ルテニウム酸化物における超伝導の一次相転移の発見-超伝導と磁場の未知の相互作用メカニズムの存在を示唆-

ルテニウム酸化物における超伝導の一次相転移の発見-超伝導と磁場の未知の相互作用メカニズムの存在を示唆-

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用語解説

スピン三重項超伝導体

 これまでに知られている超伝導体のうちのほとんど全ては「スピン一重項超伝導体」であることが知られています。このスピン一重項超伝導というのは、超伝導を担う電子対(クーパー対)のスピンの自由度が消えてしまっている状態のことです。大ざっぱには、図2に示すように、「逆向きのスピンをもった二つの電子が対を組んだ状態」と理解できます。一方、「スピン三重項超伝導」とは、スピンが同じ向きの電子が対を組んだような状態であり、スピンの自由度を保った超伝導状態であると言えます。つまり、電子には電流を担う電荷と磁気情報をもつスピンという性質がありますが、スピン一重項ではスピンは消えてしまうのに対し、スピン三重項では磁気情報を持った超伝導電流が流れます。しかし、スピン三重項超伝導体の候補はこれまでにSr2RuO4を含めた数例しか知られておらず、まだ完全に実証に成功した例はありません。

一次相転移と二次相転移

 物質がある条件を境にその巨視的な様態をがらりと変える現象は相転移と呼ばれ、日常的にも多くの相転移現象が知られています。例えば、水を冷やすと氷へと変わる現象(凝固)や、鉄を熱すると磁石につかなくなる現象(強磁性-常磁性転移)、そして超伝導転移はいずれも相転移の一種です。これらの相転移現象は「一次相転移」と「二次相転移」の二つに分類することができ、水の凝固は前者に、鉄の強磁性転移は後者に属します。ある相転移がこの二種のどちらの属するかというのは、その相転移を研究する上で根本的に重大な問題です。

 以下の表にあるように、一次相転移と二次相転移の最も決定的な違いは、一次相転移では転移点における非連続的・不可逆的な振舞いがみられ、より急激な相転移になっているという点です。逆に言うと、これらの性質が観測できれば、一次相転移の明確な証拠となるわけです。

  一次相転移 二次相転移
エントロピーの変化 転移点でエントロピーが不連続変化する 転移点でエントロピーは連続変化する。
潜熱の有無 潜熱を伴う 潜熱を伴わない
転移の可逆性 過冷却・過熱を伴う場合がある。 過冷却・過熱は伴わない。
身近な例 水の凝固や気化 鉄やニッケルの強磁性転移
超伝導の場合 第I種超伝導体の磁場中超伝導転移
第II種超伝導体でスピン偏極と超伝導が競合する場合(パウリ効果)
ゼロ磁場での超伝導転移
第II種超伝導体のほとんどの場合の磁場中超伝導転移

超伝導一次相転移の起源

 磁場中における超伝導相転移は多くの場合二次相転移です。しかし、幾つかの例外があることはすでに知られています。一つ目は、「第I種超伝導体」と呼ばれる超伝導体の場合です。第I種超伝導体には多くの純粋金属の超伝導体(例えばアルミニウム、鉛など)が属します。しかし、Sr2RuO4に関しては、これが第I種超伝導体ではなく第II種超伝導体であることはほぼ確実に証明されています。もう一つは、伝導電子のスピン偏極(ゼーマン効果)と超伝導が競合する場合です。このスピン偏極による超伝導の破壊メカニズムを「パウリ効果」と呼ぶことがあります。パウリ効果は超伝導状態において磁場によってスピンが偏極される度合(スピン磁化率と呼ばれます)と通常金属状態におけるスピン磁化率が異なる場合に生じ得ますが、Sr2RuO4の場合はこの二つが等しいことが実験的に示されています。従って、Sr2RuO4ではパウリ効果も起こらないと考えられます。

スピン三重項超伝導の実証に向けて

 もしもSr2RuO4がスピン一重項超伝導であると仮定すれば、本研究の結果のみは説明可能です。しかしながら、この仮定はこれまでに報告されている多くの研究結果と矛盾することになります。特に、直接的にスピン三重項性を観測した核磁気共鳴の実験では、現時点で知られている様々なエラーの可能性がないことも十分に考慮されています。従って、今のところSr2RuO4がスピン一重項超伝導である可能性は低いと考えられます。ただし、「これまでの報告に反してSr2RuO4がスピン一重項超伝導体である」という可能性が100パーセント無いとは言い切れません。仮に、もしスピン三重項超伝導というこれまでの解釈が間違っているのであれば、それは超伝導の基礎研究の方法論を根底から見直す必要があるということを意味しています。即ち、より重大な問題が提起されることになります。これからの研究は、この可能性も当然考慮に入れたうえで進めていく必要があります。

エントロピー

 エントロピーとは「乱雑さ」を表す量で、物質の状態を支配する基本的な量です。例えば、水では水分子が乱雑に動いているのに対し、氷では水分子が整然と並びます。従って、水よりも氷の方がエントロピーは低いということができます。また、超伝導状態では伝導電子がクーパー対を組んで一種の秩序状態を形成しているため、通常金属よりもエントロピーは低くなります。

潜熱

 ある物質が一次相転移を起こすと、熱が吸収されたり、放出されたりします。この熱を潜熱と言います。例えば、水が沸騰する際に周囲から奪う気化熱はこの潜熱の典型例です。なお、潜熱はエントロピーと密接に関わっています。実際、一次相転移に伴う潜熱は、エントロピーの変化と相転移を起こす温度の掛け算で表せます。

過冷却・過熱

 例えば、条件を選べば、大気圧の下でも0度以下まで水を液体のままで冷やすことができます。このように、本来相転移が起こるはずの条件になっているのにもかかわらず相転移が引き起こされずにいることを、過冷却または過熱と呼びます。これらは一次相転移でのみ起こりうる現象です。