量子ドットを用いた結晶シリコン太陽電池の高効率化に向けた設計指針を提供

量子ドットを用いた結晶シリコン太陽電池の高効率化に向けた設計指針を提供

2013年9月26日

 太野垣(たやがき)健 化学研究所准教授、宇佐美徳隆 名古屋大学教授らの研究グループは、微細な半導体の結晶である半導体量子ドットを用いた太陽電池で課題であった、電圧が低下する原因を突き止めました。

 現在、広く実用化されている結晶シリコン太陽電池(エネルギー変換効率20%程度)は、変換効率が理論的な限界に近づいており、次の新しい高効率化技術が求められています。その一つとして、量子ドット太陽電池が理論的には40%以上という高い変換効率が期待されるため注目されています。例えば、結晶シリコン太陽電池に、より低いバンドギャップエネルギーを持つ量子ドットを組み入れることで、低エネルギー光を吸収し電気エネルギーとしての利用が可能となります。このような新しい光吸収帯を用いた量子ドット太陽電池は中間バンド型と呼ばれ電流は増加しますが、逆に電圧の大幅な低下が問題で、高効率化の妨げとなっていました。

 今回研究グループは、結晶シリコン太陽電池に導入する材料に、ゲルマニウム量子ドットを選び、太陽電池特性を幅広い温度範囲で系統的に調べました。その結果、電圧の低下につながる大きな電荷の損失を引き起こすことなく、結晶シリコン太陽電池に導入できることが分かりました。これは、ゲルマニウムの材料特性上、ほかの材料では起こっていた電荷の再結合による損失が抑制できたためと考えられます。さらに、電圧が低下する本当の原因は、これまで言われていたように導入する量子ドットの材料特性や組み合わせによって起こるのではなく、電荷が光吸収によって励起される(エネルギーを高められる)前に量子ドットから取り出されて、元の電圧が維持できなくなって起こることを突き止めました。

 本研究成果によって、量子ドットを用いた高効率化技術の妨げであった電圧の低下を引き起こす電荷の損失を伴わずに量子ドットを導入する手法を見いだし、その原因が明らかになりました。今後は、本知見を活用した電圧の低下を抑制する実証研究が加速し、近い将来、量子ドットの結晶シリコン太陽電池への高効率化技術の適用や、中間バンド型をはじめとする高効率な量子ドット太陽電池が実用化されることが期待されます。

 本研究成果は、2013年9月26日(英国時間)発行の英国ネイチャー出版グループのオンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。

ポイント

  • 量子ドット(中間バンド)太陽電池は高効率化を妨げる電圧の低下が課題
  • 電荷が量子ドットから取り出されることが要因であることを発見
  • 結晶シリコン太陽電池の限界を超える次世代太陽電池の高効率化に期待

研究の背景と経緯

 太陽電池は実用化され広く普及するようになりましたが、一般的な結晶シリコン太陽電池(単接合型)のエネルギー変換効率は、理論的な限界に近づいています。数10テラワット(数10兆ワット)級の人類の電力需要を太陽光発電でまかなうためには、変換効率を現状よりも向上させ、設置面積当たりの発電量を大きくすることが必要です。そのため、すでに実用化されている結晶シリコン太陽電池においても、新たな原理に基づく高効率化技術が求められています。

 大きさがナノメートル(10億分の1メートル)サイズの半導体微結晶である量子ドットは、通常サイズの半導体には見られないユニークな電気的・光学的特性を示すことから、近年、単接合型太陽電池の限界を突破する有望な新材料として検討が進められています。しかし、量子ドットを用いた太陽電池で、単接合型の太陽電池を超える高い変換効率は実現できておらず、本当に実現できるのかも不明でした。

 そこで、バンドギャップエネルギーよりも低いエネルギーを持った光を吸収できるような状態(中間バンド)を量子ドットによって導入するアプローチが検討されてきました。この中間バンド型太陽電池(図1)においては、中間状態を使った低エネルギー光の光吸収を2度利用することで電流を生成し、電流を増大させています。


図1:中間バンド型量子ドット太陽電池の概念図((a)中間バンド型太陽電池の概念図、(b)単接合型太陽電池の概念図)

中間バンド型太陽電池では、一般的な単接合型太陽電池のような価電子帯から伝導帯への光励起(青の矢印)に加えて、単接合型では光吸収されない低エネルギー光を中間バンドを使って吸収し(赤および緑の矢印)、電流を増やすことができる。また、中間バンドの電荷が光吸収によって伝導帯に励起されることで、単接合型太陽電池と同じくらい、高い電圧を得ることができる。ところが今回、伝導帯まで光励起されることなく中間バンドから電荷が取り出されて(オレンジの矢印)、電圧の低下が起こることが分かった。

 また、通常の太陽電池では、価電子帯と伝導帯のエネルギーの差によって電圧の大きさは決まりますが、中間バンド型太陽電池では、中間バンドから電荷を光エネルギーによって伝導帯に光励起することによって、もとの電圧を維持したまま電流を増大させ電力を増やすことができます。しかし、これまでの実験的研究では、量子ドットを組み込むことで電流は増大するものの、その一方で同時に電圧が低下することが問題でした。電圧は一般的に、界面などにおける電荷の損失によっても低下することが知られており、量子ドット太陽電池でも、中間バンドが理想的に機能していないことによるのか、それとも量子ドットで電荷のロスが起きていることによるのかなど諸説あるものの、電圧低下の根本的な原因は謎に包まれていました。

研究の内容

 今回研究グループは、結晶シリコン太陽電池に組み込む量子ドットとして、ゲルマニウム量子ドットに着目しました。一般的に、半導体量子ドットには、電荷を閉じ込めるものと、電荷を分離する量子ドットがありますが、ゲルマニウムとシリコンの場合、ホール(正孔)はゲルマニウム量子ドットに閉じ込められ、電子はシリコンに分布し、空間的に分離して配置することが知られていました。そこで、シリコン/ゲルマニウム量子ドットの組み合わせを中間バンド型太陽電池に応用し、その材料特性を生かすことで、これまでの実証研究において、ほかの材料ではよく起こっていた電荷の再結合によるロスの増大が抑制されることを狙いました。

 まず、結晶シリコン太陽電池にゲルマニウム量子ドットを導入したシリコン/ゲルマニウム量子ドット太陽電池を作製し(図2)、開放電圧などの太陽電池特性を幅広い温度範囲で系統的に調べました。さらに、異なるゲルマニウムの厚さを持つ量子ドットから、異なるバンドギャップエネルギーの量子ドットを導入した量子ドット太陽電池を作製し、これを用いて量子ドット太陽電池の開放電圧と、バンドギャップエネルギーや電荷の再結合など微視的な電子特性の関係を調べました。


図2:シリコン/ゲルマニウム量子ドット太陽電池

(a)結晶シリコン太陽電池にゲルマニウム量子ドットを導入した「シリコン/ゲルマニウム量子ドット太陽電池」の試料構造と量子ドットの電子顕微鏡図。(b)ゲルマニウム量子ドットを導入した太陽電池のエネルギー概念図。ゲルマニウム量子ドットを結晶シリコン太陽電池(p-n接合)に導入することによって、結晶シリコン太陽電池では光吸収されないような低いエネルギーを持った光を吸収できるようになる。

 その結果、量子ドットの質が悪いなどの外因的な要因によらない量子ドット太陽電池の電圧の温度変化を世界で初めて明らかにすることに成功しました。量子ドットを用いた太陽電池は、量子ドットを用いていない結晶シリコン太陽電池と比較して、室温中の電圧が低下します(図3)。しかし、この量子ドットによる電圧の低下は十分低温でも現れていることが分かりました。一方、低温から室温まで温度を上昇させた際の電圧の低下率は、太陽電池における電荷再結合の特性を反映する指標の一つですが、これが量子ドットの有無にほとんど関わらないことから、量子ドットを導入した際に、電荷の再結合によるロスの増大は起きていないことが分かりました。これはつまり、少なくともシリコン/ゲルマニウム量子ドット太陽電池においては、量子ドット内での大きな電荷の損失を伴うことなく、量子ドットを導入できたことを示しています。


図3:シリコン/ゲルマニウム量子ドット太陽電池の開放電圧の温度特性

シリコン/ゲルマニウム量子ドット太陽電池の開放電圧は、量子ドットを用いていないシリコン太陽電池に対して低下するが、グラフが同じ傾きになっており、開放電圧の差は温度に依存していない。この結果は、電圧が低下した原因は室温で量子ドットを導入したことによる電荷の損失に伴うものではないことを示し、ここでの原因はバンドギャップエネルギーの低下によるものであることが分かる。

 さらに、量子ドットによって引き起こされた室温中の電圧低下の大きさが、導入した量子ドットと結晶シリコンのバンドギャップエネルギー差に良く対応していることが分かりました。この量子ドット太陽電池の開放電圧の大きさが、量子ドットのバンドギャップエネルギーの大きさに依存して低下する現象は、量子ドット中に生成された電荷が、再び光励起されてよりエネルギーを高められる以前に、量子ドットから太陽電池中に取り出されたと考えることで説明されます。実際に、パルス光照射後の量子ドットからの発光強度の時間変化を観測すると、量子ドット中の電荷が太陽電池中においてはナノ秒程度の非常に短い時間でなくなることが分かりました(図4)。これは太陽電池中の量子ドットから電荷が素早く取り出されていることを示しており、中間バンドにおける量子ドットの電荷が光吸収によって励起される前に量子ドットから放出されるために量子ドットのバンドギャップエネルギーに依存した電圧を生成し、もとの太陽電池の電圧が維持されなくなるという電圧低下の根本的な要因をあらわすものです。


図4:量子ドット中の電荷の取り出し

パルス光照射後の量子ドットからの発光強度の時間変化を観測すると、太陽電池中の量子ドット中においては電荷がナノ秒程度の非常に短い時間でなくなることが分かった。この結果は、太陽電池中の量子ドットから電荷が素早く取り出されることを示している。 

今後の展開

 本研究成果によって、量子ドットを用いた高効率化技術の妨げであった電圧低下を引き起こす大きな電荷損失を伴わずに量子ドットを導入する手法を見いだしました。さらに、その手法によって中間バンドを構成する量子ドットから電荷が光励起される以前に取り出されることが原因であることも明らかになりました。この発見により、今後、この電圧低下を抑制する指針を立てることが可能となります。これを具体的に抑制するためには、中間バンドから価電子帯や伝導帯への光励起を増大させるアプローチなどが考えられ、そのような実証研究を進めることで、量子ドットを用いた結晶シリコン太陽電池の高効率化応用の早期実現が期待されます。

 また今回、結晶シリコン太陽電池に量子ドットの特性を付加するには、シリコン/ゲルマニウム量子ドットのナノ構造体を用いれば、大きな電荷損失を引き起こすことなく導入が可能であることが分かりました。シリコン/ゲルマニウム量子ドット太陽電池は、中間バンド型のみならず、多重励起子生成(MEG)型ホットキャリア型などそのほかの新原理に基づいた量子ドット結晶シリコン太陽電池への応用も並行して進めることができると目され、今後、さらに有用な量子ドット太陽電池の開発加速が展望できます。

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけ)の「太陽光と光電変換機能」研究領域(研究総括:早瀬修二 九州工業大学生命体工学研究科教授)、先端的低炭素化技術開発(ALCA)における課題の一環として行われました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1038/srep02703

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/178904

Takeshi Tayagaki, Yusuke Hoshi, and Noritaka Usami
"Investigation of the open-circuit voltage in solar cells doped with quantum dots"
(量子ドットを用いた太陽電池における開放電圧の研究)
Scientific Reports 3, 2703 (2013).

 

  • 日刊工業新聞(9月30日 21面)に掲載されました。