンパク質の全体構造を3次構造と呼ぶ。複数のタンパク質が結合してできた複合体構造を4次構造とよび、特に3次構造以上を「タンパク質高次構造」と呼ぶ。

受容体

 ホルモンなどのシグナル伝達分子に結合し、その分子が持っている情報(細胞増殖をせよ、分化せよ等)を細胞内に伝える役割をもつタンパク質の総称。その多くは細胞表面に存在し、血液等を通して運ばれてきたシグナル伝達分子を捕捉するが、シグナル伝達分子が細胞内に浸潤してくるのを待ち構えるタイプの受容体も存在する。細胞表面に存在する受容体の高次構造は小胞体で形成される。

細胞内小器官

 細胞は、核(遺伝情報であるDNAが存在するところ)を持つかどうかで、核を持たない原核細胞(大腸菌などの細菌類)と核を持つ真核細胞(酵母からヒトまで)に大別される。真核細胞内には核、小胞体、ゴルジ体、リソソーム、ミトコンドリア、ペルオキシソーム、葉緑体(植物のみ)などの生体膜で囲まれた構造体が存在し、これらを細胞内小器官と総称している。個々の細胞内小器官は、それぞれに特有の役割を果たしており、つまり真核細胞では分業体制が確立されている。例えば生物のエネルギー源であるATPはミトコンドリアで作られ、タンパク質や糖質、脂質などの生体成分の分解はリソソームで行われる。

小胞体

 細胞内小器官の1つ。分泌タンパク質や膜タンパク質は、小胞体膜の外側に付着したリボソームという巨大なタンパク質—RNA複合体で合成され、小胞体の中に入ってそれぞれに固有の高次構造を形成する。タンパク質の高次構造形成は、以前は自発的に行われると考えられていたが、20年ほど前から自発的高次構造形成は細胞内ではかなり困難であり、大腸菌からヒトまでのすべての細胞は、タンパク質の高次構造形成を助ける働きを持つタンパク質(分子シャペロンと総称している)を用意していることがわかってきた。小胞体内にも様々な分子シャペロンが多量に含まれている。

小胞体ストレス

 小胞体では、分泌タンパク質や膜タンパク質の高次構造形成が行われ、ここで正しい高次構造を形成したタンパク質のみが、細胞表面膜などそれぞれの目的地へ到達する。つまり、小胞体にはタンパク質の品質を管理する働きが備わっている。小胞体におけるタンパク質の高次構造形成を阻害し、結果として高次構造が異常なタンパク質(不良タンパク質)の小胞体内蓄積を引き起こしてしまう諸条件を小胞体ストレスと総括している。不良タンパク質は小胞体内に留められるため、小胞体ストレスが長く続くと細胞は必要なタンパク質を必要な場所に供給できなくなり、また不良タンパク質は正常なタンパク質にまとわりついてその機能を妨害するタンパク毒性を有するので、小胞体ストレスは細胞に重篤な悪影響を及ぼす。

小胞体ストレス応答

 小胞体ストレス下で小胞体内に不良タンパク質が蓄積したときに、この状況を改善しようとして起こす細胞の反応(細胞応答という)のこと。現在、ヒトなどの哺乳動物細胞では3つの応答が起こると考えられている。(1)小胞体内での高次構造形成がうまくいかないときにタンパク質を送り込み続けると益々状況は悪化するので、まずタンパク質の合成そのものを止めてしまう、(2)普段小胞体内で高次構造形成を助けている分子シャペロンの量を増やして、折りたたみ能力を強化する、(3)小胞体内の不良タンパク質はやがて分解処分されるが、この分解に関わるタンパク質を増量して処理能力を高める、の3つである。それでも問題が解消しない場合は、細胞そのものが死滅し、他の細胞に悪影響が伝搬するのを防ぐ。

転写因子

 DNAに書き込まれた遺伝情報は、RNAを介してタンパク質として発現する。このDNA→RNA→タンパク質という流れが分子生物学におけるセントラルドグマ(中心的命題)である。DNAに書き込まれた情報がRNAに写し取られる過程は転写と呼ばれており、転写を調節するタンパク質が転写因子である。ヒトでは数千種類くらいの転写因子が存在する(つまり全遺伝子の1割にも及ぶ)とされている。転写因子がそれぞれに固有のDNA塩基配列に結合することによって、ある遺伝子がいつ、どこで、どれくらい発現するかが決まる。小胞体ストレス応答の場合、Hac1pやATF6やXBP1は、細胞に小胞体ストレスが発生した場合にのみ転写を促進できるように巧みに調節されている。

免疫応答

 生体から異物を排除する仕組みの総称で、B細胞を用いる体液性免疫応答とT細胞を用いる細胞性免疫応答に大別される。現在小胞体ストレス応答との関係が明確になっているのは体液性免疫応答の方である。体液性免疫応答では、異物を撃退するため、この外来抗原に特異的に結合する抗体分子が使われるが、抗体は、B細胞が最終分化した形質細胞から分泌されるタンパク質である。形質細胞では非常に多量の抗体分子が合成され、小胞体で高次構造形成される。つまり、形質細胞では常に小胞体にストレスがかかった状態になっており、小胞体ストレス応答を積極的に活用して、多量の抗体分子を分泌することに成功している。逆に小胞体ストレス応答が機能しない場合、B細胞は刺激を受けても形質細胞に分化することができないことが明らかにされている。