直径12ナノのタンパク質かご分子: フェリチンが金属を吸込む謎を原子レベルで解明

直径12ナノのタンパク質かご分子: フェリチンが金属を吸込む謎を原子レベルで解明

2009年3月18日


左から渡辺 教授、上野 准教授

 京都大学、名古屋大学、理化学研究所および高輝度光科学研究センターから成る研究グループは、体内の鉄を取り込むタンパク質かご分子フェリチンを用い、金属を取り込んだフェリチンの単結晶X線構造解析により、かご内部に金属が集積していく過程を可視化する事に成功しました。この結果は、骨や真珠の形成反応初期過程の解明だけでなく、半導体や磁性材料の開発にも示唆を与えると期待されます。

 京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の上野 隆史 准教授(北川進グループ)、名古屋大学 物質科学国際研究センターの 渡辺 芳人 教授らの研究グループは、 金属イオン含有フェリチン複合体の結晶を作製し、独立行政法人 理化学研究所 播磨研究所の 高田 昌樹 主任研究員、財団法人 高輝度光科学研究センターの研究グループとともに大型放射光施設SPring-8の構造生物学Iビームライン(BL41XU)の高輝度放射光を用いてタンパク質内部に金属が集積する際の構造変化を明らかにしました。

 本研究では、異なる量の金属を集積させたフェリチンの結晶構造解析を行い、金属取込みの際に生じるかご分子内部の構造変化をスナップショットとしてとらえることに成功しました。これらの結果から、かご分子に金属が取込まれると、人が二本の手だけで大きなボールをたくさん抱え込んでいくように、金属と結合するアミノ酸側鎖が構造を変えながら、たくさんの金属と結合していく事がわかりました。これはタンパク質に金属イオンが集積する際に生じるアミノ酸残基の構造変化を捉えた最初の実験的証拠であり、骨や真珠の形成反応への基礎的知見だけではなく、最近、世界で注目を集めている、タンパク質を用いた半導体や磁性材料等の新規無機材料の開発に対しても興味深い示唆を与えるものです。

 今回の成果は、独立行政法人 科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 PRESTO「構造制御と機能」、および大型放射光施設SPring-8によるものであり、2009年3月中~下旬に、化学分野において世界で極めて影響力が大きい化学学術誌「Journal of the American Chemical Society(米国化学会誌)」のオンライン版でまず公開され、次いで誌面に掲載される予定です。

本研究成果のポイント

  • 世界で初めて、かご型タンパク質に金属が集積する過程を単結晶X線構造解析にて解明
  • 骨や真珠の形成反応解明へ前進
  • 半導体や磁性材料開発への応用に期待

背景

 生命を維持する為に必要不可欠な骨や歯といった生体無機材料は、ある特定のタンパク質表面に金属イオンが自発的に集積し、その後いくつかのステップを経て合成されます。このような反応はバイオミネラリゼーションと呼ばれ、近年では、骨の老化や地球温暖化によるサンゴの破壊等につながる重要な反応としても注目されています。さらに、この反応機構をエレクトロニクス材料作製に応用する試みも材料科学の分野で急速に広がっています。しかしながら、従来の研究では、生体反応を模倣した無機材料の作製に焦点がおかれ、タンパク質への金属イオンの集積過程については、原子レベルでの詳細な知見は未だ明らかにされていません。それは、金属イオンがタンパク質上で非常に動きやすい為、その反応を解析するのが困難なことに原因があります。もし、この機構を明らかにできれば、環境問題や材料科学の分野へ大きなブレイクスルーをもたらすと考えられます。

研究手法

 今回、研究グループは、バイオミネラリゼーション反応を促進するタンパク質かご分子フェリチン(Fr)を用い、低濃度、中濃度、高濃度の イオンを内包する /フェリチン複合体を作製しました。これらの複合体はフェリチン内部への金属イオン集積過程の中間状態と考えられます。従って、それぞれの複合体を結晶化し、結晶構造を明らかにすれば、金属イオン集積に連動するアミノ酸残基や金属イオンの配位構造変化のモデルと見なすことができます。 本実験では、(1)タンパク質中に存在する高エネルギー25keV付近に吸収端を持つPd原子の座標を異常分散効果によって精密に決定し、かつ(2)原子分解能以上レベルで イオンの結合に伴うアミノ酸残基の構造変化を高精度で決定することが必要です。従って、両方の測定条件を満たす回折データの収集を世界最高レベルの高エネルギーかつ高フラックスな大型放射光施設SPring-8 の構造生物学Ⅰビームライン(BL41XU)を使用することによって実現しました。

研究成果

 構造決定された /フェリチン複合体の全体像から、反応させる イオンの数を増加させると、結合する イオンの数も増加していく事がわかりました(図1)。

図1: パラジウム反応前と、50、100、200等量のパラジウムを反応させたフェリチンの結晶構造。SPring-8 BL41XUビームラインの使用により、パラジウム原子のみを見分ける事が可能となり、紫色で示すように、パラジウム原子の結合数がかご分子内部で増加していく様子がわかる。

 異なる量の イオンを含む一連の /フェリチン複合体の結晶構造は3回軸チャネルと金属集積サイトと呼ばれる2つの集積領域が存在することを示しています(図2上)。特に、金属集積サイトでは、 イオンの増加に伴い、His49やGlu53等の金属結合性アミノ酸残基の側鎖が劇的な構造変化を起こしている事が明らかとなりました(図2下)。つまり、周辺残基のHis49やGlu53はその構造変化によって イオンの結合を安定化させ、金属集積サイトへ結合するPd原子数の増加を促進していると考えられます(図2下)。一方、100等量から200等量へ反応させる イオンの量を増加しても、 イオンの数と配位構造は変化しない事がわかりました(図2下)。一般的に、 イオンは平面四配位錯体を形成します。従って、100等量以上では、金属集積サイトに集まった イオンは周辺アミノ酸残基との相互作用によって、 イオンの平面四配位構造が安定化されるような多核構造を形成するために、それ以上の数の金属イオンが集積できなくなり、緑色で示した結合サイトへ結合していくと予想されます。

図2: パラジウム集積構造変化の詳細。フェリチンのかご構造は同一のタンパク質24個からなっており、その一個の構造を示している。最初、取り込まれたパラジウムはピンク(三回軸チャネル)と青(金属集積サイト)で示した部位に結合する。その後、金属結合サイトへの結合数が増加し、多核構造の金属で満たされると、緑に示す部位へ結合する(図上)。その際、金属集積サイトでは、結合数の増加に伴いHis49とGlu53の側鎖が大きく構造変化している事がわかる(図下)。青の編みかけは、SPring-8 BL41XUビームラインの使用により見分ける事が出来たパラジウムの電子密度。

今後の期待

 本手法は、様々なタンパク質への金属イオン集積過程の観察に適応可能であることから、骨や真珠の形成反応の解明へとつながります。さらに、タンパク質をテンプレートとし、組成やサイズ、形状を制御した半導体や磁性材料作製への応用が期待できます。

 

  • 京都新聞(3月18日 27面)、中日新聞(3月18日 3面)および日刊工業新聞(3月18日 24面)に掲載されました。