超小型ファイバーレーザーシステムをもちいて 高強度テラヘルツ電磁波の発生に成功 -実用的なテラヘルツバイオ動画イメージング装置の実現が可能に-

超小型ファイバーレーザーシステムをもちいて 高強度テラヘルツ電磁波の発生に成功 -実用的なテラヘルツバイオ動画イメージング装置の実現が可能に-

2009年6月25日


左から田中教授、永井助教

 京都大学、アイシン精機株式会社は、産業用サブピコ秒ファイバーレーザーを用いたテラヘルツ電磁波発生の高効率化に成功しました。これは、テラヘルツ電磁波発生のための誘電体結晶と光との結合を電気-光(EO)変調器として最適化したことで可能になったもので、ファイバーレーザーをもちいたテラヘルツ電磁波発生としては、世界最高の強度となります。

 本研究成果は2009年6月26日(米国時間)に、米オンライン科学誌「Optics Express(オプティクス・エクスプレス)」で公開される予定です。

研究成果の概要

 田中耕一郎 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)教授、 永井正也 理学研究科助教(JST PRESTO 研究員兼任)らの研究グループは、高強度超短パルスレーザと誘電体結晶を用いたテラヘルツ電磁波発生の高効率化に関する研究を行っており、アイシン精機株式会社で開発された産業用光ファイバーレーザーを用いることで非常に高強度のテラヘルツ電磁波が発生することを見出しました。発生したテラヘルツ電磁波パルスの電場強度は、半導体デバイス中に印加される電場強度に匹敵することから、超高速通信に必要な半導体デバイスの超高速スイッチ制御が可能となり、いわゆるテラヘルツエレクトロニクスの展開が大いに期待されます。また、高強度・高繰り返しの特徴を生かすことにより、小型のテラヘルツ動画イメージングシステムが可能になることから、セキュリティ、ライン検査、臨床医学などへの産業応用が加速されます。特に、テラヘルツ電磁波は水や生体関連材料に高い感度を有することから、実用的なバイオ動画イメージング装置の開発が加速されるものと期待されます。

 テラヘルツ電磁波は超高速電気デバイスとして、また食品検査、封筒内の薬物検査、半導体LSIやプラスチック製品の欠陥検査などへの応用が期待されています。この電磁波を非常に高強度で発生し高感度に測定する一つの手法として、超短光パルスを用いた方法があります。これらの技術を用いた分光装置がいくつかの会社から既に発表されています。しかし高強度発生と検出には、高強度でかつ光パルスの時間幅が0.1ピコ秒以下と短い光源が求められており、限られた環境下での設置が要求される理化学研究用レーザが必要です。そこで研究グループでは、レーザ加工などの産業応用に大きな期待が寄せられているYbドープファイバーレーザに注目しました。このレーザは光パルスのパルス幅が長いために、テラヘルツ電磁波技術にとって不向きな光源として考えられてきました。しかしテラヘルツ電磁波が発生する過程でEO効果を介した励起光のパルス圧縮を巧みに利用することで、励起光のパルス幅で決まる周波数帯域の上限(0.7THz)以上の高帯域(2THz)のTHz電磁波の発生に成功しました。同時に発生した電磁波の電場強度も10倍以上増強しており、出力電場強度は8kV/cmに達しました。これは半導体電子デバイス中に印加される電場強度に匹敵し、次世代の超高速エレクトロニクスの構築や、高感度テラヘルツ電磁波イメージ検出への応用が大いに期待できます。

1. 研究の背景と経緯

 テラヘルツ電磁波は300GHzから10THzの周波数の電磁波を指し、物性を司る様々な現象が観測される大変魅力的な周波数帯域として、また食品検査、封筒内の薬物検査、半導体LSIやプラスチック製品の欠陥検査などへの応用が期待されています。この電磁波を非常に高感度に測定する一つの手法として、超短パルス光を用いた光サンプリング技術と通信分野で広く用いられているEO変調技術を駆使する方法があります。室温でも高効率発生、高感度検出が行えることから、既に幾つかの会社からこの原理に基づく分光装置が発表されています。

 これらの装置の普及を阻害している要因は、高価な理化学用光源が要求されることです。数THzにわたる高出力のテラヘルツ電磁波を発生させるためには、励起光源が高強度でかつ光パルスの時間幅が短い0.1ピコ秒以下であることが求められます。この要請を満たす光源として、増幅されたチタンサファイヤレーザがあります。しかし電気から光への変換が多段に渡るため原理的な変換効率は0.5%以下で、光源が高価で大きな電力を消費することは避けられません。そのため廉価な低出力超短パルスレーザを用いて、いかに高効率でテラヘルツ電磁波を発生させるかの研究が行われてきました。

2. 研究の内容

 我々は異なる発想で上記に対する解決法があることを見出しました。高強度テラヘルツ電磁波が発生する発生源として、EO結晶が広く使われます。この結晶に1kV/cm以上のAC電場を印加すると、EO変調器として機能します。したがって図1のようにEO結晶内で発生したテラヘルツ電磁波が十分強い場合には、励起光がEO変調を受けるはずです。このようなテラヘルツ電磁波発生とEO変調がカスケード的に起きれば、励起光のパルス幅がEO結晶中で勝手に短くなり、高周波数のテラヘルツ電場が高効率で発生するはずです。そこでサブピコ秒パルスであるYbドープファイバーレーザを誘電体結晶に照射することで、これらの現象を引き出すことができるのではないかと考えました。Yb系のレーザはTi系のレーザに比べてエネルギー変換効率が非常に高く、また波長が長いことによる多光子吸収の抑制など、励起光源としての利点が多いです。しかし光ファイバーの分散や高出力化における利得の狭帯域化によって光パルスの時間幅を狭めることが難しく、発生可能なテラヘルツ電磁波の帯域はサブTHzに過ぎません。しかしEO結晶中で発生したサブTHzの電磁パルスを用いてうまく光変調させることで、効率よく励起光のパルス圧縮とテラヘルツ波発生の広帯域化が可能ではないかと考えました。


図1:EO結晶内の光パルスの短パルス化(Optics Express Fig. 1 を日本語化)

 実験では、市販されている高出力Ybドープファイバーレーザ(IMRA America Inc. D1000, 1.0W, 0.6ps, 100kHz)を用いました。図2は異なる励起光強度でのテラヘルツ電磁波の波形を示しています。検出には位相整合条件が1・mの波長で成り立つCdTe結晶を用いて光サンプリング検出しています。励起密度が2・J以上で電場波形が劇的に変化し、励起光強度が最大の際に電場の最大値は8kV/cmに達しています。右図に対応するスペクトル形状を示しています。発生するテラヘルツの帯域は励起光のパルス幅でのみ決まります。したがって、0.6psの励起光で発生可能なテラヘルツ電磁波の帯域はサブTHzですが、励起光強度を上げると2THzまでその帯域を広げることができます。これは、EO結晶中で励起光のパルス幅が狭まっていることを表しています。また発生した電磁波の電場強度も、同時に10倍以上増強していることを見出しました。

 図2:異なる励起光強度でLiNbO3結晶から発生したテラヘルツ電磁波の電場波形とパワースペクトル(Optics Express Fig. 2a, Fig. 3a を抜粋)

3. 今後の展開

 レーザ加工など高い汎用性が期待できるYb系レーザがテラヘルツ技術に適応可能であることは、高強度光源の普及を加速するものと考えます。発生した電磁波の電場強度は半導体デバイス中に印加される電場強度に匹敵することから、新しい(超高速)テラヘルツエレクトロニクスの展開が大いに期待できます。また発生したテラヘルツ電場の大きさは、20%程度のEO光変調信号にも達しており、高S/Nのテラヘルツイメージングシステムの普及が加速されるものと考えます。

今回の成果は日本学術振興会学術創成プロジェクト「動的相スイッチ機構を内在する有機電子材料の開拓と非平衡物性科学への展開」(研究代表 田中耕一郎 教授)、科学技術振興機構 さきがけプログラムの研究領域「光の創造・操作と展開」における研究課題「テラヘルツ電磁波による高速電子スピン操作」(研究代表 永井正也 助教)および京都大学グローバルCOEプログラム「普遍性と創発性から紡ぐ次世代物理学」によるものです。