放射線によりプラスチックで生じる光の伝搬を高純度化により大幅改善 -基礎研究から除染作業での放射線計測へ貢献-

放射線によりプラスチックで生じる光の伝搬を高純度化により大幅改善 -基礎研究から除染作業での放射線計測へ貢献-

2013年10月17日

 中村秀仁 原子炉実験所助教(放射線医学総合研究所客員協力研究員、千葉市科学都市戦略専門委員)、高橋千太郎 同副所長・教授、佐藤信浩 同助教、白川芳幸 放射線医学総合研究所部長、北村尚 同係長、新治修 株式会社クラレ グループリーダー、斎藤堅 同部員らの研究チームは、放射線によりプラスチックで生じた光の挙動を超高純度化により大幅改善しました。

 本研究成果は、2013年10月16日(米国時間)に、米国物理学協会速報誌「Applied Physics Letters」に掲載されました。


図:高純度化したポリスチレン

 放射線により光を生じるプラスチックは、素粒子・原子核実験から福島県での除染作業時などの放射線計測に至る、さまざまな分野で幅広く使用されています。そのため、放射線により発する光の挙動をより詳しく理解することで、高い信頼度で放射線・放射能を測定できます。

 当研究チームは、そのプラスチックの一つとして知られているポリスチレンを超高純度(99.9%以上)で製造し、放射線により生じた紫外光の伝搬距離を、一般的に使用されているポリスチレンと比べ数十倍以上増長することに成功しました。また、この紫外光の伝搬を詳しく把握するためには、長波長のナトリウムのD線で値付けされた屈折率では不十分であることを示し、放射線により生成された光の波長分布を考慮した「有効屈折率」を提唱しました。この有効屈折率を使用することにより、信頼性・精度の高い測定が可能になります。

 これらの知見は、光の伝搬等、放射線計測機器の設計の基本的な部分の精緻化に大いに寄与するものです。特に、素粒子・原子核実験といった基礎科学分野での利用から除染作業に至る幅広い分野で使用されているファイバー型の特殊なプラスチック(シンチレーションファイバー、ウェブレングスシフターなど)による放射線・放射能計測の精緻化、高度化に効果を発揮するものとして期待されています。

背景

 放射線により光を放つプラスチックは、素粒子・原子核実験といった基礎科学分野から福島県での除染作業時での放射線計測など、さまざまな形状のものが数多く使用されています。このプラスチック素材を改善し、放射線により生じる光の挙動をよりよく理解することで、信頼度の高い放射線・放射能情報を得ることができます。そこで今回、性能改善を目指して新たに高純度の素材を製作し、生じた光の動きを適切に表現することにより、より信頼度の高い放射線・放射能情報を得ることを目指しました。

研究手法・成果

 放射線により生じた光の伝搬を表す基本的なデータに、発生した光の強度が約0.36倍まで減少する距離を示す減衰長と、屈折や反射の状態を示す屈折率・反射率があります。従来、プラスチックであるポリスチレンの減衰長は1mm程度と非常に短いことが知られていました。中村助教らは、超高純度(99.9%以上)のポリスチレンを製造し、これに放射線を照射することにより生じた光の挙動を詳しく調べました。その結果、高純度化したポリスチレンの減衰長は41.6mmであり、一般的に使用されているポリスチレンと比べ数十倍以上長いことが明らかになりました。また、その屈折率には慣例的に黄色(ナトリウムのD線、589nm)の波長によるものが使用されてきましたが、放射線をより厳密に測定することを想定し、放射線により生じた光の波長の分布を考慮した屈折率(「有効屈折率(Neff)」と名付けました)を求める関数を考案し、これを用いることで放射線の測定精度が向上することを明らかにしました。ポリスチレンにおける有効屈折率は、ナトリウムのD線領域の値(ND=1.59)よりはるかに高いNeff=1.67であることが求められました。なお、この関数は、放射線により光を生じる他の素材にも使用することができます。

波及効果

 本研究により、プラスチック内で生じた光の挙動に関する基本的な特性が一層明らかとなり、その結果、発生する光の様子、すなわち測定する放射線について、より精緻な理解ができるようになりました。特に、ファイバー型の特殊なプラスチックに応用することで、出力される値の評価や、光の伝搬の様子をシミュレーションするために使用される初期値の信頼度を大幅に改善するものであることから、直接、放射線・放射能測定の高性能化を実現できるものと期待されています。

本研究は、原子炉実験所、放射線医学総合研究所、株式会社クラレの協力により行われました。

用語解説

プラスチックシンチレーションファイバー

コア(内側)が蛍光剤入りのポリスチレン樹脂、クラッド(外側)がメタクリル系樹脂とフッ素樹脂の二重構造(クラレ独自)になっているプラスチック製光ファイバー。放射線が当たると光るという性質をもち、放射線検出用素材として20年以上の使用実績がある。クラレは独自製法により光学性能・寸法精度ともに優れた製品の製造に成功し、メタクリル樹脂の生産事業所である新潟事業所で生産している。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1063/1.4824467

Hidehito Nakamura, Yoshiyuki Shirakawa, Hisashi Kitamura, Nobuhiro Sato, Osamu Shinji, Katashi Saito and Sentaro Takahashi
"Light propagation characteristics of high-purity polystyrene"
Applied Physics Letters, 103, 161111 (2013)

 

  • 京都新聞(11月23日 9面)、日刊工業新聞(10月17日 20面)、読売新聞(11月4日 17面)および科学新聞(11月1日 1面)に掲載されました。