昆虫で最も不思議な生活史を持つ北米の周期ゼミの進化史を解明

昆虫で最も不思議な生活史を持つ北米の周期ゼミの進化史を解明

2013年3月19日


曽田教授

 曽田貞滋 理学研究科教授、山本哲史 同研究員(現地球環境学堂研究員)、吉村仁 静岡大学教授、Chris Simon 米国コネチカット大学教授らの研究グループは、このたび北米の周期ゼミの進化史を解明しました。周期ゼミは13年または17年を土の中で幼虫として過ごし、13年または17年に一度、一斉に成虫が発生する特異なセミです。一斉に発生するセミには三つの系統(種群)の種が含まれますが、どのようにして3系統のそれぞれが二つの周期に分化してきたのか分かっていませんでした。

 本研究成果は3月18日(米国東部時間)に米国科学アカデミー紀要の電子版に掲載されました。

背景

 米国東部に生息する周期ゼミ(Magicicada属)は13年または17年の幼虫期をへて成虫になり、最も1世代に要する時間が長い昆虫です。一つの場所には一つの年級群(ブルードとよぶ)しか生息せず、13年または17年に一度だけ一斉に大量の成虫が現れます。驚くべきことに同時に発生するセミの中には、デシム(Decim)、カッシニ(Cassini)、デキュラ(Decula)と呼ばれる三つの異なる系統(種群)のセミが含まれています。言い換えると、3種群のそれぞれが13年と17年の周期を持つ集団を含み、また13年と17年おきの発生年は、種群をまたいで同調しています。周期ゼミの持つ、長い生活史、素数年周期、1カ所1ブルードだけの周期的な一斉発生、3種群の同調性という特異な性質の進化を説明するために、さまざまな仮説が提唱されてきました。例えば、長い幼虫期については、氷河期の低温環境に適応したためという説があります。周期的な一斉大量発生の進化要因としては、捕食回避(捕食者の飽食による)と、過疎効果の回避(密度が低すぎて交配相手が見つからないような状況を一斉発生により避ける)が提唱されています。また、素数の周期は、周期的な同時発生のサイクルを維持するうえで、他の周期と交雑しにくいために都合がよかったと考えられています。こうした仮説が提唱される一方で、周期ゼミの種やブルードの間の系統関係はまだ詳しく調べられておらず、より現実的な進化仮説の構築や検証のために、詳細な分子系統解析が必要とされていました。


周期ゼミ(カッシニ)の成虫

研究手法・成果

  研究グループは、1978~2008年の30年間に収集した周期ゼミの全種全ブルードの成虫サンプルからDNAを抽出し、ミトコンドリアと核の遺伝子の変異を調べて、種・ブルードの系統関係、種の分岐年代、ブルードの系統地理的関係、集団遺伝学的特徴を解析しました。その結果、次のような系統分化の歴史が明らかになりました(図・左参照)。現在の3種群の共通祖先から、約390万年前にデシム種群の祖先が分かれ、残りの系統が250万年前にカッシニ種群とデキュラ種群の祖先に分かれました。デシム種群は50万年前に南と北の系統に分かれ、このうち南の系統が現在の13年ゼミ(トレデシム)となりました。3種群はいずれも米国東部の西、中、東の系統グループに分かれ、類似した系統地理構造を示します(図・右参照)。また、50万年前に分岐したトレデシム以外の13年、17年ゼミは、最終氷河期最盛期(26,500~19,000年前)以降にそれぞれの種群の中で分化しました。しかし、その分化の仕方は種群ごとに少しずつ異なっていました。デシム種群では西の系統で13年と17年が新たに分化、カッシニ種群では西(南を含む)の系統で13年と17年が分化、デキュラ種群では西・中・東のいずれの系統でも13年と17年が分化しました。3種群の個体数は最終氷期の間著しく減少していましたが、デシム種群とカッシニ種群は地球が温暖化した1万年前以降、急速に個体数を増加させたと推定されました。一方、デキュラ種群では著しい増加は起こりませんでした。現在、この種群は他の2種群に比べ稀な存在です。地理的な系統群の中の同じ発生周期(13年または17年)を持つブルードは、発生年がずれるために互いに交配できません。それにも関わらず、同じ地理的系統群の中の同周期のブルードほとんど遺伝的に分化していませんでした。このことから、現在のブルードの違いはごく最近生じたものと推測されます。


図:核・ミトコンドリア遺伝子に基づく周期ゼミの分子系統樹(左)。各種群におけるミトコンドリア系統の地理的分布(右)。(PNAS論文から簡略図を作成)

今後の予定

 今回の結果から示唆されるように、13年と17年の生活史の分化は、それぞれの種群の中で独立に繰り返し起こってきたと考えられます。しかし、まったく同じ二つの素数周期の生活史が3回も独立に進化することは考えにくいため、3種群が分かれる前の祖先において、二つの生活史を制御する遺伝的な基盤が進化していたものと考えられます。また、17年から13年といった生活史の変化は、先に存在していた13年ゼミの大きな集団に、分布を接した17年ゼミの小さな集団が同調するというような形で起こってきたと考えられます(大きな集団ほど捕食回避ができるため)。今後はこの研究を足がかりに、周期ゼミの長い素数年の生活史がどのように決定・制御されているのかを、遺伝子、ゲノムのレベルで解明する研究が進められる予定です。

本研究は、主に、京都大学グローバルCOEプログラム「生物の多様性と進化研究のための拠点形成-ゲノムから生態系まで」、科学研究費補助金基盤研究A「周期ゼミの進化史とそのメカニズム」の援助によって行われました。

書誌情報

[DOI] http://dx.doi.org/10.1073/pnas.1220060110

[KURENAIアクセスURL] http://hdl.handle.net/2433/172230

Independent divergence of 13- and 17-y life cycles among three periodical cicada lineages
Teiji Sota, Satoshi Yamamoto, John R. Cooley, Kathy B.R. Hill, Chris Simon, and Jin Yoshimura
Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA

用語解説

周期ゼミの分類

形態、鳴き声、周期をもとに3種群7種に分けられている。種群は、同じ属の中の極めて近縁な種のグループ。

  • 【デシム種群】13年:トレデシム(M. tredecim)、ネオトレデシム(M. neotredecim)、17年:セプテンデシム(M. septendecim
  • 【カッシニ種群】13年:トレデカッシニ(M. tredecassini)、17年:カッシニ(M. cassini
  • 【デキュラ種群】13年:トレデキュラ(M. tredecula)、17年:セプテンデキュラ(M. septendecula

ブルード(brood)

13年または17年おきに同時に発生する周期ゼミのグループ(年級群)。1893年を起点にして、17年ゼミはブルードI、 II、 III、…、XVII、13年ゼミはブルードXVIII、 XIX、 XX、…、XXXというローマ数字の番号が振り当てられている。理論的にはIからXXXまでの30のブルードが存在しうるが、現存するのは17年ゼミが12ブルード、13年ゼミが3ブルードだけ。2013年の発生ブルードは、17年ゼミがII、13年ゼミがXXIであるが、XXIは存在しない。


  • 朝日新聞(4月25日 19面)、京都新聞(3月19日 25面)、産経新聞(3月20日 24面)、日本経済新聞(3月19日 46面)および毎日新聞(3月19日 29面)に掲載されました。