パーキンソン病の細胞移植治療を検討するためのサルモデル評価系を確立

パーキンソン病の細胞移植治療を検討するためのサルモデル評価系を確立

2012年1月24日

 菊地哲広 iPS細胞研究所研究員と高橋淳 再生医科学研究所/iPS細胞研究所/医学研究科准教授らの研究グループは、理化学研究所との共同研究により、ヒトのiPS細胞からフィーダー細胞を使わず浮遊培養のみでドーパミン神経前駆細胞を誘導することに成功しました。さらに、この細胞をパーキンソン病モデルのカニクイザルの脳内に移植し、6ヶ月に渡ってドーパミン神経細胞が生き残ることを確認しました。また、移植細胞の増殖や機能の解析を、MRI(核磁気共鳴画像法)PET(ポジトロン断層法)免疫組織学的手法、行動試験などで複合的に行い、霊長類における評価系を確立しました。この評価系は、ヒトiPS細胞由来神経細胞の移植の効果と安全性を確かめる前臨床試験に役立ちます。

 本研究成果は、2011年12月29日に「Journal of Parkinson’s Disease」にオンライン掲載されまし た。

1.研究の背景

 パーキンソン病は、進行性の神経難病で、脳のなかでドーパミン神経細胞が減ることでドーパミン量が減り、手足が震える、体がこわばって動きにくいなどの症状がでます。これまでの薬物や電極を用いた治療法では、症状は改善できてもドーパミン神経細胞の減少を食い止めることはできませんでした。そこで、細胞移植によって神経細胞を補い、新たな神経回路の形成を促して機能を再生させるという、より積極的な治療法に期待が寄せられており、ヒトiPS細胞もその移植細胞の候補となっています。

 これまで、マウスやヒトのiPS細胞から作製したドーパミン神経細胞は、パーキンソン病のラットモデルで症状改善効果が確認されていますが、ヒトiPS細胞から誘導した神経前駆細胞の挙動が霊長類の脳で調べられたことはありませんでした。臨床応用を目指すためにも、霊長類のパーキンソン病モデルを用いて、ヒトiPS細胞から誘導した神経前駆細胞の効果と安全性を厳しく検証する必要があります。

2.研究の成果

(1)ヒトiPS細胞からフィーダー細胞を用いずにドーパミン神経細胞へと分化させた

 本研究では、フィーダー細胞を用いることなくヒトiPS細胞を浮遊培養し、培養14日目に2種類のサイトカインを加えてさらに2週間培養し、28日目からは神経栄養因子などを加えてドーパミン神経細胞へと分化させました(図1)。この細胞塊を培養皿に接着させると神経突起を伸ばし、多くの細胞がドーパミンを合成する酵素(TH)で染まり、ドーパミン分泌も確認できました。このことは、本研究で確立した方法で、ヒトiPS細胞から成熟したドーパミン神経細胞を誘導できることを示しています(図2)。

   

  1. 図1 浮遊培養による、ヒトiPS細胞からのドーパミン神経細胞分化誘導
    培養開始時にはバラバラであったヒトiPS細胞が細胞塊を形成しながら、ドーパミン神経細胞へと分化する。28日間と42日間培養した細胞を移植して、両者を比較検討した。

   

  1. 図2 接着培養後の細胞の様子
    一番右の写真(O)で、多くの細胞がドーパミンを合成するための酵素(TH)を発現していたことと、ドーパミンを検出できたことから(右グラフ)、ドーパミン神経細胞であることがわかった。
    緑色:神経細胞全般 マゼンタ色:ドーパミン神経細胞

(2)ヒトiPS細胞から分化させた神経前駆細胞をカニクイザルの脳に移植し、6ヶ月後も定着していることを確認した

 カニクイザルに薬剤を投与してパーキンソン病のモデルを作製し、ヒトiPS細胞から分化させた神経前駆細胞を移植しました。移植細胞は培養後28日または42日、サイトカインの有無など培養条件の異なるものを準備し、MRI、PET、免疫組織学的手法で解析を行って最適な移植細胞についての検討を行いました。

 まず、MRIを用いた解析の結果、移植後6ヶ月まで移植細胞は生き残っていることを確認できました(図3)。特に42 日間培養した細胞の方が、移植片が小さいことが明らかになりました。また、PETを用いた解析によって、42日間培養した細胞の方がよりドーパミン神経細胞として機能していることが示唆されました(図4)。さらに、脳切片の免疫組織学的解析で、42日間培養した細胞の方が、より多くのドーパミン神経細胞に分化していることが確認できました(図5)。 また、ビデオ撮影やスコア判定を利用した行動の解析も行いました。

   

  1. 図3 MRI画像による移植片サイズの解析
    左右に6箇所ずつ移植し(中央前方よりの白い点)、6ヶ月後も細胞が生存していることが確認できた。28日間培養した細胞(右側:R)と比べると、42日間培養した細胞の方が移植片が小さい。
 図4 PETによるドーパミン神経細胞の機能解析
ドーパミン神経細胞内で合成されたドーパミンは、細胞内を輸送され、細胞外に分泌されると再び細胞内に取り込まれる。
移植箇所で赤色に近づいていることから、ドーパミンの輸送、再取り込みという機能があることと、42日間培養した細胞の方がより強く機能していることが確かめられた。

   

 

  1. 図5 免疫組織学的解析によるドーパミン神経細胞の数の比較
    ドーパミンを合成する酵素(TH)を示す白い細胞が28日間よりも42日間培養した細胞の方が多くみられ、ドーパミン神経細胞がより多く生着していることが確かめられた。

3.まとめ

 本研究では、ヒトiPS細胞から、フィーダー細胞を用いない浮遊培養法によってドーパミン神経細胞を誘導することに成功しました。さらに、ドーパミン神経細胞が6ヶ月もの間、霊長類の脳内で生き続けることを確認しました。28日間培養した細胞と比べて、サイトカインを加えて42日間培養した細胞の移植において、移植片はより小さく、より多くの成熟したドーパミン神経細胞が生着していました。移植した細胞の評価には、MRIやPET、免疫組織学的手法、ビデオやスコア評価による行動解析が有用でした。これらは、ヒトiPS細胞由来神経細胞の移植の効果と安全性を確かめる前臨床試験に役立つ成果です。今回は、カニクイザル1頭のみで移植細胞の評価系を検討したものなので、この成果からパーキンソン病の症状の変化について議論することはできません。今後は、頭数を増やした前臨床試験で細胞移植によりどの程度症状が改善するのか、安全性に問題がないのか、それぞれ詳細に解析する必要があります。

4.論文名と著者

  • 論文名
    “Survival of Human Induced Pluripotent Stem Cell-Derived Midbrain Dopaminergic Neurons in Brain of a Primate Model of Parkinson’s Disease”
  • ジャーナル名
    Journal of Parkinson’s Disease
  • 著者
    Tetsuhiro Kikuchi(a,b,c), Asuka Morizane(a,b), Daisuke Doi(a,b,c), Hirotaka Onoe(d), Takuya Hayashi(b,d), Toshiyuki Kawasaki(d), Hidemoto Saiki(e), Susumu Miyamoto(c) and Jun Takahashi(a,b,c)
  • 著者の所属機関
    a: 京都大学 再生医科学研究所
    b: 京都大学 iPS細胞研究所
    c: 京都大学大学院 医学研究科 脳神経外科
    d: 理化学研究所 分子イメージング科学研究センター
    e: 財団法人興風会 北野病院

本研究は、下記機関より資金的支援を受け実施されました。

  • 文部科学省「再生医療の実現化プロジェクト」
  • 厚生労働省「再生医療実用化研究事業」

関連リンク

 

  • 朝日新聞(1月25日 32面)、京都新聞(1月25日 3面)、産経新聞(1月25日 1面)、中日新聞(1月25日 3面)、日刊工業新聞(1月27日 27面)、日本経済新聞(1月25日 38面)、毎日新聞(1月25日 27面)および読売新聞(1月25日 36面)に掲載されました。