124億光年彼方の銀河の「成分調査」 ~アルマ望遠鏡で迫る進化途上の銀河の正体~

124億光年彼方の銀河の「成分調査」 ~アルマ望遠鏡で迫る進化途上の銀河の正体~

2012年6月12日


長尾准教授(左)と廿日出研究員(右)

 本学およびケンブリッジ大学を中心とする国際研究チームは、アルマ望遠鏡を用いて124億光年彼方の「サブミリ波銀河」と呼ばれる種類の銀河を観測し、この銀河に含まれる窒素が放射する電波を検出することに成功しました。サブミリ波銀河とは、進化途上にあり激しい星形成活動を起こしている種類の銀河で、可視光を遮る大量の塵に覆われているためにすばる望遠鏡などの光学望遠鏡では詳細な観測が困難でした。アルマ望遠鏡は、大量の塵にも遮られることのないミリ波での観測が可能であり、かつ微かな電波をもキャッチできる驚異的な感度を持っています。このアルマ望遠鏡の特徴を活かして検出した電波の性質をモデル計算と比較することで、宇宙誕生後わずか13億年しかたっていない初期宇宙にあるこの銀河での元素組成が、すでに現在の宇宙の元素組成に近いことが明らかになりました。この結果は、初期宇宙において、激しい星形成活動が起こったことを物語っています。

 なお、この研究成果は、欧州の天文学専門誌「アストロノミー・アンド・アストロフィジクス」のレター部門に掲載されました。これは我が国の研究者が代表を務める研究としてはアルマ望遠鏡の共同利用観測に基づく最初の成果であり、これまでにアルマ望遠鏡が見た最も遠方の宇宙に関する観測成果です。

研究の背景

 数千億もの星々からなる銀河は、宇宙の歴史の中でいつ頃、どのように生まれ育ってきたのでしょうか。我々が住む太陽系の中心にある太陽も、ある一つの銀河に含まれる無数の恒星のうちの一つにすぎません。つまり我々の住む世界を理解するためには、銀河の進化の理解が必要だといえます。

 この銀河進化を調べる有効な手段に、銀河の「成分調査」があります。つまり、銀河を構成する物質がどのような元素からできているかを調べるのです。天文学では、遠方の銀河を観測することは、昔の宇宙における銀河を調査することに対応しています(注1)。実際にこれまでのすばる望遠鏡などを使った遠方銀河に対する可視光観測により、宇宙の様々な時代における銀河の成分調査が進められてきています(注2)。

 しかし、激しく星を生成している途中の段階にある銀河は大量の塵に覆われており、そうした塵は可視光を遮ってしまいます。また、こうした銀河は初期宇宙に多く存在しますが、その観測のためには極めて遠方の宇宙にある非常に暗い銀河を調べる必要があります。そのため、従来の可視光による観測では、遠方にある活発な星形成活動をしている銀河の成分調査が困難だということが問題になっていました。

今回の研究の着想

「そこで我々は、大量の塵があっても遮られることなく銀河を調査できるミリ波(波長が1mm程度の電波)に着目し、進化途上にあり激しい星形成活動を起こしている「サブミリ波銀河」と呼ばれる銀河をミリ波の観測で調べることにしました。」と研究チームを率いる長尾透 白眉センター准教授は語ります(注3)。

 ただし、実際の観測は容易ではありません。銀河の成分調査を行うためには複数の元素が放射する電磁波(輝線)を検出してその強度比を調べる必要があります。遙か彼方にある銀河から放射され、我々に届く微弱な信号を検出するためには、高い感度が必要です。本研究チームは昨年、欧州南天天文台のAPEX望遠鏡を用いて、ろ座の方向124億光年彼方にあるLESS J033229.4-275619(以降、LESS J0332と略記)と呼ばれるサブミリ波銀河を観測し、炭素の輝線の検出に成功しています。しかし、これまでのミリ波帯の観測装置では感度が圧倒的に不足していたため、炭素以外の元素を調べることができず、この銀河の成分調査を行うことができませんでした。

 この感度不足の問題を一気に解決したのがアルマ望遠鏡です(図1)。長尾准教授らはアルマ望遠鏡を用いてLESS J0332が含む窒素が放射する輝線を観測して、既に観測した炭素の輝線と比較することでこのサブミリ波銀河の成分調査を行う計画を提案し、見事アルマ望遠鏡の観測時間を獲得しました。観測時間獲得のための競争率は約9倍にも達しています。


図1:標高5000mのアルマ望遠鏡山頂施設に並ぶパラボラアンテナ。本研究では、18台のパラボラアンテナが観測に使われました。完成時には66台のアンテナで観測を行います。
画像クレジット: アルマ望遠鏡(国立天文台、欧州南天天文台、アメリカ国立電波天文台)

アルマ望遠鏡による観測

 観測は2011年10月から2012年1月にかけて断続的に行われました。その結果、見事にLESS J0332が含む窒素が放射する輝線を検出することに成功しました(図2)。


図2:今回の観測でアルマ望遠鏡が捉えた、サブミリ波銀河LESS J0332(画面中央)が放射する窒素の輝線。画面の上側が北方向、左側が東方向。黄色の矢印のサイズは1秒角に対応し、これはLESS J0332において約2万光年のサイズに相当します。画面左下の白丸は、本観測の際のアルマ望遠鏡の空間分解能の大きさ(これよりも細かい構造は見分けられないというサイズ)。


図3:今回アルマ望遠鏡で観測した窒素の輝線(下段)と、APEX望遠鏡で既に観測していた炭素の輝線(上段)のスペクトル(可視光での水素の輝線観測から決めた銀河の平均的速度に対する、輝線を放射するガスの速度ごとに電波の強度を示したもの)。ヒストグラムが実際の観測データで、実線は観測データをモデルでフィッティングしたもの。mJy(ミリジャンスキー)は電波の強度を表す単位。1mJyは1平方メートルに入射する1Hzあたりの電波のエネルギーが10-29Wであることに相当します。

 図3で、今回アルマ望遠鏡で観測した窒素の輝線と、既にAPEX望遠鏡で観測していた炭素の輝線のスペクトル(輝線を放射するガスの速度ごとに電波の強度を示したもの)を比較しています。縦軸の目盛から、APEX望遠鏡で観測した炭素の輝線に比べて今回観測した窒素の輝線の明るさが10分の1以下であることが分かります。この炭素の輝線を検出するためにAPEX望遠鏡で要した総観測時間は14.5時間でした。一方、その10分の1以下の明るさしかない窒素の輝線を検出するためにアルマ望遠鏡で要した総観測時間は、わずか3.6時間でした。完成前とはいえ、いかにアルマ望遠鏡の感度が絶大かがわかります。本研究の代表者である長尾准教授は「当初はなんとかギリギリ検出できるかどうかといった厳しい観測になるかと思っていたのですが、こんなにも明瞭に窒素の輝線が検出できていることが分かったときには、本当に驚きました。アルマ望遠鏡の実力がいかに圧倒的かを思い知らされた気持ちになりましたよ。」と語っています。また、共同研究者でミリ波帯の観測に詳しい廿日出文洋 理学研究科研究員は「アルマ望遠鏡の感度の良さには大変驚きました。アルマ望遠鏡は従来のミリ波・サブミリ波干渉計と比べるとアンテナ数が多いので画像に人為的な構造が現れにくく、そのため短い観測時間でも非常に綺麗な画像が得られたのでしょう。今回の結果は、アルマ望遠鏡があってこそ成し得た成果だといえます。」と述べています。

124億光年彼方の銀河の成分調査の結果

 研究チームは、観測された窒素と炭素それぞれの輝線の明るさの比と理論計算とを比較して、LESS J0332の成分調査を行いました。その結果、LESS J0332を構成する元素の組成がビッグバン直後の宇宙の元素組成(ほぼ水素とヘリウムだけからなる状況)とは大きく異なり、むしろ現在の宇宙における太陽の元素組成(様々な元素が豊富に存在する状況)に近いことがわかりました。LESS J0332は124億光年彼方にあり、これはビッグバン後わずか13億年ほどの若い宇宙に対応します。「サブミリ波銀河は比較的大質量の銀河が進化途上にある姿だと考えられています。LESS J0332が太陽に近い元素組成を既に持っているというこの研究の結果は、こうした大質量銀河の化学進化が初期宇宙において急速に進行したこと、つまり初期宇宙で短期間に活発な星形成が起こったことを示しています。」と長尾准教授はこの発見の意義を語っています。

今後の展望

 さて、図3をもう一度よく見てみると、今回アルマ望遠鏡で観測した窒素の輝線とAPEX望遠鏡で以前に観測した炭素の輝線でスペクトルの形状がやや異なる(左右方向にずれている)ことに気付きます。この理由としては、様々な可能性が考えられます。「一つの可能性だが、銀河合体などの影響によりLESS J0332における元素組成が不均一になっているのではないか。」と研究チームは考えています。残念ながら、今回の観測データでは空間分解能が不足していて、LESS J0332の形状や元素組成比の空間分布を調べることができません。しかし、本観測データは、完成前のアルマ望遠鏡によって得られたものです。アンテナ台数が増え、さらにパワーアップしたアルマ望遠鏡では、空間分解能が大幅に向上します。「驚異的な感度と、素晴らしい空間分解能を組み合せて、今後のアルマ望遠鏡の観測でLESS J0332における元素組成の内部構造にまで迫りたい」と、長尾准教授は展望を語っています。

 

注釈

注1:これは、可視光や電波といった電磁波の進む速度(光速)が有限(秒速およそ30万km)であるためです。

注2:すばる望遠鏡による遠方銀河の成分調査に関する最近の成果については、次のウェブリリース記事をご覧ください:
http://subarutelescope.org/Pressrelease/2011/10/05/j_index.html

注3:サブミリ波銀河とはサブミリ波と呼ばれる波長の極めて短い(波長1mm以下)電波を強く放射する銀河のことで、その激しい星形成活動性により「モンスター銀河」などと呼ばれることもあります。この詳細については、本研究チームメンバーの廿日出研究員らによる次のウェブリリース記事をご参照ください:
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/2010/39.html

注4:これは昨年出版された論文(C. De Breuck et al. 2011, A&A, 530, L8)にて報告されています。

研究チームの構成
長尾透 白眉センター准教授
Roberto Maiolino ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所(イギリス)教授
Carlos De Breuck 欧州南天天文台(ドイツ)APEXプロジェクトサイエンティスト
Paola Caselli リーズ大学(イギリス)教授
廿日出文洋 理学研究科 日本学術振興会特別研究員
西合一矢 自然科学研究機構国立天文台アルマ東アジア地域センタースタッフ

 

書誌情報

T. Nagao, R. Maiolino, C. De Breuck, P. Caselli, B. Hatsukade, K. Saigo
“ALMA reveals a chemically evolved submillimeter galaxy at z=4.76”
Astronomy and Astrophysics(http://arxiv.org/abs/1205.4834

 

  • 京都新聞(6月12日 3面)、産経新聞(6月12日 24面)、日本経済新聞(6月12日 14面)、毎日新聞(6月20日 21面)および科学新聞(6月15日 4面)に掲載されました。